94.みんなはどこからジェラシー感じる?わたしは……


「──まぁ、別に付き合えと言ってるわけじゃないのよ。舞莉が一番幸せなのはどれかという話。もし、あの子が人類滅亡させるのが一番だと言うのなら喜んで協力するわよ」

「物騒すぎるだろ」

「まぁ、それが一番なわけなくて。……もう言わなくても分かるでしょ。東は他に言われたりしないわけ?」

「周りから囃し立てられることはある。オーデュイが来る前までは男女二人組だったからな」

「オーデュイって子、女の子よね。よかった男じゃなくて」


 子というより、現在はスライム♀だが。



「二人で何話してるのー? もうすぐ昼休み終わるよ!」


 廊下端で金子と話してると、吾妻が背後から話しかけてきた。


「ま、舞莉⁉︎ べ、別に世間話よ……」


「ふーん、そっか」と、吾妻は唇を尖らせる。

 少し不満そうな表情だ。


「舞莉こそみんなと話してたんじゃないの?」

「うん。でもトイレ行きたかったからトイレ行ってた!」


 キッ‼︎ と金子は俺を睨むが、別にいいだろそれは。吾妻が勝手に自白しただけだし、質問したのお前だろ。

 とにかくとして、昼休みはもう終わるので教室に戻る。

 金子は隣のクラス。吾妻と数時間離れるのが辛いのか、最後にギュッと抱きしめてマイマイエキスを堪能してから戻った。お触り禁止にするぞ。


 今週末には冬休みなので、期末テストの終わった多くの科目が調整で自習だったりする中、数学だけはいまだに普通の授業が行われていた。

 昼休み後の5時間目で、ほとんどの生徒にとって難しくてつまらないから寝ている生徒も多い。それでも構わず年老いた教師は朗読を続ける。

 まぁ、実技科目以外は大体寝ている吾妻は今も真後ろで机に突っ伏していることだろう。

 他クラスは大体月一で席替えしているのに対し、俺たちのクラスは担任の方針でそのようなイベントはない。

 ちょっとした不満も出ているらしいが、俺にとっては一年間吾妻の席がすぐ側にあるのはありがたい。


 ……突然、踵を蹴られた。

 寝ぼけて蹴ったのか、少しだけ振り向いてみると目が合った。ほぼうつ伏せ状態だが、目線だけこっちに向けている。起きてたのか。

 彼女もまた気付いたが、上目遣いのまま踵を何度か軽く蹴る。


 ……授業はつまらないし受けたくないが、不思議と眠くはない。つまり暇だから構って欲しいわけか。

 相手にする気はなかったので椅子を引き、しっかりとした姿勢で授業に臨む優等生として吾妻と席を離した。

 と思ったら、堂々と机を近付けてきて、より近くなった。むしろ逃げ場を失った。周りは寝ていて誰も気付かない。


 すると、手が届くようになった背中に文字──多分全部平仮名で書き出した。

 何か伝えたそうなので、ひとまず終わるまで待った。


『ほんとうは ゆうちゃんとふたりきりで なにをはなしてたの?』


 自分がハブられていたことが嫌だったのだろう。

 さっき金子に流されたことを俺に聞いてきた。

 俺はルーズリーフの一枚に嘘を書く。


『本当に他愛無い話だ。しいて言うならば、吾妻の動画について話していた』


 一応目立ちにくいよう窓側から紙を後ろに回す。

 吾妻はそれを読むと、別に紙に書けばいいというのに、わざわざまた背中をなぞる。


『……どんな?』


『吾妻さんをもっと可愛く撮るための、親友からのちょっとしたアドバイスさ』


 紙を返してはくれなさそうなので、今度は正方形の付箋に書いて渡した。


『ならいいけど』


 背中になぞるのはこれで最後だった。

 しかし、足でちょっかいをかけてくるのは授業が終わるまで続けられた。

 基本逆らわなかったが、靴を脱いでは俺のズボンの中に足を突っ込もうとしたので、それだけは止めさせた。


 授業が終われば、俺はすぐに振り返る。

 だが、俺が聞き出すよりも先に吾妻が顔を近付けてこう言った。


「ちょっとジェラっただけー」

「ジェラ……?」

「じゃあ、トイレ行ってくる!」


 だからあんまり大きな声でそういうこと言うなよ。

 ジェラ……ジェラシー。嫉妬したってことだろう。

 吾妻は目立ちたがり屋だ。みんなと仲良くするのはわたしが一番がいいと思う性格。親友相手なら余計にそう思うだろう。

 そう、俺に嫉妬したのだ。金子に嫉妬したわけではない。


 ……はぁ、周囲の戯言がやたら脳内で反芻する。

 吾妻の言動は全て、偶然にも恋愛に繋げることができるだけ。彼女はナチュラル人たらしなんだ。何でもかんでも理由を求めようとするな。

 俺は……そう、お兄ちゃんなんだ。

 動画内ではその設定が通されたまま。父の大悟からもそうやって託されたのだ。


 ──この感情に名前を無理やり付けるならば、家族愛。


 そう、それでいい。何歳いくつになっても子供を心配する親のように。喧嘩ばかりであっても似たもの同士だからこそ時に助け合うこともある兄弟のように。

 俺の言動も全ては〝兄〟として理由付けすることができる。


 俺は、全力でお兄ちゃんを遂行するのみ。



「──わたし、告白はされたい派なんだよね〜」


 六限目も終わって放課後。

 クリスマス生配信の打ち合わせのために、植山の付き人たちが学校の裏門まで迎えに来てくれるまで、教室で少しだけ待っていた。

 彼女を知らない人がいないほど有名になってしまったので、登下校の際、植山の付き人かあるいは探求省の職員が車で送迎してくれることになっている。

 少しすれば、大城から裏門に着いたと連絡が入ったので、そこまで送り届けようとした時、不意に吾妻が口を開いたのだ。


「もうすぐクリスマスじゃん? だからみんなと恋バナとかしててさ〜」

「そうか。その話は100の質問の時にも言っていたな」

「おぉ〜、よく覚えてるね!」

「俺が撮影して編集したからな」

「それでもだよ! だって今までいっぱいやってきたのに。亮くんは何でも覚えてるね〜──そういうところも、わたしは──」


「お待たせ致しました」


 吾妻が何か言おうとしたところで裏門に着き、大城が後部座席から降りてきた。


「……じゃ! 亮くん! また明日ね! ……えい」


 なぜか横腹を軽く殴られた。

 彼女はさっさと車に乗り込んでしまうと、窓ガラス越しに手を振ってくれる。


 ……スーッ……俺は全力でお兄ちゃんを遂行するだけだ……。



   ◇ ◇ ◇



 ファンフェストが行われた日の夜。

 夜遅くに帰宅した吾妻は、スライム姿のオーデュイと一緒にお風呂に入ってから、同じベッドで寝ようとしていた。寝る時のオーデュイはまたスライムからニンゲンの姿へと戻る。


「今日のマイマイはカッコよかったな〜」

「ふふーん。でしょ〜?」


 吾妻はオーデュイの頬をモチモチしながら向かい合わせで添い寝、寝落ちするまでお話をする。アキハバラダンジョン以降はほぼ毎日これがナイトルーティンになっている。


「そういえばオーデュイ。一つ聞きたいことがあるんだけどさ」

「うん!」

「亮くんに告白して、あれからどうなった?」

「うん⁉︎」


 吾妻は笑っているが少し怖い。

 オーデュイは思案した。


(亮くんとマイマイをくっつけるためについた嘘だけど、正直に言えないよね。普通に振られたってことにする? いやぁ、でもそしたらマイマイが気遣っちゃうかも。あ、じゃあ亮くんは他に好きな人がいるって言ってたっていえば、マイマイかもと期待……はしないか。普通、自分以外かもって考えてマイマイが消極的になっちゃうかもなぁ)


「むー、黙ってる。なんか隠し事してるでしょ」


 思考時間30秒。

 さすがの吾妻にも怪しまれるくらい「むーん……」とオーデュイは無言で悩んでしまっていた。


「うぅ、実は……」


 オーデュイは全て吐いた。

 人様の恋愛にお節介することに吾妻は怒るのか、それとも彼女の性格上、笑って許してくれるのかと思っていたら……虚無顔でこっちを見ていた。


「マイマイ怖い⁉︎ うぅ、ごめんんん〜!」

「……それってつまり、亮くんはわたしのこと好きってこと?」

「え? その、分かんないけど、でも絶対マイマイのことを特別だと思うよ」

「ふーん」


 吾妻はオーデュイに背を向けると、そのままふて寝した。


「うぅ、マイマイごめんんん、こっち向いてよぉぉ!」

「やだ。顔見せたくないもん」

「マイマイ〜……」

「冷たい! オーデュイダメ‼︎」


 オーデュイはそのまま吾妻に後ろから抱きついたが、ヒンヤリボディの彼女は拒絶されてしまった。

 そんな吾妻は顔が真っ赤になるほど体が熱くなっていた。


 気まずい空気が流れそうな二人だったが……寝ればスッキリする吾妻のことなので、結局は忘れてオーデュイと仲良く朝ご飯を食べた。

 ところどころ彼女の寝相でボコボコに凹んだオーデュイだが、毎日のことだし、スライムだから体は痛くなかった。



 

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