87.【マイマイSP】ファンフェスト参戦決定‼︎


「ふぅ……ちょっと心が落ち着いてきたよ」


 平日の夜。リフォームされた吾妻家にて。

 オーデュイは那緒子さんに入れてもらった紅茶を飲み、一息ついていた。

 アキハバラダンジョンでの事件が終わって一週間後に、保護(軟禁)されていた異端者たちは解放された。

 那緒子さん含め吾妻家は久々に家に帰宅することができたのだが、その際、オーデュイも一緒に移り住むことになり、そのまま吾妻家に居候することとなった。


「オーデュイちゃん、マドレーヌもあるけどそっちも食べる?」

「たべる!」

「舞ちゃんはダメ」

「ガーン‼︎」


 那緒子さんは娘がもう一人増えたみたいだと、とても喜んで受け入れてくれた。


「亮くんも食べる?」

「それでは、お言葉に甘えて」


 ちなみにだが、今は俺もお邪魔している。

 明日も学校があるし、オーデュイも大丈夫そうなので、一つ彼女にことを伝えられたら、そろそろお暇する予定だ。


「ねぇ、おかあさーん? わたしも……」

「舞ちゃん、マドレーヌの数が合わないんだけど?」

「うぎゅっ……うぅ」


 以前、中原の襲撃に遭い、一階は全て流れてしまったが、探求省の補給でより多くの食べ物が支給された。

 何がどこにあるか全て把握している那緒子さん曰く、7割のマドレーヌが娘によって消費されているらしい。


 晩御飯も食べたばかりだと言うのに、腹を空かせた吾妻にマドレーヌを分けてあげて、気分を良くさせる。

 少し話を聞いてもらいたいからな。


「吾妻さん、来週──」

「あー! そうだオーデュイ! ボドゲしよー! うちに色々あるよー! ほら、この〝ドクロ〟ってゲームは心理戦ですごく面白いんだよー!」


 明らかに話を逸らして無視する吾妻。

 ほらな……彼女の考えていることは手に取るように分かる。

 来週一週間は期末テストだ。

 先週末はフィリピンのセブに弾丸旅行したが、飛行機内など隙あれば勉強させていた。

 しっかりセブダンジョンのビーチでは遊んだのだから、切り替えはちゃんとしてもらいたいところ。


「マイマイごめん。まだボドゲはできないよ……」

「あ、そっか……。ごめんねオーデュイ……! またできる時に──」

「今はちゃんと勉強しよーよ。マイマイ」

「裏切り者ー‼︎」


 既にオーデュイには手を回している。

 やり返しにと吾妻は、オーデュイの頬をにょいーんと引っ張る。スライムなので無制限に伸びていく。


「オーデュイだって高校生なんだから勉強しないとだよ!」

「いや、ワタシとっくに死んでるから勉強いらないよー」

「ちょっとー⁉︎ ずるいぞ⁉︎」

「わうわうわうわうぅ〜」


 また吾妻はこれ見よがしにオーデュイをモチモチする。

 犬や猫にわしゃわしゃしてるみたいだ。


 オーデュイは別に開き直ったわけじゃない。

 ただ、彼女本来の性格もあって、前向きに今を生きようとしているのだ。

 あと普通にイタズラ心が強い。


「吾妻さん、とりあえず諦めて聞いてくれ」

「うぅ、どうせ勉強しろって言うんでしょ……」

「ああ。勉強はちゃんとしてもらう」


「ほらぁ……」と、頬を膨らませる。

 だが、彼女にとっては朗報も朗報だ。


「ただテストは受けなくていいみたいだ」

「ん? どゆこと?」

「これだよ」


 俺は吾妻に白い封筒に入った招待状を手渡した。

 赤いシーリングスタンプで封されたものを開けると、一枚のポストカードが入っていた。


「えっと……『おが、とぐち?』」

「『拝啓』な」

「そそ! 読めてたよ〜。んっん……! 『拝啓、マイマイチャンネルのマイマイ殿。このど……』」

「それで、このたびと読む。いいからこの行を見てみろ」

「えーと。マイマイ殿をNewTube Fanfestファンフェストに招待いたします……って、あのファンフェス⁉︎」


 ──NewTube Fanfestファンフェスト

 毎年12月に開催されるNewTuberたちの祭典。

 通称NTFF。

 その年にNewTubeで話題になったNewTuberやアーティスト、ダンジョンストリーマーが集まり、トレンドの振り返りやライブパフォーマンスが行われる。

 ステージには毎度おなじみの四皇が勢揃いし、新進気鋭の若手などが入り乱れて、お祭り騒ぎとなる。

 そこに吾妻舞莉が招待されたのだ。


「え! えっ⁉︎ わ、わたしも出れるんだー! 信じられないよ‼︎」

「まぁ、一年足らずでチャンネル登録者数1000万人超え。人気だけじゃなく、東京を救った探索者としての実力もある……招待されない方がおかしいだろ」


 むしろ今年一番のビッグゲストだ。

 盛り上がることは間違いなしだと、運営からおだてられた。


「そっか〜そうだよね〜……ん? じゃあ、テスト勉強してきたのって意味ないんじゃ……」

「と言って勉強しないと思ってたから直前まで黙ってた。この話が来たのは一ヶ月も前だ」

「東くんひどーい!」


 彼女はプンプン怒るが、「まぁいっか。悠ちゃんにさっそく教えちゃおー!」と、気を取り直して金子に連絡を取ろうとする吾妻を、俺は引き止めた。


「吾妻さん含めて、えりにゃんやアオイ嬢、それとユキカナチャンネルが出演するのはシークレットなんだ」

「ほぉほぉ……つまり?」

「サプライズってわけだ」

「サプライズ! 楽しいねそれ!」


 四皇を差し置いて、マイマイグループがNTFFのメインとなるのだ。

 こんなに早く成長しきるなんて、春には思いもしなかったな。


「舞ちゃんすごいじゃん。いっぱい頑張った結果だね」

「さすがマイマイだよ!」

「えへへ〜、それほどでもあるかな〜」


 母とオーデュイに褒められて、吾妻は調子に乗っている。

 大きなスキャンダルもなく、しつこいアンチやネットストーカーも今は全然いない(裏で実力行使することもあるが)。

 そして何より命大事にここまで活動することができた。……瀕死になりかけたこともあったけれども、健康に生きてさえいてくれたらそれでいい。

 それは全て、吾妻舞莉の努力と才能──


「でもでも! わたし一人じゃここまで来れなかったよ! ねー東くん!」

「え?」

「もう、勘が悪いなぁ〜。わたしが東くんをスカウトして〜、それでいっぱい手伝ってくれたからわたしは売れたんだよ〜。もっと自分を褒めていいんだよ!」


 吾妻は俺の手を取って、ギュッと握りしめた。

 間近で笑いかける吾妻に、思わず目を逸らしてしまう。


「え〜、どこ見てるのー?」

「……いや、別に」


 明らかに揶揄う吾妻。

 こいつ……自分が可愛いってことを分かってやってるのか。それとも分からないでやってる天然バカなのか。

 コアクマイリでもアリノママイリでも構わないが、吾妻の母親の手前、やめて欲しい……って、那緒子さんは心が読めるんだった。

 ずっと、ニヤニヤしている……くっ。

 オーデュイは口を半開きにして、ほげーっとしているから大丈夫そうだが──


「マイマイと亮くんって付き合ってるのー?」


 全然そんなことなかった。

 地雷を素手で投げてきた。


「……え? どぅえぇ⁉︎ ち、違うよぉ⁉︎ も、もう〜オーデュイったら〜、変なこと言っちゃダメだよー、もぉ〜」


 吾妻も同じく明後日の方向を見ていく。


「そっかー、違うかー。……なら良かったー」

「良かったって……何が?」

「ん? 亮くんは付き合ってる人って他にいないよね?」


 オーデュイの質問の意図がよく分からないが、恋人などいるわけないので、当然首を横に振る。


「おぉ! じゃあさ……亮くん、ワタシと付き合ってよ‼︎」

「おぉ、オーデュイ、東くんのこと、すき──って、えぇぇぇぇえええぇぇぇ⁉︎」


 吾妻が叫ぶ。

 俺も彼女が何を言っているのか、瞬時に分からなかった。いや、言葉の意味は分かるが、意図も理由も理解ができない。

 さっきよりもニヤニヤしている那緒子さんは、紅茶のためのお湯を沸かし始めた。


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