第3話 研修会
「ここが我が国ディタビスカン、そしてそれを囲むように荒野が広がっています。荒野とは草木が殆ど生えていない不毛な土地のことで···」
博物部の班長の一人だという壮年の蟻が、壇上で壁に貼り付けた地図の解説をしている。
エラバルは研修会に参加していた。広い会議室の後ろの方に座って傾聴しているが、配られた資料は隅々まで読んで暗記してしまい、今は話を聞くだけなので正直退屈だった。なんでこういう研修会は朝早くからやるのだろう、眠いな、などと考えながら、同時に部屋に置いてきたアンダのことを考えていた。
エラバルはあの後、書き置きを残して急いで出勤した。昼休みに家に寄ると、アンダはもう起きていて、なんと部屋を蝸牛の様にゆっくり這っていてエラバルは仰け反って驚いてしまった。オスアリにはそういう生態があるのだろうかと思ったら、どうやら手洗いに行こうとしたが、足が上手く動かず仕方なく這って進んでいたらしい。エラバルはアンダに肩を貸して手洗いまで連れて行き、用を足すのも手伝うと申し出たらアンダは顔を真っ赤にし、慌てて断った。
下着を脱がせた時といい、オスアリというのは皆ああも恥ずかしがり屋なのだろうか、とエラバルはぼんやり思った。
にしても、あの時のアンダさんの顔···
思わずふふっと笑みが漏れ、隣の席に座っていた蟻に気味が悪いものを見る目で見られた。丁度、壇上で蟻食いペマカンセムトの話をしていた時だったせいかもしれない。
*
「今回の国外調査の目的は、森の動植物の採集です」
壇上の蟻が言う。この国から西、歩いて一刻の距離に森はあるという。森とは樹木が生い茂り、沢山の生物が生息する場所だそうだ。
期間は二日で、朝早くに出発し、森の中で野営をし、翌朝に帰るという。調査団の編成は、まず実際に調査研究をする博物部の第一班から第四班の総勢二十八名、調査中の護衛と輜重を務める兵団員五十名、学校部、行政部、図書部などから召集されたエラバルたち雑用係、もとい庶務班十八名となっている。
全部で百名近くになるので、今回の国外調査はかなり大規模と言えるだろう。
*
「よぉ! エラ!」
声をかけられた方向を振り向くと、レディーギラがこちらへ駆け寄って来ていた。服装は兵団の装備なので、仕事中にエラバルを見つけて声をかけに来たようだ。
「ギラ! 久しぶり」
「元気そうだな。さっき会議室から出るお前見て驚いたぞ。今回の調査に参加するのか」
「あー…うん」
仕事の度重なるミスの罰則として、とは恥ずかしくて言えなかった。ギラの嬉しそうな顔を見ると、嫌々参加しているとは尚更言いづらい。
「今回は私も護衛として参加するんだ。何か分からないことがあったら言えよ。調査は何度か行ってるから色々助けられる」
「ありがとう。そうだ、今度の誕生祭、タランと約束してるんだけど今年は一緒に行けない?」
誕生祭の日は、治安維持のため兵団だけは公務がある。交代制だが、去年ギラは仕事の予定が合わず、エラバルたちと一緒に祭りに行けなかった。
「おーそういやそういう時期か。今年は都合が合うといいけどな」
ギラと話していると、エラバルは背後を足早に移動する集団に突き飛ばされ、一、二歩よろめいた。
振り向くと、どうやら博物部の部員たちのようだった。集団はエラバルに見向きもせず、廊下を歩いていく。兵団と博物部は週末でも忙しいのは知っているが…
「おい! あんたら、ぶつかっておいて謝罪も無しか?」
ギラが怒鳴った。エラバルは別に気にしていなかったし、寧ろギラの急な大声に驚いたが、博物部の蟻たちはすっと振り向き、僅かに頭を下げてまた廊下を歩いて行った。
博物部とは変わった連中だと、エラバルを含め皆思っていた。部員は研究内容の秘匿義務を堅く守り、普段から無駄話も殆どしない。そのせいか周囲からは「
「ふん、相変わらず訳分からん連中だ」
その後、予定が確定したら連絡する、と言ってギラはくるりと背を向け去っていった。磊落な言動も、後ろで束ねた赤髪が元気に跳ねるのも相変わらずだ。
部屋に置いてきたアンダが心配なので、エラバルは寄り道はせず、すぐに寮に戻ることにした。
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