第81話 暗い雨
*
『彼女』との話も終わり、僕は宿に帰るため暗い夜道を歩いていた。
街灯は無く、星空の明かりに照らされうっすらと映る道はまるで今の僕の心を表しているようで、いつにも増してその足取りは重かった。
「………………」
ふと空を見上げると星明かりに照らされていた夜空に厚い雲が覆う。
「あ…………」
そしてぽつり、ぽつりと小さな雨がゆっくりと降ると、その数は徐々に増え始めてきた。
「帰らないと」
重くなっていた足を無理矢理走らせ、宿へ向かう。
一歩走るごとに雨足は激しくなり、宿に着く頃には一昨日のような豪雨となって、ざあざあと大きな音を立てていた。
「はあ、ちょっと濡れちゃったよ……」
扉の前で濡れた服を絞って水を落とす。幸い急いで帰ったので服はそれほど濡れておらず、ある程度絞ると服が肌にくっ付く感触は無くなった。とはいえ良い気分でもない。
「…………朝まで降りそうだな」
最近は本当に雨の日が多い。こうも多くては気分が滅入って仕方がない。
これも気まぐれな自然の面倒なところ。神様でもない僕が天気を操るなんて夢のまた夢だ。
「………………」
黒い雨がまるで壁のように外への道を塞いでいる。
それは『逃げるな』、『向き合え』という言葉を空の神様が言っているように感じてしまうと同時に、そんな想像をした自分に少しうんざりしてしまった。
「………………はぁ、言われなくても」
肺の空気を丸ごと吐き出すぐらい大きなため息と共に僕は宿の扉を開いた。
「……おや、おかえり」
「戻りました」
ロビーではラルさんがいつものようにランプの光を頼りに本を読んでいた。
淡いオレンジ色の優しい光が暗いロビーを照らしている。
「急に降ってきたけど大丈夫かい?」
「少しだけ濡れましたが大丈夫ですよ。僕は部屋に戻って着寝ますね」
そう言うとラルさんは安心したようにシワだらけの長い耳を跳ねさせた。
「うむ、それならよかったよ。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
ラルさんの脇を通り過ぎて二階への階段を登る。
かたん、かたんと木の響く音と共に登ると、部屋の扉の前に立った。
「…………」
ざあざあと雨の音が聞こえる。そしていつもは簡単に開けた扉が今日はいつになく重く感じる。
この扉を開いた時、そして彼女と対面した時、ありとあらゆるものが変わってしまう。そんな馬鹿みたいな予感を僕の心が確信していた。
先程の感覚もあるが、今夜の僕はどうやら人一倍神経質になっているようだ。
「…………」
しかし、このまま立ち止まることはできない。
このまま向き合わないのはもっとできない。
だって、たぶん今この時のために彼女は待ってくれているのだから。
複雑に絡み合うこの脳内を僕は無理矢理納得させながらその扉を開いた。
「お帰りなさい…………サミー」
「ただいま…………シアー」
そこには、小さなランプに照らされながらベッドに横たわって僕を待っていた長い水色の髪をした少女の姿。
僕と彼女が三年間過ごしていた部屋だというのにどこか懐かしい。まるで十年の間過ごしていたかのような安心感、そして大切な物を失ったような苦しくて悲しい感覚。
そんな、
「まだ、寝てなかったんだな」
「約束はちゃんと守らないといけないわ。それにもう時間が残ってないのよ」
「そう…………か」
「そうなの。さ、一緒にお話ししましょう」
シアー、いや
椅子に座りベッドに横たわる
その顔は、その眼は、その微笑みは、
「本当に…………そうなの?」
僕の曖昧な問いに、
その仕草、言葉使い、全てに既視感があった。
「…………どこから話そうかしらね」
ざあざあ、ざあざあ、ざあざあ。
うるさく降る雨、暗い部屋の中に
「…………まずは、私のお話しから始めましょう」
ここから始まるのは物語の幕引きの序章。彼女の人生と僕の人生がようやく交差するのだ。
「…………私はね、ただの人間ではないの。神様に仕える、巫女の魂だったの」
そう言うと彼女は自身の人生の一端を話し始めた。
━━神と、恋と、一人の母親の物語を。
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