ACT.4-2

 暗い森の中を松明の炎が照らす。三人の傭兵はコエンを先頭に森の中を歩いていた。


「ゼルのやつ、どこまで行きやがったンだ」テンがぼやく。

「虚笛の合図は?」

「ねぇ。こっちの合図にも返事がねぇ」


 ゼルがアベルを追いかけてからすでに数時間が経っている。テンはあとからやって来たコエンたちと合流し、ゼルの言葉どおり三人で森の中を進んでいた。

 先頭を歩いていたコエンの足が止まる。


「探索の範囲はここまでだな」


 近くの木につけられた印を見て、コエンが言う。傭兵たちは森の中を探索した際に、どこまで行ったか木に印をつけて回っていた。今見ている印は、今日の昼間までに探索した範囲の外縁を示している。

 彼らは村と周囲の森をいくつかのエリアに分け、それぞれに符丁を振り分けていた。別れて行動する際に、虚笛でどこにいるのかを仲間に知らせるためだ。


「ゼルがここより先に進んだ可能性は高いな」コエンは暗くて深い森の中を見つめる。「……一旦、退くぞ」

「なっ!? 正気かコエン?」ビーゲイトが驚いたように言う。

「ゼルからの連絡はない。しかも夜のうちに新しい範囲を探索するとなると相応の準備が必要だ」

「でもヨ――」


 不平を続けようとしたテンの言葉は、突如聞こえてきた音によって中断された。音は森の下草を踏みつける音――何かがこちらに歩いて来る音だった。

 三人の顔に緊張が走る。

 コエンは手で後ろの傭兵たちに合図を送った。


 テンは腰に下げた袋の中から、大人の親指ほどの直径がある透明な球を三つほど取り出した。「蓄光球ちくこうきゅう」と呼ばれる魔導具だ。強い衝撃を与えると一定時間白色の光を放つ。使い捨てで持続時間や照光範囲も少ないが、ランタンや松明と違い手に持つ必要はない。その場に投げ捨てておくだけで光源となる。


 ビーゲイトは懐から虚笛を取り出して吹いた。もし近づいてくるのがゼルなら、なんらかの反応があるはずだ。

 コエンは松明を左手に持ち替えて、右で武器を抜いた。背中に背負った大剣ではなく、腰に帯びた剣だ。身幅は広く厚い剣身。片刃だが、刃の反対は厚くなっており殴ることにも使えそうだった。コエンはそれを両腰に帯びている。普段なら双剣で使うのだろう。


 足音が大きくなる。音のぬしには松明の炎が見えているはずだ。にもかかわらずその足音が鈍ることはなかった。虚笛にも反応しない。

 炎の赤に照らされて、足音の主がその姿を現した。


 背はコエンより少し高い。恰幅のよい胴体はボロボロの布に包まれている。その上に乗っているのは丸い輪郭の頭だった。口が大きく裂け、赤い瞳をした人外の顔。

 化け物はコエンたちの姿を確認すると、体をたわめて飛びかかってきた。


「テン!」


 叫び声と同時に、コエンは松明を化け物に向かって突き出した。後ろの二人が散開する。

 テンは手にした蓄光球を木に向かって投げつけた。幹に当たって強い衝撃を受けた三つの蓄光球は、眩い光を放ちながら地面へと飛び散った。暗かった森の景色が下からの光で浮かび上がってくる。


 化け物は突き出された松明を気にすることなく突っ込んできた。コエンは松明を手放し、手にした剣で斬りつける。同時に右の腰からも剣を抜いて、刃の部分を押しつけるように水平に突き出した。

 ビーゲイトは背負っていた大きな斧を外し、両手で構える。

 化け物は松明の炎に焼かれながらも、それを打ち払った。伸ばした腕がコエンの刃で軽く傷つけられる。


【カZEEEEEE!】


 化け物の口から不明瞭な音が出た。その瞬間、コエンの体が後ろへと吹き飛ぶ。同時に化け物の右太ももが内側から弾けた。

 コエンが吹き飛ばされて空いた化け物の眼前に、ビーゲイトが飛び出す。そのままの勢いを利用して、大男は斧を振り下ろした。分厚い刃は避けようとした化け物の片口に食い込んだ。


「グゥooooooo!」


 化け物は食い込んだ斧を掴んで大きく体を捻る。予想外の力を加えられ、ビーゲイトが体勢を崩した。


【カZEEEEEE!】


 再び、不明瞭な音が化け物の口から漏れる。ビーゲイトの腹部を強い衝撃が襲った。そのまま大男は斧を手放して地面へと転がる。


 化け物の首筋がはじけ飛んだ。

 化け物がビーゲイトに気をとられている隙に、今度はテンが近づいた。横から剣を突き出し、相手の脇腹を刺す。そして素早く抜き取ると背後に下がって間合いをとった。

 化け物の膝が崩れ落ちる。


 起き上がったコエンが右手持つ剣を投げた。回転しながら跳んでいった剣は深く化け物の頭へと突き刺さった。同時にコエンは走りより、左手の剣を水平に振った。化け物の首筋を狙って放った一撃は、見事に頭と胴を分ける。

 一瞬の静寂のあと、化け物はその場に倒れ込んだ。


「テン、お前が見たのはこいつか?」


 コエンが用心しながら、頭部に刺さった剣を抜き取った。


「いやこいつじゃねぇ。もっと猿みたいな体して、ビーゲートと同じくらいの大きさだった」


 テンは落ちていた松明を拾うと、コエンの横に並んだ。ビーゲイトも起き上がってやってくる。

 あれほど斬りつけられてにも関わらず、化け物の体から血の流れ出した跡はみられなかった。


「他にも化け物がいるってことか?」


 ビーゲイトの言葉に、コエンは考え込む表情をみせる。


「……分からん。だが複数いたのなら、もっと早く俺たちが見つけていてもいいはずだ」

「!」


 三人の見ている前で、化け物の体が消えていく。砂像が崩れるように小さな粒となってその形を失う。数秒の後に、頭のない人型に盛られた砂の塊のようなものができあがっていた。


「おい、これ……」


 テンが化け物の体を覆っていたボロ布を、剣の先で持ち上げた。蓄光球の造り出す光源に照らされたそれは、藍色をしているようにみえた。


「……ローブ、か?」


 コエンが言う。言われてみると確かに、そのボロ布はローブの残骸にみえた。


「藍色のローブって言やぁ魔導院の……」

「ケッ。やっぱあいつらが絡んでやがったンだよ」


 テンは投げ捨てるように剣を振り払い、引っかけたローブの残骸を外した。


「少し向こうをあたる必要があるようだな」


 蓄光球の光が消えていく中、コエンは落ちたローブの残骸を見ながら呟いた。

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