100.告白強行委員会〜ずっと前から好きだったもん!〜
「ちょっと冒険しよ!」と、吾妻に連れられて夜の学校を探索する。
教職員や警備員には事前に許可済み。吾妻がクリスマスに学校で集合したいと言ったので、俺が許可を取った。
「なんか夜に私服で学校にいるの悪いことしてる気分になるね」
「へへへ〜」と笑いながら数歩先を行く吾妻は、スマホのライトだけで暗い廊下を臆せず突き進む。
階段を上る際、彼女は振り返らずにイジワルな質問をする。
「今日は何してたのー? ちゃんと生配信観てくれたー?」
「……最初はな。途中永田の見舞いでリアタイしてない」
下手に嘘をつくとバレた時に面倒なので、言った言葉には真実しか含めなかった。その先に起きたことは、心配させたくないので伏せておくが。
「ぶー! 誰よそのおんな〜!」
「探求省の男だよ」
「へへ、知ってる〜。ちゃんと後でも見返してよね!」
……もちろん。
たとえバディを辞めても、今度は君のファンとして動画越しに応援し続けるよ。
この学校にこうして登校するのも、今夜が最後かもな。
「到着〜。昔はここでよく秘密会議してたよね!」
階段を上り続けた先にある、掃除ロッカーと余った備品が詰め込まれた屋上入口前のこの狭い空間に、ほんの数ヶ月前まではよく集まっていた。
「今日は聖地巡礼でもしたいのか?」
「そうじゃなくて〜……うーん」
モシモジとして目線が泳ぐ吾妻。
……彼女は俺に告白すると事前に宣言している。その羞恥心ならば当然の反応、と推測している俺は中々に気持ち悪い。
だが、それこそ彼女が言ってしまう前に先手を打った方がいい。
「吾妻さん、実は──」
「あ、そうだ! じゃーん! 屋上キー!」
言葉を遮るようにポケットから取り出した鍵をドアノブに挿し込み、開けようとする。
「どうしたんだそれ」
「職員室にかけてあった!」
「おい。堂々と盗むなよ」
「一応警備員さんに許可貰ったよ〜。亮くん来るまで暇だったからプラプラしてたんだー」
生配信後、一度家に戻って着替えてから来ても十分に時間あったのだろう。
いつもは俺が先に来て、吾妻がギリギリか怒るほどでもない遅刻をするが、今回だけは違ったな。
「はぁ、許可貰ってるなら……」
パキッ、と金属が折れた音がした。
「あ……いいや。どりゃ!」
吾妻は力任せにまだ鍵のかかったままの入口をこじ開けた。
「開いたよ!」
「破壊コンボするなよ」
後でどう釈明しようかと考えているのにはつゆ知らず、「おぉー! まちー!」と遠くに都心が見えるくらいのただの夜の住宅街を見て、吾妻は喜び走り回っていた。犬かよ。
「あんまり端に行くなよ。柵とかないから」
「うん! ……でもさ〜、わたしが落ちても亮くんなら助けてくれるよね。最初に入ったムサシノダンジョンでも地底湖に落ちたわたしを迎えに来てくれたし」
吾妻は手を後ろに組み、走るのを止めてゆっくりと歩み出す。
「ダンジョンで海に行ったりとかー、あ、温泉もまた行きたいよねー! 葵ちゃんやえりにゃんたちにも出逢えて、ほんとダンジョンは楽しいことばかりだな〜。でもでも! それは全部亮くんと出逢ってから──」
「吾妻さん……俺は君のバディを辞めようと思う」
辞任する意思を告げるなら今のタイミングしかなかった。
今度は遮られた側の吾妻はその場で立ち止まり振り返った。
「そっか……。わたしは亮くんの意見だって同情したいな!」
「多分、尊重」
「あー、それそれ。もう〜、わたしには亮くんがいないと色々と間違えちゃうな〜。そっかぁ……寂しいなぁ……。ちなみに、どうして、なの?」
……吾妻の顔を見ることができない。
俺は彼女の足元を見たまま話し始める。
「……吾妻さんのためだよ。人気と知名度のことを考えるならば男はまずそばにいない方がいい。それに、吾妻さんはもう最強だろ? 俺が守る必要もないし、編集やスケジュール管理なら優秀なオーデュイが引き継いでくれる。なにより俺は人じゃない、異端者だ。いつか君の敵になるかもしれない」
「……そんなの、全然バイバイする理由にならないよ。お母さんだって異端者だもん。わたしだって異端者のハーフだよ。敵になるくらいなら一緒に世界を相手しちゃおうよ! それに、オーデュイだって凄いけど、みんな一緒の方が楽しいし。オーデュイには話したの⁉︎」
「これから……」
「オーデュイだって、他のみんなだって許してくれないよ! あとあと、最初からわたし最強だし! わたしが亮くんを守っていたもん!」
いまだにそこはそう思い込んでいるんだな。
ただ、それが可能になる異次元の耐久力と規格外の破壊力を身に付けて来た。
「なにより亮くんが辞めるんだったら……わたしだってダンジョンストリーマー辞めてやる!」
「はぁ⁉︎ 何を言ってるんだ、吾妻さんの夢は──」
「わたしはワクワクすることがしたいだけ。亮くんがいないならワクワクしないもん。そんなの悪夢じゃん!」
「……っ、たまには俺の言うことを聞いてくれ」
「……わたしのこと、嫌い……?」
……違う、そんなわけないだろ。
顔を上げると、吾妻は今にも泣きそうな顔をしていた。
こんな顔をさせたくはなかった、でもこうなることは分かっていた。
嫌われても構わない。これが、全ては吾妻舞莉のためになるならと誓ったのに……気持ちが揺らいでしまう……。
「嫌い、なんて思ったことは一度もない。……ただ、それだけ理由を並べないと、俺が君から離れることなんてできそうにないから」
「……わかったよ。東くんの気持ち」
前みたいに苗字呼びに戻った。
関係値も以前のようになれるなら、上々の結末になったといえ──
「ま! そんなの関係ないけどね‼︎ わたしは亮くんと一緒にダンジョンを冒険したいの‼︎ いっぱい魔物倒して、美味しいもの食べて、綺麗なとこ見る! ずっとずっと、一緒にいたいもん‼︎」
「なっ……⁉︎ 最後くらいワガママ言うなよ!」
「最後はまだ先だから問題ない! 言葉で言っても分かんないなら、行動で証明してよね!」
すると、吾妻は向こうへと走り出し、躊躇いなく空へと跳び出した。
すぐに俺は空を切るように追いかけ、彼女を空中で抱きかかえる。落ちていく時に掴める風の抵抗を武器のように上手く扱い……空中で止まる。
「いきなり何して……⁉︎」
「うそつき。ほら、亮くんはすぐにわたしを守ってくれる。嘘は言っても、動きに嘘は付けないね〜!」
作戦が上手くいったからか、とてつもない煽り顔でこちらを見てくる。
くっ……こいつに何か試されたの腹立つな……。
「──わたしは、亮くんのことが好きだよ。ずっとずっと大好き! この言葉は嘘でもメディア用でもない。この先にすることだって──」
吾妻は両手で抱きしめるように俺の後ろに手を回すと、顔を近付けて──
「……へへっ、照れるね」
刹那の出来事に思わず力が抜けてしまい、水の抜けたプールに落ちてしまった。
風のクッションを地面にぶつかる寸前に作り出した上に、元々お互いに体は丈夫なので怪我はない。
すぐにそばを離れようとするも、「ちょっと待って!」と本気で退こうとした俺よりも素早く手を掴まれて、彼女同様に仰向けに寝かされてしまった。
それも手を繋いだまま。
「みて! ゆきー!」
藍色の空から白い雪が舞い降りて来た。
予報では降らないはずだったが、想定より冷え込んでいる。吐く息も白い。
「クリスマスはやっぱり雪降ってくれた方がアガるもんね! 運が良いな〜わたし〜」
「風邪引くぞ」
「一緒に引いちゃう?」
強く握るその手。
……流れで、こちらも握り返す。
「返事、聞きたいな〜。もちろん告白の方ね。バディは辞めれないから」
「……もし、振ったとしたら気まずいだろ」
「そうだとしても、一緒にいたい」
相手の気持ちなど関係なく、自分がしたいことを推し進めるのが吾妻舞莉だ。
……別に振るという選択肢は、はなからないがな。
「俺も……吾妻さんと同じ気持ちだよ」
「はっ! ナルシスト⁉︎」
「そういう意味じゃねーよ」
「わかんないから、ちゃんと言葉で言って」
「……っ、…………好きだよ」
「むふー‼︎」
何だその顔は。
水がなく跳ね回っている魚みたいにジタバタしながら吾妻は起き上がる。
「え、えっ! じゃあ〜! 付き合う、ってことで……おっけ?」
「まぁ……」
「むふー!」
「そのリアクションなに? ……分かってるだろうが、まだ誰にも言うなよ。仲良い奴にも、オーデュイにもだ」
「え〜。まぁ、二人だけの秘密ってこと?」
「そう……言いえて妙だな」
「言い方次第でワクワクするじゃん! わたしはわたしがワクワクドキドキする方を選びたいんだよ〜。だからさ、いつもそばにいてほしい。辞めないでよ……おねがい」
潤んだ瞳でこちらを見つめ、ギュッと手を握る。
……あれ、可愛いのは知っているが、ここまで可愛かったか……? 夜だというのに太陽のように輝いて見えるんだが……。
「……分かった。分かったよ……吾妻さんは頑固だってことくらい。俺の負けだ」
「なら完全勝利する」
「は?」
「……舞莉って呼んでよ。名字じゃなくて下の名前で」
「……舞莉、さん」
「呼び捨て」
「──舞莉」
「むふふー‼︎」
……何なんだ……なんなんだこの可愛い生物は⁉︎
思わずその可愛さに顔を背ける。
「あれ? 亮くんも照れてる?」
「……いいや?」
「手、あついよ?」
手を離そうとするが、離してくれない……握力強いな⁉︎
「えへへー、幸せだな〜」
……ただ、今だけは彼女が握ってくれる手を俺も離さないように強く握り返そう。
これからも変わらず、吾妻舞莉の幸せを守り続けることをここに再び誓う。
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