アカシダンジョン
84.【超絶ハッピー】バースデーパーティーをするならどんなの?
「──ハッピバ〜スデートゥーユ〜。おめでとう!」
クラッカーがパンッと鳴った。
今日はどこかの家で誕生日パーティーが行われていた。
「もう8歳か〜。お姉ちゃんいつか年齢追い越されちゃうな〜」
蝋燭が年齢分立てられたホールケーキを彼女は取り分けながら、そんなことを話した。
「そういえば聞いてよー? 幼稚園でさ、工作をしたのね? ──って、お父さん。私が園児の方じゃないから、先生だからね? 冗談はよしこさんだよ、もう〜。……あ、でね? 頑張って作り上げた工作がね、破壊されてたのよ。酷いと思わなーい?」
彼女は文句を垂れながら、分けたケーキを一口食べた。
「ん! 甘っ! 美味しい〜」
そのケーキの甘さに、怒りは一旦どこかへと置かれた。
「このケーキ、お母さんがオススメしたケーキ屋にしたんだ〜。ほら、近くの小さなケーキ屋さん! ……そうそう、おじいちゃんとお孫さんが切り盛りしてるとこだよ〜。安くて、こんなに美味しいなんて、いいとこ知れた〜ありがとうお母さん。早く食べないと、ケーキ横取りしちゃうぞ〜」
すると暗闇の中、バタンと倒れる音がした。
「あーあ、ちゃんと食べないからケーキ倒れちゃったでしょー? もう8歳なんだからさ、ちゃんと座りなさい」
弟をもう一度座らせると、「あ、ついでに」と、冷蔵庫を漁っては缶ビールと、食器棚を探してはグラスを持って来た。
「ほい、お父さん。ビール。ずっと禁酒してたでしょー。今日は飲んでいいよ。あぁ、いいのいいのお母さん。今日くらいお父さんを労ってあげよーよ。──プレゼント、結構遠いところまで買ってきたみたいよ。……あんたは、ビールはダーメ。12年早いわよ。もう、さっきオレンジジュースあったから、それ取ってくるから」
再び彼女は立ち上がり、冷蔵庫から半分空いた2Lペットボトルのオレンジジュースを取ってきて机に置いた。
「も〜、あ、でね? さっきの話の続きなんだけど、結局誰が破壊したのーって、探したのよ。監視カメラなんてないからさ。……設置してないのが悪いって。お父さん、工作置いてたのはカスカベダンジョンだよ? ダンジョンにどうやって監視カメラ付けるんですか。もう酔っちゃったのー? 泡吹いちゃって〜、はいはい、まだまだ飲んでくださーい」
彼女は溢れるほどにまで、追加でビールをグラスに注いであげる。
「おっきな兵隊さんで大作だったけどなー。大きいけど頑張って天井裏に隠したのに。さすがに怒ったから私頑張って犯人探したの。そしたら何と! 今話題のダンジョンストリーマーだったのよ! ……え、当たり前って? あぁ、ダンジョンに隠してたらそりゃ破壊されると。あはははは〜……。……確かにね! じゃあ、仕方ないかー」
嫌なことやストレスも、愛する家族がいれば何でも笑い飛ばせる。
やっぱり家族は素晴らしい。
「じゃあそろそろメインイベントとしますか! ちょっと待っててよー」
彼女は部屋を出て行き、二階に行く。
ただ、どこに置いたか知らないのか「おとーさん⁉︎ どこに隠したのー⁉︎」と、上から聞くことになる。
しばらくして、「あったあった、これでいいや」と彼女はドタドタと急いで一階に降りて来た。
「はい、これ! プレゼント‼︎」
弟に渡したのは剥き出しの、ちょっと土の汚れが付いたサッカーボールだった。
「あんたサッカー好きでしょ? だから、サッカーボール。しかもこれお父さんが……えーっと、ヨーロッパにまで行って買って来たのよ。ね? お父さん。……うん、ほらね? プロ目指すならプロのボールをね! ほい」
彼女はボールを弟にまで転がすように蹴った。
……しかし、弟はボールを拾い上げない。
「ん? どうしたー? 嬉しくないの? あー、もう足が使えないからサッカーできないってことかー。ふーん……いいから喜べよ‼︎ お前は私の弟だろ⁉︎ 素直に喜べよ‼︎」
彼女は弟だった者の頭を掴み、何度も何度もケーキに叩きつける。
机に飛び散る赤と白。
それをめでたく思ったのか彼女は落ち着いて、再び笑顔になった。
「さ、せっかくの誕生日パーティーだし、続きを──」
スマホに着信が入った。
誰も返事をしないのに、「あ、ごめん。ちょっと抜けるね」と彼女はスマホを持って廊下に出た。
「はい、
『──今はその名前ですか。リオ。是非ともこちらに来ていただきたい』
「こっちはせっかく盛り上がってきたところですよ?」
『今すぐにだ』
「はぁ──分かりました」
表情の色を失くした彼女、曰西リオはリビングに戻った。
「今までありがとう。家族ごっこ、とても楽しかったよ! ありがとう、本当にありがとう! バイバーイ! ……さ、分別するかー。全部燃えるよね」
彼女はドロドロに溶けたケーキに刺さる、火が点いたままの蝋燭を皿ごと投げる。父役と母役と自分ので三枚。
燃えやすい素材でできたソファに燃え移り、みるみる暗い部屋を照らし始めた。
「うしっ、良い感じ。じゃあ、行ってきまーす。じゃなくて、今までお世話になりました。私、家を出ます……!」
◇ ◇ ◇
『続いてのニュースです。昨日午後八時過ぎ。東京都杉並区の住宅街で親子三人が死亡する火災が発生しました。火はおよそ二時間後に消し止められましたが、火元となった家は全焼。焼け跡からはこの家に住む親子三人の遺体が発見されました。警察は火災の原因は蝋燭の火ではないかと推測した上で、引き続き調査が進められる予定です』
以前にもマイマイを取材した、辻本アナウンサーが出演するネットニュース番組を観ながら──その事件の現場となった家の前に立ち尽くしていた。
ここは、探求省越しに頼んで判明した、オーデュイの家族が今住む家……だった。
「オーデュイ……その……うぅ……」
さすがに吾妻も何て声をかけるべきか悩んでいた。
人間の姿になったことで、10年越しに母に逢えると思った矢先、新しい家族ごと火事で亡くなってしまった。
オーデュイに真実を伝える間もなく起きた事故。
……いや、もし伝えるなら今しかない。
酷なことだが、その内容の中に一つだけ希望がある。
「オーデュイ、君は──」
目の前で立ち尽くす彼女に、俺は全てを伝えた。
10年前に亡くなっていること。
死亡したのちにシブヤダンジョンでスライムとして生まれ変わったこと。
そして……これは吾妻も初めて知ることになるが、ダンジョンに現れる魔物や異端者は、一度死亡した人間だということを。
オーデュイは振り返ることなく、ただ黙って聞いていた。
「えっと、つまり東くんや、あとお母さんも。一度は死んじゃった人ってこと……?」
「あぁ、前世のことは何も覚えてないがな。現世にもう一度転生したってことだ」
「天才?」
「生まれ変わったってこと」
「お、おぉ……す、すごい! じゃあ、もしかしたら東くんとわたしは本当は会えなかったかもだけど、ダンジョンがあったから会えたってことだ! お母さんもダンジョンがいたから今ここにいて、わたしがいるってことだね!」
彼女にしては理解が早い。
お陰で受け入れるスピードも、納得の仕方もスムーズだった。
「ただ、魔物もそうだ。俺も途中まで知らなかったが、ずっと俺たちは死んだ人間をもう一度、殺しているんだ」
「あ、そか……も、もう一回生まれ変わったりするのかな……」
「……可能性はある。異端者が必ずしも、前回死亡した当日に生まれるわけじゃない。何度も色んなものを経由した上でなのか、ただのダンジョンでのラグなのかは分からないが……」
「そっか」と吾妻は微笑を浮かべた。
可能ならば話したくなかった。
だが、河遺がセブで放った「マイマイは殺すなと方々から言われている」ことから、何か彼女を利用しようと奴らは考えているのかもしれない。
だからこそ、異端者に関連することは、彼女も知っておくべき方が良いと判断した。
「……吾妻さんは全部知って尚、ダンジョンに行くのか」
「……うん。そりゃームズカシイこといっぱいだけど、でもわたしは冒険するの大好きだし、何より今見てくれてる人を楽しませたいからさ! だからわたしはその理由だけで十分頑張れるよ!」
ニパァーと彼女は笑ってくれた。
「……オーデュイはどうかな?」
「ワタシは……マイマイと同じ。ワタシも一緒に行く。だって、お母さんとまた会えるかもしれないし。どんな感じかは分かんないけどさ……だから行く。……でも、でも今は……もう少しだけ、ワタシが笑顔になれるまで待ってて……うぅっ……」
大粒の涙を流すオーデュイのことを、吾妻はそっと後ろから抱き寄せた。
決して癒えない傷を抱え込む。忘れることももうできない。
──それでも、また笑えるように。
二人で彼女の側にいてあげよう。
今できることは、ただそれだけだった。
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