86.みんなでできる♪手遊びメドレー♫


「ふふーん♪ まだかな〜」

「……誰だ」

「お、来た」


 下谷が忘れ物を取って戻ってきたところ、両手を赤く染めた、エプロンを付けた女が車の側に立っていた。

 彩鮮やかなパステルカラーのタータンチェックのエプロンには、二頭身の子グマのワッペンとリンゴの形をしたフェルト名札に〝リオ〟と書かれたものが装飾されている。

 幼稚園や保育園にいるような先生が場違いな地下駐車場にいる。


 だが、後ろに目をやると、赤い液体が窓ガラスに飛び散っている。


「貴様、繁長君に何をした」

「前哨戦かな? 私が勝ちました♪ 次はあんただね。はい、じゃーんけーん──」


 間髪入れず、下谷は女に殴りかかる。


「パー。私の勝ちだ」


 大柄な男のパンチを、女は片手一つで止める。慕ってくれていた彼女の血液が拳に付着する。

 すると、彼女の背後から現れるように巨大な紙が現れて、あっという間に下谷を包んでしまった。


「パーはグーに勝てるんだよ。紙が石を包んじゃうからね」


 だが、一点集中した部分が外に向けて何度も膨れ上がり、いずれは下谷が拳で貫いて、彼は出てくることができた。


「あ、力ずくでルールを破っちゃうタイプ?」

「異端者だな。それもSS級か」

「はなまる正解! 私はアカシダンジョン異端者、曰西リオ。今の名前、気に入ってるんだ」

「貴様の目的は何だ」

「目的かー。あんたの暗殺? でも、それは無理そ〜。普通に殺すね」


 曰西はエプロンのしわを両手で払うように広げると、目元でダブルピースした。彼女の目はずっと笑っていない。


「宝具:エプロンプレイ。せんせーと一緒に手遊びしましょっか♪ グーチョキパーでグーチョキパーで、なにつくろー? なにつくろー?」


 SS級等級の異端者をそのまま放置するわけがなく、下谷は猛攻を加える。

 だが、避け続ける彼女の手遊びは止まらない。


「右手がパーで、左手がグーで。ターコさーん♪ ターコさーん♪」


 右手を足に、左手を頭に仕立てて、タコを手だけで表現した。

 すると、園児がクレヨンの赤で雑に塗り潰した色をした巨大なタコが下谷の背後に現れては、彼を絡みとってしまった。


「つーかまえた。足が5本しかないのは、ここだけの話だよー」


 だが、曰西が次を仕掛ける前に下谷は力ずくで触手をこじ開け脱出。

 さらには一撃で巨大タコを拳で粉砕した。


「え、マジ?」

「大マジだ。容赦をくれてやる暇はないぞ」


 再び殴りかかる下谷をまた片手で封じる。


「だから私にはあんたの効かなっぐっ⁉︎」


 しかし、自分が捕まって接近できたことをいいことに、下谷は曰西の背後に回り込み、太い腕で彼女の首を絞める。


「ぐっ、がっ……」

「そして、楽に死なせる手段も選ばん」

「ご、ごいづ……──大したことないなー、元S級探索者ってのも」

「ぐっ⁉︎」


 ──いつの間にか立場が逆転していた。

 曰西の細い腕が、下谷の首を絞めていたのだ。

 彼女は童話を読み聞かせてあげるように、耳元で優しく声をかけてあげる。


「私の能力はね、精神干渉。人間にトラウマを見せたり、再現したり、こうして妄想を夢見せてあげたの。素晴らしいで……は? ぎゅっ⁉︎」


 ──だが、今また絞められているのは曰西だった。


(なんで私が首を絞められて……⁉︎ 意識を落としかけた私が見た夢だったの⁉︎ 効いていないっ……いや、かかってはいる⁉︎)


 あまりの素早さで、曰西が気付く前に下谷は、泡を吐きながらも無意識に裸絞めを成功していたのだ。

 このままでは先に息絶えるのは自分だと感じた曰西は一度精神干渉を解き、一瞬生まれた隙間をついて、脱出する。


「ケホッ……大したものだわ」

「ガハッ……姑息な能力だ。だが俺には効かんぞ」


 下谷の凄いところは、現在武具も宝具も何も用いていないということだ。

 会談にそのような物を持ち込んでは相手の信頼を得られないからと、普段から持ち歩いていない。

 なくとも彼は、十二分に強すぎる。



「じゃあ、これはどう? バンッバンッ」


 曰西が片手ずつ銃を撃つ手振りをすると、実際に発射されたように後ろの壁に穴を開け、車のガラスは割れる。

 ただそれを避けて何度も何度も突攻してくる。


「しつこっ……よーし、じゃあすっごいの作ろ〜! グーチョキパーでグーチョキパーで、なにつくろー♪ なにつくろー♪ 右手がパーで、左手もパーで、はーなーびー、はーなーびー」


 地下駐車場に置かれている車は全て爆発した。

 車の部品が四散し、破片や火炎が下谷に襲いかかる。

 ついでにこのビルにある電子機器も破壊された。


「あ、すごすぎた。あちゃー」


 電灯は火花を散らし、燃え上がる車が篝火へと代わった。

 非常電源により、スプリンクラーは作動するものの、黒煙が天井に広がり、数分も持たずして窒息死することだろう。

 ただ、身体中から出血をしようとも、火傷を負ようとも下谷はなお立ち上がる。


「はぁはぁ……ゲホッ、はぁ……」

「異端者並みのタフさ……でも、我慢はよくないよ〜。次に見せるのは──」


「──宝具:あべこべ」


 女性の声が聞こえた曰西は振り返ると、殺したはずの女が顔面に蹴りを入れてきた。


「繁長君! 無事だったか‼︎」


 しかし、彼女は返事しない。


「いったぁ〜。ふっしぎ〜、確実に殺したのになんでかな?」

「……宝具:あべこべ。三つの事象を真逆にする私の宝具です。どうやら爆発によって偶然にも起動したようですね」


 宝具:あべこべは砂時計型の宝具だ。

 ひっくり返すことで砂が落ち切る3分間のみ発動する。爆発によって車内から飛び出した宝具がひっくり返って落ちてくれたのだ。


「逆転するのは三つ。一つ目は使用者が一番望むこと。死ぬ間際に願ったことで、私は死をひっくり返しました。二つ目は完全ランダム。今回は身体能力が反転致しました。最期の最期に私は運が良い」


 普段はスキップもできないほど運動音痴な繁長。

 だが、宝具の効果で異端者とも張れる戦闘能力を手に入れた。


「すごいすごーい。じゃあもう一回遊べるんだね」


 曰西は時間制限があることや、宝具がどこに落ちたかは知り得ない。

 タイムリミットを迎える前に、彼女を倒すか、この場からどちらかが逃げるかしなければ下谷は助からない。

 間髪入れず繁長は曰西に迫ると、次々と攻撃の手を加える。

 彼女は全てを捌き切るが、反撃を足す余裕はない。



「──私を忘れるなよ、アカシダンジョンの異端者よ」


 回り込んだ下谷は強烈な一撃を後頭部に食らわせる。

 さらに、怯んだ彼女を繁長は回し蹴りで顔に入れた。


「……っ⁉︎ ……あーあ、顔はダメでしょ。メイク崩れるんだけどぉ⁉︎ ぐっ⁉︎」

「言っただろ。容赦は与えんぞ」


 下谷と繁長はお互い声をかけずとも、完璧な連携で曰西を圧倒する。


「いったた……よーし! こうなったら最後の手遊びを披露しましょー」


 させまいと二人は動くも、繁長は膝から崩れ落ちてしまい、下谷は気を取られてしまった。

 身体能力が上がったとはいえ、体は普通の人間のまま。反動による蓄積ダメージが彼女に課された。

 その間に曰西の手遊びが始まれば、もう誰も止められなくなる。


「にんげん♪ にんげん♪ にんげんのほっぺ♫ ライト♪ ライト♪ ライトのおめめ♫ ほのお♪ ほのお♪ ほのおのお鼻♫ おくちはビ〜ル♪ チュッ!」


 曰西がまた手遊びをすると……真上に建つビルをストローとして地下駐車場がかき混ぜられていく。


「繁長君こっちだ!」


 下谷はすぐさま繁長の手を引く。


「ぐるぐるぐるぐるぐるぐるまぜて♪ ぐるぐるぐるぐるぐるぐるまぜて♫ ぐるぐるぐるぐるぐるぐるまぜて♬ ミックスジュース⭐︎ どうぞ!」


 全てを巻き込み、崩壊のミックスジュースが完成した頃には、辺り一帯は瓦礫の山と化した。

 曰西と戦闘し始めた時に下谷は即座に避難するよう通知したが、逃げ遅れた者も多く、多数の犠牲者を出してしまった。


「ふ〜楽しかった〜。じゃ、生きてたらまた会いましょ! みなさんさよーなら♪」


 瓦礫に向かって別れを告げて、曰西はスキップでこの場を立ち去った。


   **



「……くっ、繁長くん! 無事か⁉︎」


 暫くして、最後の力を振り絞り瓦礫の山から抜け出した下谷。彼は繁長を守り抜いた。

 だが、この行為は意味を為さなかった。


「もう、私は……ボスも、宝具の効果知っているでしょう」

「……ああ」


 宝具の砂時計は粉々に割れていた。

 時間は、もう残されていない。

 みるみる本来の死の姿に戻ろうと、血は流れていき、爆発にもその後巻き込まれているためか、身体は徐々に黒焦げていく。


「……最期に、一つだけ……」

「ああ、なんだ」

「……私は、ボスが……嫌いです。大嫌いです。だから、そんな私は……忘れてください」

「あぁ。……しかと受け止めよう。君のことをいつまでも覚えていよう」


 宝具:あべこべの三つ目の反転対象は、使用者が一番望まないことを反転する。

 だから繁長楓はこの宝具を使用することが嫌いだった。

 彼女の場合、伝えたいある人への言葉が──


「……最悪ですね」


 彼に抱きかかえられたまま、笑顔で涙を流した彼女の腕は、そっと落ちた。


 


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