ACT.3-3

「やーい、うそつきケイン」

「アベルは死んでなんかいない!」


 五人の少年がケインを取り囲んでいた。年の頃はケインと同じか、少し上くらい。一様に籠を背負っているところをみると、農作業の手伝いをしている途中なのだろう。


「うそなんか言ってない! アベルは生きてるんだ!」

「じゃあ、ここに連れてこいよ」

「それは……」


 ケインは輪の中で必死に言い募っていた。だが少年の一人が言った言葉に黙ってしまう。


「ほら、無理じゃないか。うそつきケイン」


 ケインは悔しそうに唇を噛みしめ、俯いた。その様子に、調子に乗った少年の一人がケインの肩を押す。


「うそつきケイン。うそつきケイン」


 少年たちが一斉に声を上げる。言葉はリズムを生み出し、合唱となってケインの周りにこだました。前後左右、あらゆる方向からケインは押される。

 そして前に押され倒れかけた瞬間、ケインは目の前の少年に殴りかかった。油断していた少年は見事に殴り倒される。


 そのままもつれるように、ケインと少年は地面に転がった。馬乗りになって再び殴ろうとしたケインを他の少年が蹴りつける。蹴飛ばされて倒れてしまったケインを、今度はみんなで蹴り始めた。

 隙を見て起き上がり反撃をするが所詮は多勢に無勢。ケインは再び引きずり倒されてしまう。更に追撃を加えようとした少年の一人がこちらに歩いてくる人影を見つける。

 それをきっかけに、少年たちはケインを置いて逃げ出した。


「随分と派手にやられたな」


 頭上からの声にケインは顔を上げる。やって来たのはパーズだった。

「…………」ケインは何も言わず起き上がる。

「悔しいか?」


 パーズはしゃがみ込むと、目線をケインに近づけた。賞金稼ぎの言葉にケインは俯き、両手をギュッと握り締める。


「……みんなアベルが死んだっていうんだ。アベルは生きてる。なのにみんな……アベルをいじめようとしてるのに気づかない。だから僕がアベルを守るんだ」


 そこまで言って、ケインはハッとしたようにパーズを見た。


「おまえだってそうだろ! アベルをいじめに来たやつらと同じだ」

「俺はアベルなんて知らないし、いじめるために来たんじゃない」

「じゃあ、なんのために来たんだよ!」


 ケインはじっとパーズを睨みつけている。


「……俺は〝一ッ目〟を――」


 パーズの表情が変わった。急に無表情になり、瞳の奥に暗い翳りが生まれた。瞳にケインを写していても、パーズはまるで少年を見ていないようだった。籠手に覆われた左手が硬く結ばれ、金属がこすれるような音を立てる。

 そんなパーズの様子に、強がっていたケインの顔が強ばった。年相応の弱さを含んだ瞳でパーズを見つめている。


「いや、なんでもない」


 ケインが自分を見て怯えていることに、パーズはしばらくして気づいた。左手の力を抜く。顔には自嘲めいた笑いが浮かんでいた。


「ケイン。お姉ちゃんは好きか?」

「……なんだよいきなり」


 怯え半分、戸惑い半分といった様子でケインが言う。


「好きか?」

「……好きだよ」


 答える以外の選択肢を与えない様子のパーズの問いに、ケインは拗ねたように言う。


「アベルとどっちが好きだ?」

「それは――」


 ケインは言葉に詰まった。再び俯いてしまう。


「なぁケイン」パーズは右手をケインの頭に乗せた。「お姉ちゃんと二人きりの家族なら、大切にしてやれ。男の子のお前がお姉ちゃんを守るんだ」

「なんだよ、それ。アベルは守るなっていうのかよ」


 ケインは俯いたまま呟く。その肩は少し震えていた。


「そうじゃない。お前はアベルと同じくらい、お姉ちゃんが好きなんだろ?」


 問いかけるパーズの声は優しい。ケインは頷いてみせた。


「ならお姉ちゃんのこともアベルと同じくらい気にかけてやるんだ。同じように守ってやるんだ。俺のように後悔しないために」

「え?」ケインが顔を上げた。「おまえ、姉ちゃんいたのか?」

「ああ。もう死んでしまったけどな」

「死んだ……ってなんで」子供特有の無邪気な残酷さでケインは訊く。

「俺が……守れなかったからだ」


 パーズの瞳の中に、先程と同じくらい翳りが生まれた。しかし今度はケインをしっかりと見つめている。


「そして守れなかったのは、俺が弱かったからだ。一度目は大切だと思っていたのに。二度目は大切だったことに気づくこともなく……な」


 そう言ったパーズはどこか必死で――そして酷く幼く見えた。

 ケインは戸惑った表情を浮かべる


「……分かんないよ。おまえの言ってることは分かんないよ!」


 ケインはパーズの手を払うと、そのまま背を向けて走り去る。パーズは一瞬手を伸ばしかけ、すぐに引っ込めた。


「あーあ。逃げられちゃったわね。まぁあんなに必死に言い募ってると、怖がって逃げちゃうのが当たり前だけどねぇ」


 後ろからアートゥラの声がした。パーズは立ち上がると、そのまま振り向く。


「隠れて見てたのか? 趣味が悪いな」

「失礼ね。別に見たくて見たワケじゃないわよ。それより――」アートゥラは意地の悪い笑みを浮かべる。「随分あの姉弟を気にしてるみたいだけど?」

「ルードと親しかったあの二人は〝一ッ目〟に繋がる糸かもしれないからな」


 それは先程、イェルラから言われた言葉だ。少なくともパーズ自身の言葉ではない。その場にいなかったアートゥラにそのことは分からない。

 だがアートゥラはそれを見透かしたように意地の悪い笑みをさらに深めた。


「利用しようってわけ? その割に親身になって話してたように見えるけど? アンタの昔話なんかしちゃってさ」

「好きに思えばいい」

「なにそれ。ホント可愛くないわね」アートゥラはパーズに向かって舌を出す。「ところであの家、傭兵がひとり見張っているみたいね」

「ああ。そっちはお前に任せる」

「あの魔術師には教えないの? 傭兵をアタシたちに引きつけるつもりで追い出したんでしょ」

「そのくらいは想定の範囲内だろう。俺たちは傭兵だけでなくも引きつけるための囮だからな」


 二人はルード家がある方を見つめる。


「うっわ。さすが性悪女ね」アートゥラは苦いものでも飲んだような顔をする。「で、傭兵はアタシに任せてアンタは〝一ッ目〟探し? むやみに動き回るよりも性悪女のそばにいた方がいいんじゃない?」

「言ったろ? 俺たちは囮だ。別々で動き回らないと意味がない」

「利害が一致している限り、利用されてもいいってわけね。まぁ、これもお仕事だしね」


 片手を上げてアートゥラは去って行った。

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