第17話 追放勧告

    ✳︎


 目の前には垂れた眉毛、茶黒い瞳孔、少し長くなってきた青みがかった黒髪、そして少々大人びたが未だに童顔が目立つ顔が写っている。


「あー、顔に傷が付いてる。あの時に掠ったのかぁ」

 

 日課である自身の顔を鏡で見ながら傷が無いかの確認する。相変わらずの童顔にちょっとだけ将来が不安になる。


「あとでシオンに治癒魔法して貰わないとなぁ……」


 そんなことをぼやきながらひたすら鏡を見ていた。


 あの日、青い空ブルースカイを結成から三年が経った。

 僕達青い空ブルースカイは様々なトラブルや苦労があったが、僕達はそれらを着実に乗り越えて来た。


 その成果もあり、今ではアローグン王国以外にも様々な国や街で活動し、危険な魔物の討伐や珍しい素材の収集など難しい依頼を受けれるぐらいには成長した。

 最近では『新進気鋭の偉大なパーティー』と言われるようになり、冒険者達の間で有名な存在になってきた。


「あー、腹へってきたな」


 さて、こうして鏡と向き合っていたら腹の虫が空腹を訴えてきた。

 依頼を終わらせてからご飯を食べていなかったな。


「お腹空いたしみんなで酒場に行こうかな」


 大きな依頼を成功させたんだ。打ち上げをしてもバチは当たらないだろう。

 そうしてライング達を誘おうと部屋を出ようとした時。


 ━━コン、コン、コン


 扉が三回叩かれた。来客だ。


「はい」


 扉を開くとそこには。


「…………」


 緑色の髪の褐色肌の女の子、ケーアが立っていた。


「あれ、ケーア、どうしたの?」


 部屋に招こうとしたが、ケーアは無言でトコトコと僕の側まで近づき、一言。


「…………このパーティーを抜けて」

「…………え?」


 唐突に放って来た衝撃的な文言。

 "このパーティーを抜けて"。

 その言葉に僕はしばらく頭が真っ白になってしまう。


「ど、どうゆう意味だい、ケーア」

「…………言葉通りの意味。貴方はこのパーティーには力不足」


 一方的なその言葉に困惑してしまう。

 いきなり現れてその言い草はさすがにあんまりだ。


「待ってくれ、ケーア」

「…………待てない」


 ケーアは僕の言葉を遮るように冷たいを響かせた。

 有無を言わさない態度。どうやら彼女は本気で僕をこの青い空ブルースカイを抜けて欲しいようだ。

 何故こんなことになったのか。

 

 彼女、ケーアと出会ったのは青い空ブルースカイを立ち上げてからすぐ後だった。

 とある依頼で出会った村の村長の娘が彼女。


 しかしその依頼で彼女は大切な人を亡くし、ひとりぼっちになってしまう、そんな彼女を救ったのがライングだ。

 それ以降、彼女は青い空ブルースカイに入ったのだ。


 彼女の魔法の才能は凄まじく、彼女の魔法のお陰で助かったという場面が沢山ある。

 性格も物静かで無口でとても寡黙な子だ。

 しかし今、彼女は僕に対して冷たい視線を向けていた。


「抜けてって……どういうことだい?」

「…………そのままの意味よ。実力不足の貴方がこのパーティーに居てもいずれ死んでしまう。だから早く抜けて」


 反論を許さないような態度で彼女は僕に迫る。

 確かに僕はライングやシオンの実力には及ばない。しかしそんな僕にだって譲れない部分はある。


「このパーティーの防御前衛は僕だ。僕が抜けたら誰が防御前衛を、このパーティーの守りをやるんだい」


 これは僕の譲れない部分だ。ライングとシオンの幼馴染である僕は二人の戦闘のクセを理解している。

 確かに僕は二人より力不足だ。だけど二人が充分な力を出すためにどういう動きをすれば良いのかをわかっているのは僕だけだ。防御前衛という仲間を守る立場である僕の唯一の誇れる部分だ。

 しかし。


「…………それは、貴方じゃなくても防御前衛をやれる人はいるわ。それに青い空ブルースカイに入りたい人だって沢山居るはず」

「ッ……………」


 僕の精一杯の反論を彼女は正論で説き伏せた。

 それは確かに事実だ。だけど、それでもそれだけは認めたくない思いで一杯だ。


「君だってわかってるだろう! 二人の実力を発揮させるために僕は必要、」

「…………ライングやシオンだって貴方が危険な目にあって欲しくないと思っている。二人のことを思うなら早く抜ける方が良いよ」


 僕の言葉を無理矢理遮った彼女は部屋から出ようと扉の方へ振り返る。

 そして扉の境界を越え、もう一回口を開いた。


「…………今の貴方はこのパーティーの成長を妨げてるの。二人のためを思うのならパーティーを抜けてその後のことをよく考えて」


 言いたいことを畳み掛けるように言って彼女はこの部屋から去って行った。


「…………ハハッ」


 そして残ったは僕だけ、ふと鏡を見てみるとそこには眠たそうに眼を細め、苦笑いを浮かべている自分の顔だけがあった。

 さすがにあそこまでハッキリ言われると効いてくるな。


「ハァ……酒場に行くか」


 そうして自身を誤魔化すように言い繕いながら部屋を出た。


「………………だよ」

「……ど……ミーの」

「うん?」


 ランプの光だけが頼りの薄暗い宿屋の廊下。階段を降りようと廊下を歩いていた時、会話している小さな声が耳に入って来た。


「…………るの?」

「俺……だ……いい」


 その声は僕が泊まっている部屋の二つ隣にある部屋から聞こえて来た。

 その部屋は確か。


(……シオンの部屋?)


 彼女の部屋での会話、それに声を落としており聞かれないようにしている。

 どんな会話をしているのか。誰が話しているのか。何故だか気になってしまい部屋の扉のところで耳を立ててみる。


「これ……サミーは…………ない」

「……でも……まだ…………る…………だ」


 その声はライングとシオンだった。

 どうやら僕のことについて話している。しかし扉越しでその上小さな声で話しているようで会話の内容がよく聞き取れない。


「…………するの? …………抜けて…………しか」

「……かに……良い……あと…………」


(…………!!)


 "抜けて"、朧げに聞こえたその言葉で先程のケーアとの会話を思い出し、心臓がドクッと跳ねる。

 まさか、だったのか? 僕は必要無いということか?


(そんなわけない。二人には僕が必要なはずなんだ)


 淡い希望に縋るように、扉に対してさらに聞き耳を立てる。

 二人の会話はヒートアップしており多少聞き取りやすくなっていた。


「なら…………どうす………サミーと……」

「……はダメ……は辞めてもらって……にして……どう?」

「それは…………だ……なら…………してもらおう」


(ダメ……辞めて?)


 その言葉が引き金だった。

 もしかしたら自分には全く関係ない言葉だったのかもしれない。何の関係も無いただ作戦の打ち合わせをしていたのかもしれない。


(二人も僕のことが…………)


 しかし先の戦闘、そしてケーアとのやりとりの事もあり今の僕は少し疑心暗鬼になっていた。そして一度疑ってしまうと、嫌でもその事を考えてしまう。

 "自分はこのパーティーには必要無いかもしれない"と。


「……飲んで忘れよう」


 僕は逃げるようにその場を離れ、何も考えずに行きつけの酒場へ足早に向かった。

 

 直後に開かれた扉の音に気づかずに。

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