赤い星のルサルカルーガ 幼女の一晩戦争
土田一八
第1話 逃避行の始まり
ユレリナ大公国首都クーエで始まった政変は、市民の力により大公を国外に追放して、最高会議が政府の職務を代行しつつ次の大公を選ぶ選挙を行う段取りとなった。が、親ルデシア派の大公が命からがら国外追放されてルデシア帝国に亡命した事からルデシア政府は激怒。ルデシア軍は突如、ククリム半島に侵攻した。
正歴2007年2月24日早朝。ルデシア軍空挺部隊は半島中央部にあるシンフェロ飛行場に降下しこれを無血占領した所から戦争が始まった。
「臨時ニュースを申し上げます。今朝、ルデシア軍空挺部隊が…」
ブチ。
養父はラジオの電源を切った。そして、深刻そうな顔つきで溜息をつく。
「予想より早かったな。まあ、教科書通りではあるが…」
ククリム半島内陸部に位置するこの家にも砲声が断続的に聞こえる。そして、養父はある決断をした。
「ルーガはどうした?」
「外で遊んでますよ」
養母は呑気に答える。
「すぐ、呼んで来い」
「はいはい」
養母はどっこいしょといわんばかりに立ち上がると玄関から家の外に出て行った。
「ルーガ。お義父さんが呼んでますよ」
「はーい」
「どうしたの?」
「街の方からドンドン花火の音がするけれど、花火が見えない…」
「あの音は花火なんかじゃありません。さあさあ、家に入りなさい」
「うん」
ルーガと養母は家に入る。養父はダイニングテーブルの椅子に座っていた。
「なあに?」
「うむ…。ルーガ。よく聞きなさい。戦争が始まった。お前はユレリナ……生まれ故郷のイズミマに戻りなさい。15分で全ての支度を終えなさい。駆け足、進め!」
私は飛ぶように自分の部屋に行って養父の言われた通りの事をする。養母は何も言わずに台所の方に行った。
自分のトランクに着替えやお金、筆記具などを詰め込む。持ち出すモノは事前に決めてある。これは養父に言いつけられていた。トランクに詰め込むと毛布を折り畳んで丸めて紐で縛って纏めて背負い紐を付ける。外套を着てブーツに履き替え、手袋とマフラーを装備し毛皮の帽子を被る。肩掛けカバンと毛布を肩にかけ懐中時計を外套のポケットに入れてトランクを持ち部屋を出る。急いでダイニングテーブルの所に行く。
「よし」
養父は腕時計を見てそう言った。時間内に間に合った。養母も食べ物と水筒を持って台所から出て来た。そしてトランクに食べ物を詰め込んでくれた。
「これはお前の身分証明書と書類、手紙、お金だ。手紙は途中の係員かアリョーナさんに見せなさい。村はずれにあるクルミの大木の所で黒いロバが牽く荷馬車を待ちなさい。入江まで乗せてもらえる事になっている。入江からは船で脱出する事になっている。もう会う事は無いだろう。私達が教えて来た事を思い出しながらこれからの人生を歩んでいきなさい。黙って出ていけ」
私は、養父から渡された物を肩掛けカバンに入れて無言で家を出る。そして、振り返る事もせず、黙々と歩いてクルミの大木の所に行く。
「今は、泣くなよ」
「ええ……」
養父母は目を真っ赤にしていた。
「さて、軍服に着替える」
「はいはい」
私は缶詰や瓶詰などで重くなってしまったトランクを懸命に運びながら村はずれのクルミの大木の所にようやくたどり着いた。ふうふう息を切らしていると黒いロバが牽いた荷馬車が学校の方からやって来た。
「ストーイ」
おじさんが手綱を引いて荷馬車を停める。
「ジバコフさんとこのお嬢ちゃんかい?」
私は頷く。
「ちょっと待ってな」
おじさんは御者台から降りて私とトランクを抱えて荷馬車に乗せてくれた。
「スパシーボ」
おじさんは御者台に戻り、再び荷馬車は走り出す。
入江に付いたのは夕方近くだった。
「では、お嬢ちゃん。達者でな」
「ん」
荷馬車はそのまま行ってしまった。私は人が集まっている大きな建物の方に歩いて行く。門の所には受付があり短い行列ができていた。私も列に並ぶ。やがて私の順番が来た。
「パスポートか身分証明書を」
パスポートは持っていないので身分証明書を差し出す。係の人は身分証明書と私を見比べる。
「ご両親は?」
「イズミマにいる」
「他に書類は無いのかい?」
「書類と手紙を預かっている」
「全部見せて」
私は養父から渡された書類と手紙を差し出す。係員はそれらを注意深く確認する。そして上司らしき人間の所に行った。暫くして戻って来て身分証明書や書類、手紙を私に全部返してくれた。
「では、あそこの大きな建物中で待ってて。夜に船がやって来る」
私は建物の中に入った。
つづく
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