ドウゴダンジョン
103.年越し生配信!先に煩悩の数だけ魔物を倒せるのはどっち⁉︎
『宝具:テロップメガホン‼︎ 〈こらー!〉』
愛媛県松山市。
道後温泉のとある旅館から入れるドウゴダンジョン。
ハコネダンジョンの時のように内部は洞穴の温泉地帯が広がる、危険等級B級のダンジョンである。
『これで68体目だね! さてさて〜、このままアオイ嬢に負けないようにどんどん魔物を倒していくよー!』
植山とのコラボ『年越し生配信! 先に煩悩の数だけ魔物を倒せるのはどっち⁉︎』を生配信中だ。
先に現地入りしたオーデュイと植山、大城、中島と合流し、前日の夜から入念に打ち合わせをして今日の企画が行われていた。
オーデュイが撮影やAD作業(集めた魔晶石を体内に入れたり、体内から取り出した宝具を手渡したり)してくれる一方、俺は後方で滞りなく配信できているのかの確認と、他の探索者が紛れないよう人払いをしていた。
映り込まないよう、吾妻の邪魔をさせないのはもちろんだが、やっぱりどうしてもこのダンジョンでは他人に近寄らせたくはなかった。
『ふぅ〜暑いね〜。ほんと水着でよかったよ〜』
このドウゴダンジョン。水着型の防具での攻略が推奨されている。
まず暑くて普通の防具じゃ熱中症になってしまうことと、温泉なので当然水場が多く濡れてしまうからだ。
そこで、子供のようなユニークなアイディアで他にないオリジナリティ溢れる武具や防具をクリエイティブ・販売する三大企業の一つ〝チームランドセル〟製の防具をオーデュイが購入して来てくれた。
青色ベースのギンガムチェック模様の水着を着用した吾妻だが、薄い生地ながらも防御力は高いと最近人気の防具である。
もちろんオーデュイも俺も同社の水着を着用している。
『あ! 魔物‼︎ まてまて〜!』
ぬるぬるとした岩場を踏み越えて魔物を追いかける吾妻。靴だけは滑りにくいものを履かせて
『あー……!』
意味なかったようだ。
崖下で水飛沫を大きく立てる彼女の元へと、オーデュイと共に降りていった。
『え、なに⁉︎』
『……ぷはっ! ふ〜ビックリした〜。ん?』
『ま、マイマイ⁉︎』
『あ、お風呂入ってたのに驚かせてごめんねー。おー、女の……子? あれ、水着は⁉︎ 勢いで飛ばしちゃった⁉︎』
すぐに吾妻の元へと駆けつけると、偶然そこに居合わせた人にウザ絡みしていた。
相手方が立ち尽くし戸惑っているようなので、勝手に撮影したらマズいと思い、オーデュイに言って撮影を一旦中断してもらう。
配信画面も〈休憩中ー!〉のテロップを入れた。
「あ、お兄ちゃん⁉︎ こっち来ちゃダメ! 変態の罪で捕まっちゃうから!」
「え、亮くん変態なの⁉︎」
オーデュイはカメラを構えたままこっちに向く。
良かった、撮影止めてて。
「お前ら何言ってるんだ……。その人は男性だぞ」
「え、こんな可愛いのに……?」
確かにその人は女性と見間違うほど可愛らしい顔立ちに肩まで伸びた髪。手足は細く華奢な体付きをしているが、あるのは谷間ではなく胸板であるし、骨格も僅かにだが男性寄りである。
それに男の俺を前にして、上裸のままでいるのは女性としては度胸が座り過ぎているだろう。
「つまり吾妻の目の前にいるそちらの男性の方が変態であるということだ」
「初対面なのに酷い言われよう⁉︎」
そりゃそうだ。
そんな間近で彼女の水着姿を拝めるとは男であれば禁忌だぞ。ただでさえこの撮影は私的に乗り気じゃないというのに……。
しばらくして。
『アオイお嬢様が先に108体を撃破したとのことで、この勝負アオイお嬢様の勝ちでございます』
水着メイドとなった大城により勝敗が言い渡された。
結果としては3体差。あそこで滑り落ちなかったら勝っていたのはきっと吾妻だろう。
『むー!』と悔しがる吾妻だったが、最後は仲良く植山と動画を締める。
『じゃあ次は、23時45分から年越し生配信! また8時間後だねー』
『その時はわたくしもご一緒いたしますわ』
『やったー! じゃあ、それまで〜』
『『おつマイリ〜!』』
大晦日で暇を持て余している人も多いからか、同接数は150万人を超えていた。数字が常に大きいからもはやその凄さが分からなくて感覚が麻痺してきたな。
「あら? そちらの方は……」
「さっき出会ったソラちゃんだよ! あれ? ソラくん、だっけ?」
「どっちでもいいですよ」
彼は
男の中の男になって欲しいと昔ながらの昭和親父に堅苦しい名が付けられたらしいが、願いとは裏腹に可愛い男の娘へと成長した。声色も高く透き通っているから、男性だと言っても半ば信じてもらえなさそうだ。
「ええ。存じ上げております。青空温泉のソラさんですものね。いつも動画を拝見しておりますわ」
以前、ハコネダンジョンで秘湯を植山から教えてもらったが、その情報元となるのが温泉系NewTuberの石川によるものだった。
「あのアオイ嬢が観てくれるなんて光栄です」
「ふふ、わたくし温泉好きなので。えっと、でも男性だったのですね。わたくしも女性かと思っていましたわ」
「ボクも最初はただ温泉を紹介してただけなんですけど……ある時、顔を隠して入浴の動画を公開したらちょっとバズって……」
よくある話だな。
全く同じ内容の動画でも、出演者がおじさんと若くて可愛い女性とでは再生回数に天と地の差がある。
それに味をしめ、承認欲求を満たされるために肌を晒していく。それはもう止まれないところまで。
男であっても女性のフリをして配信している人は他にいくらでもいるだろう。化粧や編集でどうとでもなるからな。
このように、同じ途を辿って欲しくなくて吾妻には口酸っぱく伝えてきた。
そんなことしなくても彼女は人気者になれたし、実際なった。可愛くて面白くて、見ていると元気になれる吾妻舞莉だ。
……今、水着姿になっていることは例外としてほしいが。
「へーそうなんだー。ソラちゃんも今日はもしかして年越し生配信しにきたの〜?」
「うにゅ〜」
ヒンヤリボディのスライム姿になったオーデュイをモチモチギュッとして、火照った体から熱を奪いながら石川に質問した。
「それもあるんですけど、今日は噂を確かめにボクは来たんです。──白湯華がドウゴダンジョンで再び自生したっていう」
「それは
その宝具の名に植山が強く反応する。
白湯華とはどんな怪我や病気でも治してしまう白い花──彼女たちがずっと探し求めていた宝具だ。
しかし、狭間の手によって全て摘み取られるか燃やされたと聞いていたが……。
宝具は同じものが二つとしてないが、何故かこの宝具だけ複数存在する。しかもまた生まれたと……これだけ他と違うのは何か理由があるのか?
「葵ちゃん探しに行こうよ! もしかしたらメイドさんたちの怪我が治るかもよ!」
「そうですわね。しかし、今回の生配信でドウゴダンジョンの様々な場所に訪れましたが、白湯華どころか植物すら生えそうなところなんて──」
「葵お嬢様」
大城、そして保科と中島は並び、植山を止めようとする。
「私めたちのために無理する必要はありません。先ほどの疲れも残っておりますし、まだ深夜の配信スケジュールもあります。信憑性の低い噂より、まずはゆっくり旅館に戻り休まれては──」
「いえ、そうはいきません。優見たちの怨呪を治せるかもしれない唯一の方法を……微かな希望がある限りわたくしは行かなければならないのです……!」
付き人たちの制止を振り切って、植山は走りダンジョンの奥へと向かった。
「あぁ、葵お嬢様!」
「葵お嬢様は相も変わらず思い立ったらすぐ行動される方だ。その行動力はさすがでございますが、追いかけねば」
すると、吾妻はオーデュイを抱えたまま同じように走り出す。
「あ、おい!」
「だいじょぶ! わたしたちが配信までには連れ戻すよー! オーデュイ、白湯華見つけにいこ!」
「うん!」
吾妻たちも忠告を無視して、一瞬にして煙の中に消えてしまった。しかも白湯華探す気満々じゃねぇか。
「あのぉ、ボク余計なこと言ってしまいましたか……?」
「いえ、いつものことなのでお気にならさず。では追いかけましょう」
大晦日になっても、吾妻に振り回される日々。
今となってはそれが楽しかったりするのは、バディとしては不合格だろうな。
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