99.電車でゴー!ごーごー‼︎


 元四皇、武壱葉。

 他の元四皇とは違い、彼女は唯一配信活動をしたことがない。

 それでも彼女が四皇の名を冠していたのは、他のダンジョンストリーマーの口コミや噂による。最初は都市伝説ではないかと言われるほどに実力は他と一線を画していた。

 それと四皇の理由はもう一つ──圧倒的美貌。

 直視すれば言葉を失う。華憐に舞い、戦う彼女の姿を直接見た者は息を呑む。


 彼女が手にする傘型の宝具:天夜執あまやどり

 フィジカルのみなら下谷に軍配が上がるが、宝具を手にした彼女を止めることは歴史上、一人もいないだろう。

 魔物は細切れにするほど慈悲を与えはしない。

 明確な目的はなく、誰とも交流することなく、ただダンジョンに潜って己を研鑽し続けた彼女は──心臓の病気というどうしようもないことでこの世を去った。まだ25歳だった。


 彼女に家族はおらず引き取り人はいない。

 出自も何もかもが不明な武の葬式は下谷が入省する前、前身の探求省によって極秘に行われた。彼らにとっては、まだ解明の進まないダンジョンを10個も即攻略した、探索者にとって捨てがたい人材だったためだ。


 そして、火葬時……そこで奇妙な現場に遭遇したと当時を知る職員は語る。


 ──彼女の遺体は燃えなかった。

 何度火葬を繰り返しても、遺品として入れた宝具諸共傷一つなく、綺麗な顔のまま彼女は目を閉じていた。

 多くの死を浴びた者はダンジョンに呪われる。

 時は止まり、生まれ変わることなくこのままを永劫に過ごす。

 これが初めて確認されたであった。



 そして幾年もの時が経ち……探求省遥か地下に冷凍保存されていた武を、遣わされたイラミィとミッチーがアキハバラダンジョンの事件に乗じて奪い去る。

 高嶺のエネルギーが注入された彼女は、十数年の時を経て動き出した。

 高嶺の命により、東を殺すだけのただの殺戮人形へと成れ果てた。彼女に自意識が芽生える可能性はない。


 そのことを東亮が知ることはない。



   ◇ ◇ ◇



「──ぐっ⁉︎」


 ……間一髪で彼女の持ち手を止めることで刃が体を裂くことは防いだ。

 しかし、巻き込まれた乗客が何人もいる。ギリギリ息をしているものもいれば、既に手遅れな人間も……。

 時間差で一人の女性が悲鳴をあげて、それに釣られて他の人も別車両へと押し合いになりながら逃げて行く。

 運転手や車掌に知らせる非常ベルが押されるも、走行は止まらない。


「……」


 女は何も喋らず、逆時計に回転し次は右からと刀を振るう。

 俺は吊り革を掴み、上の荷物棚に逃げ込む。

 すかさず女は下から振るい上げて、金属棒を次々と細切れにするのを俺は横へと移りながら避ける。端まで追い詰められれば、別の吊り革に体重を任せて、体操選手が如く勢いのまま女の顔面に蹴りを入れる。

 一瞬怯むも、すぐに刀を強く握りしめるとそのまま縦に振り下ろす。

 軌道上に俺はいない。

 だが、隣の車両からスマホを掲げて撮影していた男ら数人が縦に二分された。また阿鼻叫喚とする乗客たちは、遠くに逃げていく……あぁ、それでいい。


 斬撃を飛ばせる、これがあの宝具の能力……と、考える時間を与えられず、女は横一線に斬ると、背後のガラスが全て飛び散った。

 しゃがんで避けるがそれも織り込み済みなのか、足蹴りを喰らい電車の外へと飛ばされた。

 走り去るさっきまで乗っていた電車……最後尾に乗っているのは……


『ご乗車ありがとうございました〜、無賃乗車はナシだぜ〜』


 なしおやじ……⁉︎

 車掌の服を着ている。運転士も同じならば、電車が停車しないことにも頷ける。ならば、あの電車はどうなる……。


『おっ、ナシを切って食べるのはアリだぜ』


 あの女が電車内を走り、なしおやじごと窓ガラスを叩き斬って飛び出してきた。

 刃に付着する血の量……こいつ、通行に邪魔だからと今の間でどれだけ殺してきた⁉︎


「ぐっ……⁉︎」


 空中で女は俺の右胸に刃を突き刺すと、女の後ろからすれ違う別の電車に轢かれて、二人で中へとなだれ込む。


「…………」


 阿鼻叫喚とする車内、再び別の場所で地獄が生まれる。

 女はいまだに無言でこちらに狙いを定めている。

 素手でこいつと戦うのは無理だ。何か武具か宝具がなければ……!



「りょう、いいか? 生き抜くためにはよ、周りにある全てを武器にしろ」



 自分の呼吸音だけ聴こえる車内で……甦るは、共に過ごしたあいつとの記憶──



   ◇ ◇ ◇



「──確かに〜、ソウシたちと同じSS級なのに、固有の能力ないよね〜。でもさー、別にない方が弱いままでよくなーい? 先生の目的のためには邪魔なんでしょ?」

「構わない。知れるのならば、自分が不利になることも厭わない。それよりも気になるのさ、愛のために手に入れた能力チカラ。彼の心の強さとをね」





 ──俺は……右手が届く縦に繋がる金属の持ち手をそっと抜き出すと、銀の剣へと変化させた。

 敵が武器を手にしたことで危機感を得たのか、女が走り出す。

 すぐさま俺は左手で床を叩くと、この車両にある全ての吊り革が手足に輪を通すか紐部分で巻き付くかして、女を磔にして動きを奪う。


「…………っ⁉︎」

「……はぁ、はぁっ……悪いな。これからクリスマスデート、なんだ……死んでる暇はもうないんだわ」


 生み出した剣で彼女の首筋を斬った。



   **



 ……足取りが覚束ない。

 血を流し過ぎた。昔ならここまで疲れないが……新しいこの能力のせいか。

 宝具使用を除き、一部異端者には生来する能力がある。死して得られるものだから死来しらい能力か。

 まだ自身についても分からないことばかりだが、急襲してきたあの女もよく分からなかった。


「この世の全てを自分の思い通りにできたらよ。やりたいと思ったことは何でもできるからな。その力があれば舞莉をどんな脅威から守れるぞ‼︎」


 ヨナグニダンジョンで吾妻大悟とそんな会話もしたか……。

 まぁ、今更これは必要もないけどな……。

 既に俺の顔や異端者であることは世間にバレている。大事になる前に吾妻の元から退かなければ……。


 あの女を倒した時、撮影している人間もいたので、生首が落ちるシーンにならないようだけ考慮して、まだ支配下にある吊り革で落ちないよう支えた。

 決着を付けた時に乗っていた電車の運転手と車掌は通常の人間だったので、次の駅にはすぐ止まった。

 通報を受けて来た警察や医療従事者、そして探求省の人間に場を任せた。


「莉奈はあまりこういう現場好きじゃないんだけどな〜。遠くから見てたいんだけど〜」


 武具:会射定離えしゃじょうり

 弓道で使用される弓に魔晶石が組み込まれた武具。どれだけ離れた場所であっても何かに当たるまでは勢いが衰えず矢は飛び続ける。

 それを所有する仲田莉奈は愚痴を溢していた。……一人で歩いているところは初めて見たな。


「あ、異端者。弱ってる。撃っていいんだっけ」

「駄目に決まってるだろ」

「冗談だよ〜」

「……いつもの兄がいないが、喧嘩でもしたのか?」

「ううん。別にしてないけど。あ、お兄ちゃんいないと何もできないと思ってたでしょ? 別に莉奈は一人でできるよ。お兄ちゃんが過保護なだけだったもん」


 確かにこうして直接話せることすら初めてだ。意外と冗談も言うような人だったんだな。

 座り込む俺とさほど目線が変わらないほど背が低い仲田妹だが、若くても数年前には成人しているし当然か……。


「今の莉奈はね、色々と忙しいの……! ……強い異端者がいるからって期待して来たけどいないし、冷めちゃった。ハートは熱いけど!」


 よく分からんが、完全に兄離れして独り立ちできているようだ。

 ……兄離れか……。


 事情聴取も経て、事件も死人も出るほどに大きかったため、解放されたのは夜になってからだった。

 吾妻たちのクリスマス生配信も日が暮れる前にはとっくに終わっている。松實と三昌が夜になれば人格が変わって厄介だからだ。

 電車をはじめとした交通機関も、事件の余波を受け大きく乱れている。

 まだ走った方が早いと思ったが……傷の治りが遅い。それに、服も汚れてしまったから一度着替えたのもタイムロスだ。

 約束の20時より3分前にはギリギリ間に合った。

 もっと余裕を持って、あの告白の覚悟を持って来たかったが、そんな時間は取り残されていない。


 待ち合わせ場所、それは──


「あっ! 亮くん! も〜遅刻寸前だよ〜。いつもは朝早いのにー、もしかして夜苦手?」


 ……自身の机に座って、足をパタパタさせながら待っていた吾妻。

 生配信の時と姿が違う。彼女もまた着替えたか。


「……ここから始まったんだよねー。わたしが亮くんをバディとして誘った場所!」


 彩成さいせい高校。2年2組の教室。

 俺たちが毎日通うこの教室で……今夜、関係を終わらせる。


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