第82話 お母さん
*
━━私の人生は、神と共にあったの。
私はルートデイで祀られた神、『カルアント』の巫女。
巫女はその魂を肉体に宿し、感情を無くして神の眼となり耳となり、この世界を見守るという使命を背負っていた。
当然私も巫女の勤めを果たそうと世界を見る旅に出ようとしたわ。
だけど私は非力な存在。すぐに魔物に襲われて命の危機に瀕してしまったの。
そんな時ね。あの人と出会ったのは。
魔物に襲われた私をまだ駆け出しの冒険者だったあの人はその身を挺して守ってくれた。
そして傷だらけになった身体で心配そうにする私に手を差し伸べてこう言ってくれたの。
『大丈夫、俺は最強だからな! でもお前は弱いだろ? なら最強の俺が守ってやるぜ!』
そんな言葉を聴いて私は恋をしてしまったの。
あの人は巫女という存在に囚われていた私に好きという感情を与えてくれた。
そして子供のように笑うあの人の笑顔を守りたいとも思ったの。
そこから先は早かった。巫女の勤めを忘れて私はあの人と一緒になり、愛の証である大切な息子を授かった。
そう、あなたのことよ、サミー。
本当に嬉しかった。まさか恋をして好きな人達と家族になるというのがこんなにも暖かいことなんて知らなかったのだから。
だけど、巫女の勤めを投げ出した罰なんでしょうね。あの人は冒険者の仲間を庇い、そして私は病気を患って死んでしまった。
だけど私には後悔が残っていた。
あの人のことはいいの。あの人は天国に召され新たな生を受けているはずだから。
でも私には息子にまだ伝えたい言葉が残っていたの。
だけどそれは叶わない願い。
肉体の死というのもあるけど、何よりも神の巫女としての使命がそれを不可能にしていた。
神の巫女というのは、転生する際に魂に穢れを纏わせないために前回生きた時の記憶と人格を抹消する決まりがある。
当然私が転生し生まれ変わる際も同じようにあの人や息子の記憶は抹消される…………はずだった。
『大切な子供の事で心残りがある…………ですか』
以前の巫女について私にはわからないわ。ただ私の願いを聴いた神様の驚きと疑問の含まれた声色を聴くに、おそらくこのような事は初めてのことだったのでしょう。
それも当然のことよね。本来巫女は神の意向に沿い、粛々とその役割をこなす存在。だけどそれでも私は切に願った。『"私"の最後の言葉をサミーに伝えたい』と。
『…………魂の穢れを払うためにある記憶と人格の抹消は必要なことです』
私は神の巫女失格ね。巫女としての役割を放り投げて恋にうつつを抜かし、あまつさえ決められた転生の決まりさえ個人的な願望で拒否しようとしているの。
でも神様は慈悲深かった。
『しかし、少しの間だけ、新しく転生する魂に貴方の人格と記憶を付随させる事はできます』
それは私の願いを叶えるための唯一の機会。
新しく転生する無垢な魂に『私』という存在を本当に少しの間だけくっ付けるのだ。
私の独善的な願いを神様は許してくれたのだ。
『…………ですが二つの誓約を設けます。まずあくまで身体の行動の主導権は生まれ変わる魂が担うこと、そして目覚めてから貴方が活動できるのは三年の間とします』
本来転生する魂の人格に多大な影響を及ぼすので。
神様はそう約束した。
『そして、貴方が表層に出る際は生まれ変わる魂の人格の許可を取ってください。貴方という存在は魂の大きな負担になります。くれぐれも生まれ変わる魂に穢れを残さないように』
充分だ。
大切な言葉を伝える時だけ、私が表に出てくればいいのだ。そして三年の間で絶対にサミーを見つけて伝えるんだ。
そうして私は新たに転生した後に『シアー』と名付けられた少女の魂と共に、転生したの。
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