97.天使とラブソングを歌ってみたい!


『はーい、今日も配信しまーす』

『お願いします〜』


 セルカ棒を使って街中で勝手に配信し出したのは、登録者数1.4万人の〝ゆめほのチャンネル〟の彼女たち。

 スマホを持っている方が女子大生のゆめちー。髪色が金混じりの、見た目は少しギャルっぽい彼女だが性格はサバサバとしており、淡々と配信していく。

 一方、ふんわり綿毛の彼女はまだ女子高生のほのほの。話し方もふんわりとしていて、体幹もなくずっと横揺れしている。

 彼女たちは別に姉妹でもなければ友達ですらない。

 のもと知り合い、何となくで配信活動を始めた。投稿頻度は不定期だ。


『じゃあ今日は話題のなしおやじ探すわけだけどー、ほのほのなしおやじ好きー?』

『見て〜サンタさんだ〜』

『おい無視かーい。今日はクリスマスだしサンタさんいるかもだけど。はぁー、なしおやじ今日じゃなくても良かったくねー? 彼氏とか作ってイチャイチャとかしたーい。そのサンタとやらに頼んで……マジでいんじゃん』


 彼女たちの目先には全身赤色に身を包む、白い袋を背中に担いだままの大男がいた。

 その男は黒い大剣を構えてこう叫ぶ。


『宝具:黒鷺──〈背面斬撃チキータ〉!』


 左から掬い上げるようにして斬り込むが、長い槍によってかなり手前で阻まれて振り切れない。


「宝具:同担拒否どうたんきょひ──マイマイに近付く奴は弾き飛ばしてやる! おらおらぁ‼︎」


 岡野は宝具をぶん回し、槍の柄が辿る円の中には誰も入れないようにした。



『ヤバッ、サンタ戦ってんじゃん』

『赤色の服ってやっぱり返り血だったんだぁ〜。ヤマシーさんの言う通りだ〜』

『アンタまたあのペテン師詐欺チャンネル観たの?』

『ペテン師じゃないよ〜都市伝説チャンネル! ヤマシーさんには異端者の存在を言い当てられたんだよ〜』

『金に目が眩んだ異端者がリークしたのよ。それで、本とか出して印税で儲けてるんでしょ?』

『そんな売れてないよ〜。ほのも買ってないし〜』

『買ってないんかい』

『あ、飛んでくる〜』


 自由人極まりないほのほのは続いて、茶碗を挟んでベンチに座っていた二人の男を指差した。



『残念。役無しだ。俺は……〈シゴロ〉だ』


 馬場に頬を殴られた永田は、ほのゆめチャンネルのところまで大きく吹っ飛んでくる。


『ちょっ、ヤバッ! 何でやり返さないの⁉︎』

『……ぐっ、やり返せないのです。彼の宝具は彼含めてその場の人間に縛りを与える。全ての行動は出目に左右される。出目以外の攻撃は効かないよう──って、危ないので離れて……あれ、君達……』

『ヤバッ、はーい! 退避しまぁす!』

『ゆめちゃん、あそこなしおやじ〜!』

『嘘っ⁉︎ 行くよ‼︎』

『あ、だから逃げ……いえ、彼女たちなら大丈夫だろうけど、色々厄介に……それよりも……』


 永田は生まれながらに運が悪い。それは彼の人生が物語っている。

 元S級探索者であっても敵わない宝具。相性が悪すぎる。


「降りるかい?」

「いえ、勝つまでやれば元取れますから。威力倍賭けです」



   ◇ ◇ ◇



 向井の矢の特性はベクトルだ。

 宝具の扱い方を見るに、長く弓を引くほど対象の飛ばす距離が増え、短くても太いほど飛ぶ速度が速くなる。

 大量のなしおやじが証明してくれた。


 にしてもだ。この魔物たち他を追いかけず、執拗に俺を追いかけてくる。

 こっちに気を取られている間に向井は悠々と矢を放つ。隙が大きい宝具だからこそ囮がいる。向井となしおやじ達は意思疎通しているのか?


『どうしましたか? 東亮の本気はこんなものじゃないでしょ!』


 ……大衆が、大量のなしおやじを撮影するためにカメラをこちらに向けていた。ヒーリョーの時のように顔を隠すヘルメットなど持ち歩いていない。

 わざわざフルネームで名前を呼ぶ向井──狙いは分かった。

 ……しかし、この状況をどうすれば終わらせれる。


『ヤバッ、なしおやじをこんな見れるとか、ウチらついてるんじゃない?』

『かわいい〜』


 配信者まで来てしまった。

 もしなしおやじが俺だけを狙っているなら、他の人達に危害はない。一旦人目に付かないところまで逃げてしまえば、良くて魔物に愛された男ぐらいのタイトルで済むだろう。

 だが、意思疎通してるならば話は別だ。周囲の人間を人質に取られる可能性がある。



『──本気で戦わないと、死人が出ますよ? マイマイのバディさん。そしてヨナグニダンジョンの異端者さん?』


 頭上から女性の声。

 白い羽を生やした男女一対は使のように舞い降りる。

 こんな時に新手……‼︎

 さらには『あの人マイマイのバディなんだ⁉︎』『イズモの異端者みたいですよ〜』と身元が拡散される。



『イラミィさん、ミッチーさん! まだ僕はやれますよ……‼︎』

『このボクちんが手を貸そうというわけさ⭐︎ ワールドサンキューしたまえ!』

『貴方だけは黙って逝ってくださいミッチーさん』

『あっ……! コールドビューティー⭐︎イェスサンキュー⭐︎』


 明らかに人間じゃない、異端者……とも少し違うが、似たような気配──イズモダンジョンの異端者ソウシの仲間か……!


『宝具:アニマルホイッスル』


 イラミィがホイッスルを吹くと、路地裏から烏や鼠、野良犬猫が彼女に従い出し、なしおやじと共に襲いかかる。

 避けようとするも……体が一瞬止まる。


『宝具:メトロノームタンバリン⭐︎ ボクちんのリズム通りに動かないと自由はないぜ⭐︎ マイマイボーイ⭐︎』


『1・2・3・アン、ドゥー!』と奇妙なリズムのせいで動きが制限される。


『ヤバッ、ウチら助けた方がいいんじゃない⁉︎』

『でも〜今のわたしたちじゃ無理だよ〜』

『それもそか。よし、あの人のことは諦めよう』


 あの配信者は何をしに来たんだ⁉︎

 くそっ、野次馬が多すぎる……騒ぎが大きくなるにつれて、逃げ出すどころかどんどん寄ってくる。


 ……もう、全てを隠し通すことは諦めた方がいい。

 それよりも、いずれ吾妻の前に立ち塞がるこいつらを、裏方として彼女の目に触れる前に処理しておく。

 それが……バディとして最後の仕事だ。


 不規則なリズムになぞってなしおやじの頭を掴み、まずは鼻に付く天使に投げ付けた。


『あっ……! パワフルボーイにエボルーション‼︎』


(ふふっ、もっとマイマイのために頑張ってください。マイマイを想い、マイマイのことだけ考えて……‼︎)


 カッコ付けてばかりのミッチーには簡単に当たった。それで倒せるとは思ってないが、厄介なリズムは止まる。

 次は不敵に笑うあの女天使を──


『上ばかり見てると、目の前の男に足元掬われますよ!』


 向井が放つ矢印の矢を、多くの動物や魔物がいるせいで視界に捉えられず……ぐっ⁉︎ 足先を貫通した……‼︎ 

 向井と俺の間にいた者は全て足を掬われて地面に倒れる。

 その隙に大量のなしおやじが乗しかかるところを──別の遠い場所から見ていた。


「──おい、何やってんだ」

「っ⁉︎ ……あなたは探求省の」


 迷宮探索管理官の一人、仲田圭介。

 乱暴に掴まれているが、一応助けてもらったみたいだ。

 彼とはあまり会話したことないが、何か違和感が……。あ。


「いつもくっついている妹さんは──」

「莉奈の話をするんじゃねぇ! 莉奈はよぉ……『お兄ちゃんの上もう飽きちゃった』つって、降りてどっか行っちまったんだよぉ! くそぉ‼︎」


 二十年以上もお互いに愛し合っていたはずの兄妹が何かの拍子に現在崩壊中らしい。……人間関係とは恐ろしいものだ。


「ちっ、悲しむ時間も与えてくれねぇのかよ。来るぞ」


 やはりなしおやじは確実に俺に狙いを定めている。

 襲い来る梨の波──で湯切りする男がさらに現れる。


「フルーツラーメンも悪くない」

「盛影さん!」


 ラーメン系ストリーマー盛影流。かつてヌマヅダンジョンで冒険を共にした男だ。

 宝具の結斬り去流でなしおやじを一部出汁にする。


『そんな残酷なのはナシだぜ……』


 なしおやじが狼狽えてる中、命令されて突っ込む烏たちも次々と出汁にしていく。


『ちょっとぉ⁉︎ 大切などうぶつさんたちを傷付けるの⁉︎ 動物愛護法で訴えますよ⁉︎』

『ならば攻撃させるな。俺の前では全てが食材だ』


 イラミィにもっともな言葉で返す盛影。

 だが、宝具の能力は確かに怖すぎる。



『……女の子、戦いにくい』

『ぐっ……。あれ仲田さんどうしてここに⁉︎』

『二度も言わせるなよ?』


 永田と猛李王さんまで周囲に集まる。


『大所帯になってしまいましたね。でも東亮さん。あなたとは直接決着を付けたい。マイマイを巡る戦いは、この聖夜大戦で勝負を付けましょう!』

『まだデイタイムだけどね⭐︎』


 あっちは華やかな女子会をしているというのに、俺たちは何をやってるんだろうか。


『おぉ、なんか面白い展開になったくねー?』

『むさ苦しい〜』


 最悪なことにカメラを通して、多くの人間がこの大戦を見届けることになる。

 現在よりもこの先が不安だ。

 ……吾妻のためにも、バディを辞める決意は更に濃厚となった。

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