89.ロリロリ神降臨⭐︎ドカーン‼︎


 12月中旬の平日。

 千葉県千葉市にある幕張イベントホール──から入れる危険等級D級チバダンジョンには、約50万人を収容可能な会場が存在する。

 この会場の凄いところは、どの席であろうともメインステージが全て目の前で行われているように感じ取れることだ。ダンジョンならではの演出効果だ。


 ……まぁ、今はそんなことはどうでもよくて。


「ふぐぐぅ……ごめんなさぁい……」


 別室で吾妻がメイクと衣装合わせをフェストのスタッフとしている最中、俺は片手でオーデュイの両頬を掴んで握り潰していた。

 スライムだから弾力性がある。ベコリと凹んでいるが、怪我をすることはない。だから容赦はしない。


「オ、オーデュイはにゃにも悪くにゃいのよ? アタシたちがけしかけて……」

「分かっている。お前らもちゃんと反省してもらうからな」

「「はい……」」


 楽屋隅へと追い込むように、植山と野田を土下座させていた。

 この三人に怒っている理由は、無理やりに吾妻と俺を付き合わせようと画策していたことだ。


「やることが子供過ぎる。女子中学生か。今お前ら何歳いくつだよ」

「「21才です」」

「ワ、ワタヒは16だよ……」


 言いはしないが、本来オーデュイは26才だ。

 俺が彼女たちの愚行に気付いたのは、このスライムのお陰だ。

 オーデュイが「マイマイと亮くんを〜♪ くっつけちゃう〜♪」と歌いながら編集していたのを目撃したので、問い詰めたら全部吐いた。

 こいつどこぞのモチモチ好きと同じアホだろ。


「東様。葵お嬢様がご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。こう見えてお嬢様はお転婆な上、稀に予想も付かない言動をすることがございます。こちらで厳重に注意致します」


 植山の付き人たちは揃って深く頭を下げた。

 別に吾妻は何も気付いていないので、迷惑がかかったわけではないが、そのお遊びがどこから漏れて、どんな拡大解釈するか分からない。

 影響力の大きいインフルエンサーとして、そういった事態をもう少し理解して欲しいものだ。


「東さん、絵里奈が迷惑かけてごめんなさい……」


 次に野田のバディである下池も謝罪を──


「でも、土下座はやりすぎだと思います。今の世の中、この動画が拡散すれば」

「二人共もう立ち上がっていいから」


 他の誰にも聞こえないよう、下池が小言で脅してきた。

 耳の良い大城だけは聴こえていたのか、プルプル震えている。

 相変わらず野田のことになると、下池は怖くなる。彼女はバディに対する愛が重い。


 ……まさか俺も同じようなものだと思ってるのか?

 そうではない。ただ俺は……


「悪かったとは思ってるわよ。でも、アンタは自分の気持ち、にゃにも分かってにゃいのね。もっと素直ににゃりにゃさいよ」

「自分のことは自分が一番分かっている。お前たちの思い過ごしだ。……それに俺のことはどうでもいい。大切なのは吾妻さんがどうかだ」


 すると、解放してあげたオーデュイと、野田、植山は三人で顔を見合わせて溜息を吐いた。


「東さん。確かに最後はマイマイさん本人から聞くべきではありますが……少なくとも、東さんとそれ以外とは見えてる世界が大きく違いますよ」


 すると、吾妻に引き続き、野田と植山も衣装合わせするためスタッフによって別室に呼ばれた。


 人間と異端者は見た目が同じなだけで、あとは何もかもが違う──と、今までに何度も説明してきた。

 人間に限りなく近い俺たちは、再び人間になろうと偽る魔物でしかない。

 感情や価値観などはどうしても齟齬がある。元々同じ存在だったはずなのに。


「うぅ、亮くんごめんね……」

「別にもう大丈夫だ。とりあえずリハーサルがある。そっちに集中しよう」

「うん。そういえばずっと思ってたんだけど、今日リハーサルなのに人少ないね。他の出演者の人にも会えてないし……」

「ああ。吾妻さんたちはサプライズゲストだからな。情報が漏れないように、限られた演者やスタッフしか知らない。もし、みんなにバレたら楽しみ減るだろ?」

「あっ、そっか!」


 それだけじゃない。

 今や世界中から注目されるマイマイ。

 アンチやストーカー。影響力あるからこそディーパーや海外の裏組織。そして、今は吾妻を殺すなと指示されているSS級異端者など。彼女を何かに利用できるからこそ、いつの日か襲撃してくる可能性はある。

 人気のNewTuberや多くの一般人も来ている以上、会場は厳重警戒態勢ではあるが、安易に情報は出すべきではない。

 ……正直、今回の期末テストはパスしているが、今後転校や通信制高校に変える必要があるとも考えている。


 そう、これは全て吾妻の身を守るため。

 父、大悟との約束を果たすため。母、那緒子さんを安心させるため。

 俺がやってきたことは使命とも言える。決して、彼女に好意を寄せているからと私情でやってきたわけじゃ──


「東様! お嬢様たちが……!」


 息を切らして走り込んできたメイドの大城。

 もう何か事件が起きてしまったのかと、俺はオーデュイを連れて急ぎ大城の案内に従いついて行く。



「吾妻さ……ん?」


 到着したのは、別に事件性の感じられない、三人の可愛らしい幼児がいるだけの至って普通のメイクルーム。

 ……ん? 幼児?

 どこか見覚えのある子達ばかりなんだが……。


「東様。その……葵お嬢様と絵里奈様。そして、マイマイ様が幼児化いたしました」

「……はい?」


 本番で着る予定だったのだろう衣装に埋もれて、ポカンとしている三人。

 ……いや、どういうことだ⁉︎


「どうやら、これが原因のようです」


 保科が差し出したのは、お香型の宝具。

 蓋が開いた状態で床に落ちていたのと幼児化した三人を、トイレで席を外していた担当メイクさんが発見した。

 この宝具はどうやら本番で罰ゲームとして使う予定だったものらしい。

 まだ準備中だから、この宝具が入っていた段ボールごと一旦ここに置いてあったらしい。管理が杜撰過ぎるだろ。

 まぁ、今日は限られたスタッフしかいない。そこまで手が回らなかったのだろう。メイクさんも吾妻たち三人を一人にお願いしているわけだし。

 それよりも、置いてあった宝具に勝手に触る吾妻が悪い。どうせ、犯人はこいつだ。



「お嬢様方! こちらの衣装をお借りすることができました!」


 大城と中島が探して持ってきてくれた幼児サイズの衣装。幼稚園や保育園とかで着るスモックだ。

 それを、下池とオーデュイの女性陣が三人に着せてあげる。

 これらもその時の罰ゲーム用衣装として用意されていたものだ。


「葵お嬢様。見えておりませんが、とてもお似合いですよ」

「…ダァレ? ウェェン‼︎ シラナイ-! コワイ-‼︎」


 植山は大城たちを見て、突然号泣し始めた。

 オロオロとする付き人たち。

 どうやら見た目だけじゃなく、知能までもが3歳児レベルに戻ってしまったようだ。


「私達は葵お嬢様が6歳の時から仕えております。もしかすると、記憶も逆行してしまったかもしれないですね……」

「絵里奈は私のことを覚えてない⁉︎」

「ハ? ナンデナマエシッテンノヨ。トニカク、キヤスクヨバナイデクレル⁉︎」

「うぅ、絵里奈……カワイイー‼︎」

「ナンデヨ⁉︎」


 絵里奈に抱き付く下池。

 まぁ、そうなると思っていたが、体格差ありすぎて野田が埋もれている。

 二人ともみんなと出会う前だから、知らないことになってるな。つまり吾妻も……ん?

 彼女は急に俺の足に抱きついてきた。

 そして、こっちを見上げる。


「ンー。ナンカスキ~」








「──東様。お気を確かに」

「……っ⁉︎ 俺は何を……」

「吾妻様の可愛さに、立ったまま気絶されておりました」

「そ、そうか……恐ろしい宝具だ」

「ええ、全くです」


 3歳児になってしまう宝具──これが使用されれば、戦闘不可能となり無条件に降伏せざるを得ない。

 ……俺たちの方じゃないぞ。子供にされたら戦えないだろ。


 さっきまで足元にいた吾妻は、俺が気を失っている間に野田と植山と合流し、何やらこそこそと話している。

 そして、段取りが決まったのか、急に名乗り始めた。


「ワタシハ、チビマイリ!」

「アタシハ、チビエリナ」

「ワタシハ…チビアオイ…グスッ」

「オトナノヒトタチ! コドモダカラッテナメテタラ、イタイヨ‼︎」


 3歳以降の記憶は三人とも持ち合わせていないから、俺たちを誘拐犯か何かと間違えているのだろう。


「ワタシタチサイキョウダヨ! マケナイゾ-‼︎」


 今までで戦った魔物や異端者よりも遥かに強い。一番の難敵が現れてしまった。

 とりあえず早く戻す方法を探さないと……彼女たち相手に、どうしたらいいのか見当もつかなかった。

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