ACT.3-6

 パーズがやって来たのは、ゼルが家に入った直後だった。

 パーズは森の近くで立ち止まる。そしてルードの家を見て、すぐに森の中に目を向けた。視線の先にはゼルが隠れて見張っていた場所がある。


「あの子なら、ルードの家に行ったわよ」


 パーズの視線を受けるように、アートゥラが現れた。


「家を見張っていた傭兵は?」

「後を追っかけていったわ。あの家に今、化け物が来てるから」

「……なんだと?」


 パーズは再び視線をルードの家へと向ける。その瞬間、開け放たれた扉の向こうからゼルが飛び出て来た。あとを追うように大きな影が現れる。


「! あれか?」

「ここに出てる化け物みたいね」

「お前はイェルラを呼んで来い」


 パーズは走り出していた。走りながら腰に吊した鞘から剣を抜く。緩やかに湾曲した、白い片刃の剣身ブレードが現れた。鉄以外の何かを削りだして作ったもののような、剣先から柄頭までが一体の剣。


「賞金稼ぎ! 手前ぇまで来やがったのか!」パーズに気づいたゼルが叫び声を上げる。「化け物は俺たちの獲物だ。邪魔すんじゃねぇ!」

「子供はどうした?」


 化け物と傭兵、その二つから距離をとった所でパーズは立ち止まった。


「ガキなら中だ」


 ゼルがそう言った瞬間、家の中からケインが飛び出してきた。少年は家の中でしたのと同じように化け物の前に立ち、庇うように両手を広げる。頭部に傷を負ったのか、顔には血が流れている。


「ケイン、こっちに来い!」


 パーズが少年を呼ぶ。だがケインはパーズを一瞥しただけで動こうとはしなかった。


「やっぱりお前もアベルをいじめに来たんだな! うそつき!」

「アベル? 何を言っているんだ?」

「へっ。あのガキとあそこの化け物はお友達なんだとよ」ゼルが皮肉を込めた声で言う。

「ケイン?」


 ゼルの言葉にパーズはケインを見る。ケインは傭兵を睨みつけたまま動かない。


「ドイテけいん。アイツハけいんヲイジメタ。僕ユルサナイ」


 アベルはケインを飛び越して、そのままゼルへと向かった。ゼルは僅かに後ろへ跳んで、空中からの攻撃を避ける。そして目の前に降りたアベルに向かって、その肩口へと斬りつけた。刃が深く斬り込まれる。


「イタイ! イタイ!」


 アベルが叫んだ。だが傷口からは一滴の血も出てこない。ゼルは剣を引き戻すと、今度は腹部を狙って水平に斬りつけた。


「アベル!」


 ケインが動いた。ゼルへ向かって走る。傭兵の放つ刃にもとへと。


「どけ、ガキ!」


 ゼルの剣は止まらない。最悪のタイミングでケインはアベルの前へと飛び込んだ。

 だがケインもろともアベルを切り裂こうとした刃は、白い閃光によって弾かれる。


 パーズの剣が下からゼルの刃をはじき飛ばしたのだ。パーズは傭兵とケインとの間に半身はんみで割り込んでいた。傭兵に対し背中を向け、ケインを見る。

 そして右脚に重心を置いて転身し、右肘を傭兵の胸へと叩き込んだ。威力はなかったが、剣を弾かれて体勢を崩したゼルは、よろめきながら後退する。


「おい賞金稼ぎ。邪魔をするなって言ったはずだぜ?」


 ゼルがパーズを睨みつける。パーズはすでに剣を構え、ゼルと対峙していた。後ろではケインが驚いた表情でパーズの背中を見ている。


「俺には斬る相手を間違えているように見えたが?」


 涼しい顔でパーズは言う。剣先は真っ直ぐにゼルに向けていた。


「ケッ。そんなこと言ってると、化け物に後ろからられるぜ?」

「アベルはそんなことしない!」

「どうだか。そいつはもう村人を五人殺してるんだ。テッドのもこの家で殺られた」ゼルは少し距離をとって間合いを計る。「そういや、最初の犠牲者が出たのもこの家だったな。確か、殺されたのは魔術師だったよな?」


 ケインがハッと息を飲んだ。ゼルの言葉にアベルの瞳の輝きが一瞬弱まる。


「魔術師。オ父サン。アソコにイタノハオ父――――オオオオオ」

「アベル!?」


 ケインが叫んだ。パーズの後ろで気配が一変する。ゼルに向けられていたアベルの殺気が突如消えた。変わりに得体の知れない威圧感がアベルを中心に膨らみ始める。

 パーズが思わず振り向いた。


「オオオオ、オ父サン。オ父サン。僕――」


 アベルの瞳の赤が再びその輝きを増した。何かを思い出すように両手で頭を抱える。

 パーズの視線が自分から外れた瞬間を、ゼルは逃さなかった。一気に間合いを詰め、パーズに向かって斬りつける。

 パーズは一瞬遅れてそれに気づいた。右手に持った剣の切っ先を下にして立て、ゼルの刃を防ぐ。そのまま体ごと回転させて、傭兵と位置を入れ替えた。


 ゼルは背後に回ったパーズを気にすることなくケインへと向かった。ケインはパーズたちの動きについて行けずに立ちつくしている。

 動かないケインの服を掴み、ゼルは振り回すようにしてパーズへと少年を放り投げた。パーズは慌ててケインを抱き留める。傭兵はそのままアベルへと迫った。


「オオオォォォ」


 アベルは頭を抱えたまま唸っていた。ゼルはチャンスとばかりに上段から渾身の力を込めて斬り降ろす。


「オオオオオオ――――アア!」


 ゼルの刃がアベルに届こうとした瞬間、アベルは両腕を振り下ろし天を向いて叫びだした。ゼルの剣が弾かれる。

 そしてアベルはこの場所から逃げるようにして森へと走り出した。


のがすかよっ」ゼルが後を追う。

「ゼル、なにがあっ――うぉっ」


 森の中からテンが現れた。ゼルの吹いた虚笛の合図で駆けつけたのだ。自分と入れ違うように森の中へ入っていった化け物に驚いて、テンは一瞬立ち止まる。


「コエンたちは?」


 走りながらゼルが言う。一瞬だけテンに向けられた視線は、すぐに化け物の背中へと向けられる。


「別れて巡回してたから、知らねェ!」

「とりあえず俺は化け物を追う。お前はそこにいる賞金稼ぎを牽制しろ! コエンたちと合流したら後を追って来てくれ」


 アベルは狂ったように走って木々の間に消えた。ゼルも後を追う。


「――アベル、だめだ――」

「ケイン!」


 走り去ったアベルの背中を追うように、ケインはパーズの腕の中から離れた。だが数歩進んだ所で倒れてしまう。

 パーズが駆け寄った。地面に片膝をつき、剣を置く。それからそっとケインを仰向けにして抱き起こす。

 緊張の糸が切れたのか、ケインは気を失っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る