104.あけマイリー!ことよろマイマイー!
「あ、見つけたー!」
「マイマイさんオーデュイさん⁉︎ 申し訳ございません、わたくしの身勝手でお二人に危険な──」
「あれっ! 白湯華じゃない⁉︎」
「えっ⁉︎」
吾妻が指す方へ植山が振り返って見ると、白煙の中に凛として佇むように咲く一輪の白い花があった。
「ほんとですわ……! しかし、一輪のみ……」
「でも探してたのだよね! さっそく取りに行こう〜!」
「マイマイ待って! お湯がブクブクしてて熱そうだよ……」
オーデュイが制止するように、自分たちがいる場所と白湯華の間には谷がある。崖下を覗くとマグマのように沸き立つ熱湯が流れている。見ているだけで目元が火傷しそうだ。
「落ちたら大火傷しちゃうよ……」
「わたしならだいじょぶだよ? まず落ちないし」
「そうだけどそうじゃないよ! 危機管理が大事だって亮くんいつも言ってるもん。それに湯気に触れただけでも火傷しちゃうって!」
「むむ、そう言われると弱ったなぁ〜」
吾妻とオーデュイが口を揃えて「むむむー」と悩むが、植山は自身の宝具:侘び寂びを構えると、流す涙を掬って谷へと落とす。
「セブダンジョンの海をわたくしは操れた……この温泉も切り拓いてみせる! 宝具:侘び寂び──〈
宝具の扇子を縦に振るうと、道を作るようにして熱湯が真っ二つに割れた。
湯気も晴れていき、はっきりと白湯華も視認できる。
「おぉ! これで行けるね!」
「マイマイさん。巻き込んだ上にお願いする形になってしまい申し訳ありません……。わたくしには断つだけで精一杯でして……!」
「だいじょぶだいじょぶ! わたしに任せて! みんな病気とか怪我が治ったらハッピーだもんね。オーデュイ!」
「ほいさー!」
オーデュイが身体の中から宝具:ファイヤーフランタンをスポンと吐き出すと、吾妻がそれを掴んで宙に浮き、白湯華の元まで簡単に辿り着く。
「余裕余裕〜!」と二人にピースして見せて白湯華を引き抜こうとするも……抜けない。
「むむ? 結構かたい……わわっ⁉︎」
すると、立っていた崖が盛り上がり吾妻は宙に投げられる。
眼下に現れたチョウチンアンコウ型の魔物が口を大きく広げて彼女を喰おうとしている。
吊り下げていた触覚で餌が欲しがるものを見せて誘う。今回は白湯華の幻影を見せられていたわけだ。
「マイマイ⁉︎ って、うわぁ! なんかいっぱい飛んできたぁ⁉︎」
魔物の飛び出した勢いで温泉に熱された瓦礫が植山たちに飛び火する。
すぐさまオーデュイが身体をにょいーんと広げて、降り掛かるものを吸収して植山を守る。
「ありがとうございます……しかし、マイマイさんが!」
吾妻はファイヤーフランタンを再び掴むも、逃げるより早く魔物が飛び出してくる方が早い。
喰べられそうになったその時──俺は勢いよくそいつを蹴り飛ばした。
「亮くん‼︎」
「大丈夫か」
一撃で沈めた魔物を足場にして飛び上がり、そのまま吾妻を抱きかかえて植山たちがいる場所に戻る。
かなり高温の熱湯だな。慣れているはずの魔物すら燃やして飲み込んでしまった。
「むふふ〜、ありがと。まぁ、わたし一人でも倒してたんだけどね!」
「そうだな……ん?」
「どしたのー?」
「いや……気のせいか。とにかく無事で良かった」
「うん、ありがと〜」と、彼女はギュッと抱きしめてくれた。
今の姿でそれをされるとかなりドキドキしてしまう……。
「……頭、汚れてるぞ」
頭に付いた土汚れを払って取ってあげることを口実に身体を離す。撫でると「むふふーん」と喜んでくれた。かわいい。
「さっすが亮くん!」
「彼女の危機に駆け付ける彼氏、とても素敵ですわ」
「ふふ〜ん、でしょ〜!」
植山と、その彼女の頭上でポヨンポヨンと弾むオーデュイが賞賛……え?
「彼氏って、何故それを……」
「絵里奈さんから聞きました」「えりにゃんからグルチャで聞いたー」
あの化け猫……すぐに言いふらしてやがる!
野田、植山、オーデュイ三人のグループチャットがあるって以前NewTubeFestの時に確か言っていたな。
世間に対して公開しないって言って……ただけで、友達に教えることは別かよ、くそ。
「まぁ、ワタシもバディだから、二人が付き合ったなってことくらいお見通しだよ〜」
「おぉ〜オーデュイ観察眼あるぅ〜」
「ふふ〜ん! んっ⁉︎」
「オーデュイどしたの?」
「いや……なんかチクってしたなーって。身体の中で何か刺さったのかな?」
オーデュイが何か違和感を感じた頃、「葵お嬢様!」と植山の付き人たちが遅れてやって来る。
別に遅いわけではない。ただ俺が途中で彼女に危機に迫ったことに気付き、死来能力で辺りのお湯を自分の武器として高水圧を使って高速で飛んできただけだ。
「優見! 爺やに中島まで……また、心配かけてしまいましたわ。申し訳ありません……」
「葵お嬢様が無事でしたら何よりでございます……!」
「……ありがとう。ただ、白湯華は結局見つけられませんでしたし……」
「ぷへぇっ! これだ〜」
オーデュイが吐き出したのは一輪の白い花。ちょっとぬめっとしている。
「これは……紛うことなき本物の白湯華! ……っ、オーデュイさんが守ってくれた際、瓦礫と一緒に飛んで来ていたのかしら」
「葵ちゃん! これでメイドさんたち治せるよ!」
「えぇ! でも、一輪……」
白湯華は一輪につき一人しか治せない。
三人共怨呪にかかっているので、当然三本必要となる。
「でしたら私め以外──」
「優見、君が使いなさい」
「かしこまりました……えっ?」
大城がいつものように全肯定したが、すぐに疑問となる。
「中島と話し合って決めていた。といっても、耳の聞こえない私と声が出ない彼なら筆談だがね。もし、次に白湯華を手に入れて治せるならば優見、君にしようと」
「で、ですが私めなんかよりお嬢様の声を保科様に聴かせたいです。お嬢様と中島は楽しく話し合っていただきたいでございます……私めなんかより……」
「優見。誰かを肯定するばかりで自分を否定する必要はないよ。もっと自分の気持ちに素直になるといい。それにもちろん私達も治すつもりさ。次の番どうするかはジャンケンで決めましょうか」
中島は答えるリアクションとして腕をブンブン振り回し、ジャンケン臨戦体制だ。
「わ、私めが一番若輩者でございますよ……」
「ならば私が長生きする理由ができたわけですな」
「保科様、中島様……」
「──優見。ぜひあなたに使って欲しいですわ」
「葵お嬢様……かしこまりました。ありがたく頂戴致します」
植山から手渡された白湯華の花弁をそのまま齧る。
「おぇ、不味いでございます」と大城は顔をしかめるが、皆は笑った。
すると、白湯華から色が消える。能力が使われた証だ。
そして大城は長年閉ざされていた黒い瞳をゆっくりと開く。
「──初めまして……葵お嬢様っ……‼︎」
「ふふっ、初めてじゃないでしょう優見。さぁ、涙は取ってあげますわ」
「いえ、このままでいさせてください。このまま泣いていたいのです……」
宝具:侘び寂びを掲げた植山だったが、優見の言葉を尊敬して水着の腰紐に挟む。
「ゆ、優見が初めて否定した⁉︎」と保科と中島は驚き、彼女たちは抱き合い喜びあった。
「ふぇぇ、葵嬢良かったね〜‼︎」
「だねー! ん? 亮くん考え事ー?」
隣にいた吾妻が俺が素直に喜んでいないことに気付く。
「あぁ。宝具に同じものはないと言われているが、何故白湯華だけは複数存在するのかを考えていた」
「んー。見つかりやすいお花だからかな? まぁ、貰ったら嬉しいじゃん! 1本だけじゃなくて、いっぱいの方がもっと嬉しいよね!」
1本だけ……あ、そういうことか。
白湯華は──白い百合の花の形をしている。
白百合の花言葉の一つに〝死者に捧げる花〟という意味がある。
ある都市伝説NewTuberが──まぁ山下好奇なのだが──宝具とは遺品であると考察する動画をハロウィンにあげた。
俺たち異端者が死者ならば、現代の物が多い宝具がそうであるとは頷ける。
お見舞いに行く時にも、事故現場に供えられるように、葬式に献花されるように……生命溢れる花が死を吸い取ってくれないかと願いを込めて。
だから、白湯華だけは多数存在し、今も宝具として度々生まれるのかもしれない。
『──アオイちゃん! もうすぐだよ!』
『えぇ……! それでは視聴者の皆さんもカウントダウンご一緒にお願いいたしますわ!』
無事に年越し生配信に間に合った。
撮影許可の下りた高級旅館の一室で、浴衣に身を包んだ吾妻と植山は年越し10秒前から両手指を立てる。
カメラ裏ではオーデュイと大城の女性陣のみ声を出して参加する。俺たち男性陣は指だけでの参加。
『ごー! よん!』
『三、二』
『『1‼︎ あけましておめでとうございます‼︎』』
カメラの向こうにいる約200万人と共に、無事新年を迎えることができた。
去年は吾妻との関係性が大きく変わる、激動の一年だったと言っていい。
さて、今年は何が起きるのか。
『今年もよろしくね‼︎』
彼女の言葉に俺は大きく頷いた。
◇ ◇ ◇
「よしっ! いい写真撮れたな〜。新年早々ワタシのスクープが世間を騒がせるんだ……! タイトルはそう『人気ダンジョンストリーマーのマイマイがダンジョンでスタッフとイチャラブデートか⁉︎』だ! よしっ! これは売れるっ‼︎ よぉしっ‼︎」
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