トサダンジョン

102.どんな秘密でも意外なところからバレるものだよ!


「えりにゃーん! なつにゃー!」


 12月30日。

 ナルトダンジョンを後にし、次に訪れたのは高知県にかつて存在していたトサダンジョンだ。

 入口前にいた野田と下池を見つけ次第、吾妻はすぐに走っていく。


「すみません、送ってもらって」

「……構いませんよ。では、私はここでお待ちしております。お気をつけて」


 新神戸駅までは新幹線で、そこからは植山の付き人である保科に拾ってもらい、高速道路で淡路島を通って四国入りした。

 西側に来ることはあまりないので、寄れるダンジョンに行っては動画を撮り溜めしている。

 もう動画さえ出せば1000万再生は平均で超えてしまうので、無理して企画作りする必要はない。地元紹介をするくらいで、各地のファンが喜んでくれるので、吾妻には自由でいいと伝えている。実際、各地の特産品を食べてばかりなVlog動画がたくさん撮れた。


 しかし、今回のトサダンジョンでは撮影ではなく、完全プライベートで来た。


「えっとぉ、今日は攻略じゃないんだよね?」

「はい。異端者わたしたちについての手掛かりを見つけに」


 約10年前、トサダンジョンは完全攻略された。

 完全攻略された異端者は消える過去の事例が報告されているが、当時保護された少女は消失することなく、社会名:下池夏菜として今も生きている。

 俺たちは魔物も罠もない、ただの洞窟となった空間を進みながら会話を弾ませる。


「洞窟内滑りやすいから気をつけ──」

「あだぁー!」

「遅かったか」


 後頭部からこけた吾妻の元に下池が近寄ると、「痛いの痛いの飛んでけー」と頭を優しく撫でてあげた。


「おー! 飛んでった気がするー!」

「それが噂の回復能力ですか」

「はい。このように触れ合うことで他者を回復させることができます。小さい傷なら触れるだけで、重症でもわたしの体液でなら治すことが可能です。このように──」

「別にアタシ疲れてにゃいからキスしようとしにゃくていいのよ」

「ちゃんと実践して見せないと意味ないよ?」

「説明だけでいいでしょ!」


 キスを迫ろうとしてくる下池を野田がそれとなくかわす。

 死来能力。異端者が宝具なしに使える人智を超えた能力。俺が勝手に名付けたものなので、他者に言っても通じない名称だが。

 元々異端者は耐久力と回復力には優れているが、下池には自身がどれだけ傷付こうとも即座に治る超回復の能力を持っている。さらには他者に分け与えることも可能だ。


「おぉー、なつにゃもそんな不思議な力持ってたんだね! 亮くんもねー、変わったことができるよ〜。たとえば──」

「舞莉。別に手の内を晒す必要はない」

「えー、えりにゃんたちにもー? むむむ、なんだから〜」

な」


 俺がいつもの言い間違いを訂正した時だった。


「あれ、呼び方が……」

「ふ〜ん? にゃるほどね〜」


 呼称の変更で二人に悟られてしまったか。俺も言い間違いをしてしまったな。

「えぇっ⁉︎ ち、違うよぉ⁉︎ みょ、名字だとややこしいからー!」と、序盤でするであろう言い訳を吾妻がわたわたしながら答えた。


「別に隠さにゃくても、世間に対しての公開はしにゃいわよ。それにいいんじゃない? 演者と裏方がよく付き合うにゃんてよくあるはにゃしだし。二人はとてもお似合いよ」


 下池もとても頷いて肯定する──ん? どれに対して肯定している?


「えっへへー、バレちゃったら仕方なおぉっ⁉︎」


 突然としてダンジョン全体が大きく揺れるので、すぐに吾妻を支えに行く。


「大丈夫か?」

「えへへ、ありがと。でもこれくらい平気だからだいじょぶ!」


「イチャついてる〜」と野田が揶揄うので俺はすぐに離れた。

 一瞬のことだし、最初の揺れこそ収まれば何事もなくただの洞穴へと戻る。


「地震かなー?」

「最近多いわね。特にこの辺ではほぼ毎日揺れてるみたいにゃのよ。それもあって、本当はトサダンジョンがまだ完全攻略されてにゃいとアタシたちは踏んで来たの」

「ここに来たのは下池さんについて調べるだけではないってことか」

「そ。攻略するためじゃにゃい。他の誰にも攻略されにゃいように、対策を取りに来たの。イヤよ。夏菜がいにゃくにゃるにゃんて」

「絵里奈……‼︎ きゃっ⁉︎」


 と、またダンジョンが揺れる。

 さっきよりも長いので、下池と野田はお互いに守るように抱き付く。

 もう一度守りに行こうとしたが……電車の揺れに手すりを使わず立つチャレンジをしてるが如く、楽しそうに吾妻は踏ん張っているので大丈夫そうだ。


「ちょっとにゃがいわね」

「う、うん……」


「トサダンジョンって、そういう罠なのかな⁉︎」の吾妻の疑問に「わたしでも分からない。昔はそんなことなかったけど」と下池は落ち着いて答えた。

 すると、呼応するように揺れも収まった。


 ……やはり、そうか。


「下池さん、ちょっといいか」

「あ! 亮くんったら、彼女置いてなつにゃと二人きりになるんだー。むー」


「ちょっと話するだけだ」と俺は吾妻は宥める。

 本気で嫉妬していたわけじゃなさそうだが、二人にバレたことで気持ちを隠す気はさらさらないようだ。素直で自分の気持ちに純粋な……可愛いやつだ。



「あの、東さん。一体……」

「気付いていますよね。少し前から。ダンジョンは該当する異端者の感情に合わせて環境を変えることを」


 下池がドキリと反応を示すと、近くの岩が崩れ落ちる。


「みたい、ですね……。うぅ……心を覗かれているみたい」

「確信じゃないが、完全攻略されても異端者が消えないのは──きっと下池さんを取り巻く愛情によるものだと私は推測しています」

「ふぇっ⁉︎ 恥ずかしい……」


 俺たち異端者はダンジョンを体現したような存在。全てを隅々まで知り尽くされることで、これ以上の価値なしとして存在を維持する必要がなくなり消滅するのではないか。

 しかし、愛といういまだに人間でも解明できない感情が芽生えることで、まだ存在を許されているのではないか。


「愛を与えられた者だけが次の何かに進化できるのか……?」

「進化……それ、確かあの人も同じようなことを。新人類への進化……とか」

「藤岡か……。愛情に関われた異端者が不死の存在、つまり新人類になれるわけ、か……」

「愛……っ、その、隠してたんですけど、実はわたし……絵里奈のことが恋愛的に好きだったんです……!」


 と、あたかもバレてないという前提で告白をされた。

 同時にまたダンジョンが揺れだす。


「あ、はい。知ってます」

「えぇっ⁉︎ さすがSS級……! 観察力が長けて──」

「見てれば誰でも分かりますよ」

「えぇっ⁉︎ じゃ、じゃあ絵里奈も⁉︎」

「さ、さぁ……意外と当の本人が一番気付かないものですし。あと、動揺しすぎて洞窟崩れそうになってるので落ち着いてください」


 遠くから「うわー! ぐわんぐわんだー!」の吾妻の楽しんでいる声と野田の悲鳴が聴こえる。


「はっ、絵里奈! ──うぅ、すみません……」

「いえ。しかし、ほぼ確定ですかね。ダンジョンと異端者の感情は密接に関係する。ダンジョンが完全攻略されれば我々は消えてしまうが、愛あればそれ限りではない……まるで御伽噺だ」


 感情にダンジョンの環境は左右される、か……ヨナグニダンジョンでも俺の恐怖が溶岩の波となって襲いかかる事例があった。

 一人しか入れないヨナグニダンジョンのルール。いまだに誰も入れないらしい。

 俺の心の中に今もかれは閉じ込められているのか。


「……心の中に土足で入り込むなよ、バカ親が……」

「え?」

「あぁ、いえ……。しかし、考えは何となくですがまとまりましたね。それと何か前世について覚えていることはありますか? 異端者は一度死んだ人間。その中でも私達が異端者として選ばれた共通点があるはずです」

「……いえ、心当たりは、何も……」

「……探求省でも異端者の前の身元を調べてくれてますが、私には何もなく。また、私も何も覚えていなくて。下池さんも何か思い出したらその時はぜひ」

「……はい」


 ……確実に何か知っているな。

 しかし、話したくないほどに辛い過去なのか、話せない事情があるのか……。今はまだそっとしておこう。


「話終わったー⁉︎」とやってくる吾妻たちに手を振り返す。


「──東さんもマイマイさんと付き合ったことで、ヨナグニダンジョンに変化はあったのでしょうか」

「どうですかね。ただ、簡単に私を攻略できませんよ」

「マイマイさんにされましたけどね」

「……確かに」


 彼女たちに聴こえない程度に下池に小言で突かれてしまった。

 いつ見たって吾妻は可愛い。そして好きだ。

 この感情がダンジョン越しにあの親バカにバレているのかと思うと……末恐ろしいな。挨拶の言葉、考えておこうか。


 その後、結局トサダンジョンはこれ以上攻略しようもないとして完全攻略のままであると結論付けることとなった。

 この後野田たちは実家である香川へと立ち寄ってから、年越しは東京に戻りゆっくり二人で過ごすようだ。


「えりにゃん、なつにゃー! 良いお年をー!」


 こちらはドウゴダンジョンで年越し配信する予定だ。

 俺たちは保科の元に戻り、車で愛媛県へと向かった。

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