第3話事件一

基本的にこのゲームに出てくる全てのキャラクターは戦うことを前提として作られている。もちろん、それぞれのキャラクターに戦闘のスタイルがあって例えばマリックならば大剣、ローラならばスカートに隠している短剣などを駆使して戦うのだ。

そして、エルザ・ローゼンタールの代名詞と言えば彼女の指から迸る炎である。青白い彼女の炎に包まれた物でまるこげにならなかったものはない。

「ファイアトルネード」

家の前の落ち葉に向かってそう唱えると、たちまち炎の渦が巻き起こり、それはすぐに消し炭へと変貌した。どうも過剰火力である気がするがそんなことは気にしない。

「お姉様」

後ろから可憐な声がした。妹のマーキュリーだ。エルザと同じくも上がるような赤い髪をした彼女は令嬢らしく可愛らしいドレスを着てここにきていた。

「わたしもお姉さまのように強くなれるでしょうか」

うーん、この可愛さはワールドクラス。ゲームの中でのエルザが妹だけはしきりに可愛がっていたのも当然の話だ。

「ええ、当たり前よ」




ゲームの中では、主人公であるマレーヌが攻略対象のマリックと初めて会うのは魔猿の王都襲撃一週間前、学園の昼下がりという状況からもあれが初対面だと断定してもいいだろう。つまり、後一週間以内に魔猿は王都へと進軍してくる、ということである。今はそのために備えている段階だ。

魔法は元々この体のスペックが最高峰なのもあって、ひとまず人並み以上に使いこなせるようにはなった。

今のままでもゲームの中での正規ルートである、王都は侵略されかけるが衛兵や学生の奮闘もあってどうにか敵を倒すというゴールは達成できそうだ。しかし今の私は未来に起こる出来事を知っている。何かできることがあるのかもしれない。たとえばゲームの中では魔猿への応戦中に死んでしまった衛兵を救えるかもしれない。

残念なことに具体的にどうといった考えは思い浮かばないが。







「久しぶりだね、エルザ」

そんな折、思いがけない来客が私の家にやってきた。真っ直ぐな好青年、ヨハネ皇子である。

「お久しぶりです、ヨハネ様」

私は深く顔を下げる。顔を上げると、目の前の男は少し眉を上げて驚いたような顔をしていた。

「エルザ、君が僕に敬語を使うなんて熱でもあるんじゃないか?」

そう言われて私はあることに気づいた。マレーヌはヨハネ王子にいつも敬語を使っていたがエルザは彼に対して敬語を使っていなかったな。

「あら、私のことよくわかってるじゃない」

この言葉を聞くと彼はすぐに心配そうな表情を引っ込めた。

「大丈夫そうだね」

ひまわりのようなその笑顔は私に対してクリティカルなダメージをたたき出す。私は彼を猫のような人だと思う。いつも日向にいて、のんきにあくびをしている。それでいて餌を取りに行く欲も少しはある。いざというとき、彼の拳は大変な武器となる。

「今日は何の用?」

皇子がここに来たのだから、当然用件はあるのだろう。

「近くに来たからエルザの顔を見ようと思って」

再び笑顔、そういえば彼は私と婚約をしているんだったな。この笑顔を私が独り占めしても問題はないということだ。出来ることならマレーヌに勝ちわが物にしたい。

「そ、そう」

どうしても彼の顔にどぎまぎしてしまい首の下あたりが赤くなっているのを感じる。あのエルザはこの笑顔を至近距離で食らっても平然とした笑顔だったのは大変信じがたい、ふわふわの猫を目の前にして撫でるなといっているのと同じことだ。

「用事あるからまた。あと一週間はここら辺の宿屋に泊まってるんだ。いつでも遊びに来てね」

彼はそう言うとすぐに私の家から去っていった。彼がいた空気が名残惜しいが、今の私に彼は刺激が強すぎる。しかし彼と接した十分は今までのどんな時間より幸せだったかもしれない。






王都襲撃が迫っていた。こんなうわさが貴族の間に広まっているのだ。『北方に異常あり、魔物が迫っている可能性あり』と。衛兵や諸々は既に準備で大忙しらしいが私はやっと事態の発生までの時間を知ることができた。三日前、である。あと三日で王都にサルが到着しその統制の取れた攻撃を受ける。

「ファイアートルネード」

いつも通り枯れ葉は黒焦げになった。夜の夜空に光る炎はいつも綺麗でわたしのお気に入りだ。朝と夜にいつもやっているこのルーティーン。決めた炎魔法を五回ずつ出すという基本的な練習だがそのおかげで魔法能力は飛躍的に上昇した。前の私はコツコツ継続するということが苦手だったが別に今は苦ではない。なぜなら日本と違って、電子機器もなし、本も好みのがあるわけでもなし時間が余っており暇で退屈で手持無沙汰でしょうがないからだ。他の楽しいことがない以上

、自分の能力向上には余念がない。

「お嬢様!」

では帰ろうかと、ちょうどそう思ったとこ そだった。

「どうしたのローラ」

いつもは冷静沈着な彼女だが、今回ばかりは様子がおかしかった。服には撥ねた泥がつき、靴は今にも脱げそうである。

「じつは、、、マーキュリー様が学校から帰ってきておりません」

マーキュリーが?日が暮れてから二時間は経とうとしている。八歳のマーキュリーはいつも日が暮れるまでには帰る。

「学校に連絡は?」

「しましたが、マーキュリー様はかえられた、と」

まずいことになった。貴族の誘拐、というのはこの世界ではよくあることだ。特に貴族の子供というのは抵抗する力もないため狙われやすい。

「一応通学路を歩いてみます。もしかしたら、まだ帰られてないだけかも」

「そうね、ローラはそうして頂戴」

だが、そんなことは万が一にもないだろう。マーキュリーは卑劣な犯人に誘拐されたのだ。


















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悪役令嬢に転生したのでどうにかバッドエンドを回避しながら世界を救いたいと思います 絶対に怯ませたいトゲキッス @yukat0703

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