第1話 こどもの頃の憧れ

    ✳︎


「すごい綺麗!」


 三本の水の柱がグルグルと空を舞いながらキラキラと光っている。まるで竜のように優雅に夜空を舞う光景に僕は目を輝かせていた。


「さあ、最後の仕上げです! "バースト!"」


 三角形の帽子を被った男の言葉と共に水の柱は弾け、空から小さな水飛沫が降ってくる。まるで夜空を流れる星のように降ってくる水に目が離せない。


「皆さま! ご覧いただきありがとうございました!」


 演目が終わり、帽子の男性が深々と礼をするのと同時に大きな拍手が鳴り響いた。


「かっこいい!」


 誕生してから5年。僕はすくすくと成長し、立って話すことができるような年頃となった。


「水の魔法、綺麗だったなぁ」


 この世界は僕が以前生きていた世界とは様々なことが違っていた。

 この世界には機械や車が存在せず、生活も歴史の教科書で見るような古くて、耳長族エルフ獣人族ビーストのような僕達とは違う人間が生きていて、そしてなにより……この世界には魔法が存在する。

 魔法は僕達の身近にあり、魔法で火を起こし、魔法で土を耕し、才能がある人は魔法で戦ったりする。さっき見た芸もその応用だ。


「サミー、帰ろう!」

「うん!」

「あ、足元気をつけてね!」


 僕の生まれた小さな村は、農業をやったり行商人向けの宿の提供をしながら日々の暮らしをしている。


 この村の子供たちは普段は親の畑の手伝いをしたり、子供同士で遊んだりして過ごしいる。


 三か月に一回ぐらいの頻度で訪れる行商の一行が連れてくる魔法使いの催し物がこの村での数少ない娯楽で老若男女問わず楽しむ。


「今回のヤツもすごい面白かったな!」

「そうだね! 大きな水がグルグルしてるヤツとか凄かった!」

「うん! 飛び散った水もすごい綺麗だったね!」


 僕と友達は興奮が収まらない様子でさっきのパフォーマンスについて語り合っていた。

 僕の精神年齢は二十歳ぐらいだが楽しいモノは楽しい。それが現実では全く見ない魔法となったら尚更楽しいのだ。


「王国にはあんなすげぇものが沢山あるんだよな!」


 家路に着きながらまだ見ない世界に夢を膨らます僕達三人。

 かっこいい騎士とかいるのかな? 綺麗なお洋服を着てみたい! もっとすごい魔法があるのかな? と、その遠い夢の話は止まらない。

 そして最終的には。


「俺も王国に行ってみたい!」

「行ってみたいね!」

「私も行きたい!」


 決まってその結論に至る。

 行商の一行が訪れる時の僕達の会話は毎回こんな感じなのだ。


 さて、唐突だが今話している二人の友達の紹介をさせて欲しい。

 一人はライング。「俺も王国に行ってみたい」と言った子だ。

 金髪に水色の目をした男の子で、子供たちの中で一番強く。木で作った剣打ち合いでは負け無し、性格は爽やかでとても良いヤツ。そして冒険者に憧れている明らかに勇者みたいなヤツだ。


 もう一人「私も行きたい!」と言っていた友達がシオン。

 長い銀色の髪が特徴の女の子で、家が学者と魔法使いの家系で本人はまだ未熟だが子供たちの中で一番頭が良く、これから色々な魔法を覚えるであろう将来有望な子だ。

 

「サミー、お前もそう思うよな!」

「うん! 王国はすごい面白そう」

「王国ってキラキラしてるんだろうなぁ」


 ライングは僕の手をぶんぶんと振りながら水色の目を輝かせ、シオンは目を閉じて王国の煌びやかな景色を夢見て銀色の髪を揺らしている。


「早く冒険者になりたいぜ!」

「冒険者……!」

「わたしもなりたい!」


 この世界には冒険者が存在する。国と国を旅しながら時には依頼をこなし、ダンジョンでお宝を見つけ、そして恐ろしい魔物を倒す。

 そんな人達であり、子供達が夢見る憧れの存在だ。


「もし大きくなったら一緒に冒険者になろうな!」

「うん! 絶対一緒に! それじゃあまたね!」

「また明日ね!」


 冒険者、転生する前に読んだ小説やゲームを見てどれほど憧れただろうか。それが今はなれるかもしれない。そんな事を思う僕。


 こうして二人と別れ家の前に到着してもその興奮は収まらないまま家の扉を開けた。


「ただいま!」

「サミー、おかえり」


 家に入りお母さんに元気に声を上げる。

 お母さんは野菜を切る手を止め、帰ってきた僕を見て微笑んでくれた。


「おかあさん! さっき魔法使いの人が来ててね、とても面白かった!」

「そうなのね、その話をお母さんに聞かせてくれる?」


 僕は木で作られたイスに座りながらお母さんに今日あった出来事を話す。お母さんは料理をしながら話を聞いてくれている。

 僕の家には父親は居ない。どうしてなのかはわからなかったが、気づいた時には既に居なかった。

 お母さんはそんな辛い中、女手一つで僕を育ててくれている。


「それでね! ライングとシオンと約束したんだ!」

「あら、どんな約束?」

「一緒に冒険者になるって約束した!」


 その時、お母さんの料理をする手が止まった。


「…………そうなのね」

「うん! それでね、冒険者になってお金が沢山手に入ったら、おかあさんに美味しいご飯を食べさせるんだ!」


 この時、僕は冒険者になると聞いたお母さんの様子に気づくことができなかった。もしかしたら、これが僕が犯した最初の間違いだったのかもしれない。

 だけどお母さんはすぐにいつもの笑顔に戻り、僕に話しかけてくれた。


「なら、沢山食べて身体を丈夫にしないとね」


 そう言ってお母さんはスープを二つ持ってテーブルに座った。

 薄らと赤いほぼ透明なスープ。僕のスープには沢山の野菜が盛られ、お母さんのスープは少ししか入っていない。


「はい。それじゃあいただきましょうか」

「うん!」


 そうしてお母さん特性のスープを美味しく食べた。

 お母さんの作ったスープは今まで食べたどんな物より美味しい世界一の味だ。


「サミー、冒険者はとても大変なの。だから身体を鍛えて、強くならなくちゃね」

「うん! 僕、頑張って強い冒険者になる!」


 そうして僕はお母さんの言葉に元気よく返事をしながらスープをしゃぶりつくのだった。


 これが僕が五歳の時、子供の頃に夢を抱いた思い出だった。

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