幕間 酒場にて

第15話 酒場にて

    ✳︎

 アローグン王国は冒険者と共にある。


 武器屋、道具屋、宿屋、酒場に至るまで冒険者が優遇されるように運営している。


 もちろん冒険者以外の国に住んでいる人達も大事にしているが、やはり冒険者と比べるとどうしても扱いの差は感じているらしい。


 これには様々な理由があるが、一つだけ言うなら『この国はかつて冒険者に救われた』というのが一番大きい。


 しかし中には問題を起こす冒険者だって存在する。そのためにこの国に仕える騎士団はそれらを取り締まるために他国とは比較にならないほどの経験と力を持っている。


「く、クソがぁ!」

「人の店の物を盗むもうとはいい度胸だな。さぁ、来い!」


 冒険者試験を終え、冒険者になり、宿を取るために大通りを歩いていたところ、ある冒険者が騎士に拘束されている光景が目に入った。どうやら金を支払わずに武器を持ち去ろうとして捕まったようだ。


 物語にある華々しい冒険者とは違い、現実にはこういった光景がよくあるものだ。

 僕自身はある程度は覚悟していたから大丈夫だが、隣にいる親友はそうはいかない。


「なんだよアイツ! 冒険者の風上にも置けないな!」


 ライングはそう言って騎士に連行される冒険者を見て怒りを露わにしていた。


 ライングは冒険者物語を見て育った影響か、冒険者に対して並々ならない思いがある。故にこういったモノに関してまだ耐性が付いていなかった。


「ライング、落ち着いて」

「だけどさシオン、冒険者が人の物を盗むのはダメだろう!」

「そうね。だけど彼はそれをやった。これが答えなのよ」

「うーん…………」


 シオンの言葉に唸らせるだけだった。


 さて、騒ぎも落ち着き僕達は宿探しを再開させた。先にも言った通りこの国は冒険者を優遇している。そのため宿屋の数もかなり多い。今歩いているのは大通りだが、少し先には宿屋と酒場が密集している『ホリディロード』という通りがある。


「とりあえず、俺たちようやく冒険者になったんだからご褒美に美味いメシを食べようぜ!」


 先程まで頭を捻らせたライングからの提案だった。確かに今は日も傾きそろそろお腹が空いて来る時間。宿屋探しの前に腹を満たすのも良いだろう。

 シオンもライングの提案に首を縦に振る。


「それで、どこ行くんだ?」

「そうだなぁ…………あそこだ!」


 そうして『剣のより所ソーレスト』と書かれた看板の酒場へ僕達は足を運んだ。



 


    ✳︎


 扉を開けて最初に感じたのは『騒がしさ』だった。

 広い店内には大男の荒々しい笑い声にジョッキをテーブルに叩きつける音。店員さんの大きな接客の声が響いておりとても騒がしい。

 ここは大衆酒場『剣のより所ソーレスト』。冒険者たちが安心を享受できる唯一の場所だ。


 僕達は空いた席に座り、壁に立てかけられたメニューを見る。


「俺はとりあえず酒と肉だな!」

「え………… 酒飲むの? あー、僕は魚のごった焼きかな」

「私はスープで良いわ」


 各々注文を取り品物が届くまで待つ。


「それにしてもアローグン王国の料理ってどんな味なんだ?」

「行商人の人曰く『無茶苦茶濃い』らしいね」


 当然と言ってはなんだが、この世界でも場所によって食べ物の味付けはかなり異なる。僕達の村では塩や動物から取った出汁、香辛料とかで薄く味付けをしていたりするが。遠くの国では味噌やケチャップのようなもので味付けすることもあるらしい。


 そんな他愛もない話をしていると注文した料理が届く。


「……すごい色だな」

「真っ黒ね」

「まあ食べてみりゃ美味いだろ!」


 三つの酒と共にに、シオンはじゃがいものスープ、ライングは肉の丸焼きが置かれていた。 


 そして僕の目の前には『ぶつ切りされた色々な魚が真っ黒いソースで覆われ焼かれたもの』、つまり魚のごった焼きが置かれた。


「とりあえず食べよう」


 そうして木のスプーンで魚をすくい取り食べた。


「……ッ」


 辛い、いや濃すぎる。まるで焦がした醤油の塊を食ってるみたいだ。村の薄い味付けに慣れていたのもあるがその濃淡の差に舌がびっくりしている。だが。


「美味しい……」


 確かに味は濃いがその濃さの中に甘みと酸味が確かについていた。例えるなら甘辛のタレにレモンをかけたような味だ。

 そして魚の臭みが逆にいい刺激となりスプーンが止まらない。


「アローグンの料理美味しいな!」

「結構とろりとしたスープね」


 そうして各々の食事を食べ終え、酒を飲んだ。

 アローグン王国での始めの食事はとても美味しかった。しかしあの味の濃さには慣れてはいけないな。絶対に舌がバカになる。


「はぁ〜、酒が美味しい〜」


 ライングがとろけるような声を出しながらテーブルの上に項垂れた。

 はい、相変わらずの下戸っぷりだ。これはこの後の宿屋探しが苦労しそうだ。


「サミ〜俺達冒険者になったんだよな〜」

「そうだね。だけど明日から忙しくなるぞ」

「いいぜぇ〜! 俺達青い空ブルースカイは最高のパーティーだからなぁ!」

「そうだね。僕達は最高のパーティーだ」


 ライングの言葉を聞き流しながら酒を飲む。

 腕っ節は僕が見た中で一番強いのに、コレお酒に関しては一番弱い。まあこれも彼らしさとでも言うのかな。


 そうしていると話は先程の冒険者の話になった。


「だからこそなぁ! 人の物を盗んだあの冒険者が許せないんだぁ!」

「ライング」

「だってよぉ、冒険者は人の手本になるべきなんだよ。物を盗むなんて許せない!」

「ライング」


 騒がしい店内の中、ライングにしっかり聴こえるよう声を強める。

 さすがにこれ以上放置はできないな。どことなく周りの視線も感じるし。


「ライング、冒険者はそんなに綺麗なものじゃないんだ」

「え……?」

「冒険者の人達だって人間なんだ。欲望があれば怒ることだってある。だから悪いことをするのも当たり前なんだ」

「サミー…………」


 酔った勢い。というのもあるがライングは冒険者に夢を見過ぎてしまっている。


「確かにあの冒険者は悪いことをした。だけどその話をぶり返していてはキリがないし、ライングの理想を押し付けるのもよくないだろ」

「う……ん……」


 僕の説教にライングは少しシュンとしている。

 まあ村ではあまり怒ってくれる人がいなかったからなぁ。


「だけどね」

「…………」

「そんな人がいるからこそライングが正しい行動をすればいいのさ。ライング自身で理想の冒険者になれば良いんだよ」

「サミー……!」


 正しく、強く、綺麗で誰もが憧れる冒険者。

 これは遠い理想だ。だけどライングなら、僕達ならやれるかもしれない。それだけの力があると僕は思っている。


「そうだよな! 他人に対してあーだこーだ言うより俺たちが手本になればいいんだよな!」

「そう。そのためにも明日から頑張ろう」


 そうして僕とライングはお互いに笑い合った。

 青い空ブルースカイはまだ始まったばかりなんだ。これから様々な苦労があるだろうが、僕達は最高の冒険者になるんだ。


「いいわね」

「シオン?」


 今まで無言で僕達の話を聞いていたシオンがポツリと呟いた。

 その目尻には薄らと涙が見えた。


「わたしだってね。青い空ブルースカイの一員なのよ。なのに二人っきりで盛り上がってね。グスッ、もっとわたしも話したいのよ。作戦とか魔法についてね。『サミーは剣の扱いが上手だからわたしを守ってくれるかな』とか『ライングは力が強いから魔物も簡単に倒せるかな』とか話したかったのよ。グスンッ、でも二人が真面目な話をしていたから声がかけづらくってねぇ。うわーん! みんなともっと楽しい話がしたいのぉ!」

「………………」

「………………ゴクッ」


 普段の冷静さとは打って変わり表情を歪め、早口で喋っている。

 そうだった。このパーティーにはもう一人下戸がいたんだった。

 だけどライングはさっきの会話で酔いが覚めたのでシオンを二人で介抱すれば……うん? ゴクッ?


「サミ〜、俺達で最高のパーティーにしような〜」

「…………」

「楽しい話がしたいのよ。綺麗な服とか美味しいご飯とか、アローグン王国にある伝説の冒険者の話とかねぇ。グスッ、いいわよね、伝説の冒険者。この国の危機を救ったのよ。サミーみたいにとってもカッコいいんだろうな。そうだわ。後で冒険者ギルドの図書館に行きましょう。そこに色々な本が━━━」

「…………ゴクッ」


 思わずジョッキに入った酒を一気に飲む。しかし一向に酔う気配が無い。悲しいかな、僕は酒の耐性があるようであまり酔わない体質らしい。


「はぁ〜……」


 心からのため息を吐いた。

 その後、二人の話に付き合った後。結局この酒場で夜を明かし、次の日に必死になって宿屋を探した。


 ちなみに、次の日になると酒場での出来事を二人は綺麗さっぱりに忘れてしまっていた。

 もう二人には絶対に酒を飲ませないようにしよう。

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