第83話 前置き

    *


「この身体にはシアーと私の二つの人格が宿っていたの」

「………………二重人格」


 お父さんとお母さん、神の巫女、循環する魂、シアー、そして誓約。

 思わぬ話が津波のように押し寄せてくる。

 

 混乱する僕を見て、彼女お母さんは申し訳なさそうに顔を伏せた。


「いきなりこんなに話すとわからないわよね」

「…………いや大丈夫。なんとか理解はできるよ」

「…………ごめんなさいね。でもサミーには話さないといけないと思ったの」


 するとお母さんは座っている僕の手をぎゅっと握った。

 冷たい感触が伝わる。まるであの時のライングみたいに。


「━━━、ッ!」

「私ね、サミーのことがとても心配だったの。ちゃんと冒険者になれたのかしら、友達とは仲良くできてるかしら、病気とかになってないかしら、…………一人で辛い思いをしてないかしら」


 その眼は憂いを帯びながらも、とても優しい眼をしていた。


 あぁ、そんな眼で僕を見ないで欲しい。ついつい甘えたくなってしまいそうだよ。


「そんなことばかり考えていたわ。…………だからね、お母さんに聴かせて欲しいの。サミーが生まれ変わって見てきた全てを。サミーの口から」

「…………え?」


 その期待を込めた言葉は僕の心臓をとくんと跳ね上げた。

 何故、僕が生まれ変わった……転生したことを知っているのか。

 これは胸の中でずっとしまっていたのに。


「私はお母さんなのよ。そのぐらいわかるわ」

「ははは、お母さんには敵わないなぁ…………」

「ね、聴かせて。サミーの人生を」


 お母さんが亡くなった後の人生。…………違う。『僕』が歩んだ人生の全てを知りたいと、彼女お母さんは言った。

 そして、おそらくだが僕にはその話をする義務がある。


「うん、わかった。少し長い話になるけど大丈夫?」

「ええ、いっぱい聴かせて」


 彼女お母さんの親愛の込めた瞳にうつつを抜かしながら、僕は自分の歩んだ人生を語り始める。


 ━━雨の音が聞こえ続ける僕の人生を。

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