83.夏休みはまだまだ終わらない!in冬‼︎
「──結衣。勉強は? 今のうちからしないといい大学行けないよ」
「……分かってるって」
あの日──母と別れた日。
それは、どこの家庭にもあるような些細な言い合いからだった。
「結衣はあの人みたいに失敗しちゃダメよ。しっかり勉強して、いい大学入って、大手の会社に入って。それからいい人と結婚するのよ。私みたいに苦労して欲しくないから……」
あの日は少ししつこかった。
母が仕事から帰ってきて、またすぐ別の仕事に行く間、ずっと小言を言われていた。
彼女本人も母の苦労は分かったつもりでいた。
「……もううるさいって! お母さんは、ワタシの存在が邪魔なんでしょ! 本当はもっと遊びたいくせに‼︎」
苛立ってしまった彼女は、つい思ってもないことを口にした。
言ってすぐ後悔したが、その場にいるのが耐えきれず走って家を出て行った。
「結衣っ⁉︎」
自分のことは自分で決める。母親であっても言われる筋合いはない。
だが、肝心の自分はふにゃふにゃと何となく生きてきた。
自分を押し殺して、娘のためにと一人で育ててくれた母に言い返す筋合いこそなかった。
「お母さんに悪いこと言っちゃったな……。帰って来たら……ううん、今から謝りに行こう。えっと、確か次の仕事は渋谷だったよね」
渋谷には、学校帰りに制服姿のままの高校生たちがたくさんいた。
放課後に友達とお出かけ。
自分も友達がいないわけではないが、お金がないから遊びに行けなかった。
今は自分も制服を着たままだから、一人でいるところを見られるのが年頃に恥ずかしかった。
だから、裏道で母の仕事先に向かおうとした。
「──どうしたの。悲しい顔して。もし、悩みがあるなら私に話してみて。きっと、楽になるから」
「……誰?」
◇ ◇ ◇
「えぇー⁉︎ オーデュイ剣になってるー! カッコいい!」
「でしょー! すごい⁉︎」
「すごーい! 東くん! わたしがオーデュイソード使いたい!」
半ば無理やりオーデュイを取られた。
氷の世界の中、水着姿でSS級異端者を相手にするとは……いや、もう彼女は俺にも止められなくなってしまった。
「もしかしてマイマイ? 困ったな、マイマイは殺すなと方々から言われてるんだよね」
「行くよオーデュイ!」
「うん‼︎」
一歩目は少し滑ったものの、吾妻は駆け出して、剣を横から一振りする。
河遺は氷壁を何重にも作って防御しようとするが──無駄だ。
「〈オーデュイカット〉‼︎」
吾妻が振るった剣筋は、立ちはだかるもの全てを破壊し、横一直線に河遺を叩き斬った。
彼は上下真っ二つに割れて、下半身は立ったまま、上半身は地面に落ちた。
「あ。やりすぎたぁ⁉︎ だいじょぶ⁉︎」
「大丈夫だ。異端者はそれくらいで死なない」
「なるほど! 異端者だったのかー! オーデュイは痛くなかったー?」
「うん! 全然平気っ!」
オーデュイの硬度はSS級異端者すらを凌駕したのか。
もしくは吾妻の力によるものか……どちらにせよ、彼女たちは無事だ。
「……さすがマイマイといったところか。既に自分はもう敵わないか」
やはり無事だった河遺は断面から氷を生やして上下を繋げ、起き上がってきた。
「むむ、まだやる気だな〜?」
「いいえ。観光はほぼ終わりましたから。もっともここはまだ〝未完成〟だ。歴史が刻まれてからまた来よう。宝具:どこでもドアノブ」
「ヒミツ道具ぅ〜⁉︎」
河遺が取り出したのは見た目はただのドアノブ。
彼が氷壁を出してそこに取り付けると、瞬時にそれは扉となった。セブダンジョンにもそれで入って来たのか。
「では、またどこかで」
「待てー!」と吾妻が追いかけようとしたが、それを制止する。
どこに行くか分からない以上、深追いは危険だ。
それよりも、この様子だとダンジョン中に大寒波が訪れているかもしれない。
仲間は全員水着姿だ。凍傷になる前に回収したいし……敵であっても彼らは助けてあげよう。
凍ったジェントルを氷壁から慎重に剥がしている時に、のされたマキノを抱えて、野田と松實が上がってきて合流した。
さらに彼女たちと吾妻に探索して貰い、すぐに震え上がって隅に潜んでいた下池と三昌を発見する。
「うぅー! 外も寒いねー!」
何とかして外に帰って来たものの、天空遺跡の天候は吹雪いたまま。
彼が残した能力は永続するようだ……なんて凄まじい強さだ。
くそ、俺の上着を吾妻に貸してあげたいが、実のところ……俺も水着だ。貸すものがない。
どうしようかと悩んでいたところ、上空から飛来したファルコが氷漬けのジェントルと意識は戻ったが動けないマキノを掴んで飛び立った。
「HA‼︎ それじゃあ、ごきげんよぉ〜。今日のところはこれで勘弁してやるわぁん。だから、いつかやり返してやる! ムキー‼︎」
負け犬の遠吠えらしくキャンキャンと鳴いて、寒空の中を羽ばたいていった。
「あー! こっちも逃しちゃったー!」
「もう、あいつらはいい。それより彼女たちだ。このままじゃ全員凍死するぞ」
吾妻はまだ元気そうだが、みんな南極ペンギンのように群がって寒さを凌いでいたが、それも限界だ。
そういえば帰りのことを何も考えていなかった。
「ワタシに任せて!」
「オーデュイ! 何か作戦あるの?」
「作戦というか、今のワタシならできそうな気がするんだ……固くなるの次は柔らかく……」
吾妻に抱きかかえられていた体温でいつの間にか元のスライムに戻ったオーデュイ。
彼女が力を入れると、ぷくーっと膨れ上がり、大きなスライムとなった。
「みんな! ワタシの中に入って!」
とにかく彼女を信じよう。
みんなをオーデュイに入れたのち、俺と吾妻も中に入る。
「ふわぁぁ、オーデュイあったかいよぉ〜」
彼女の温もりが俺たちをそっと包み込む。
「えい」
「「えい?」」
そして、オーデュイは天空遺跡から飛び降りた。
「「「ぎゃぁぁぁああ⁉︎」」」
「「たのしー‼︎」」
歓喜と悲鳴が入り混じるフリーフォールとなった。
◇ ◇ ◇
結局、セブダンジョンで宝具を見つけられず。
それどころか、終始魔物を見かけることもなかった。
河遺は去り際「未完成」と言ったが、その通りなのだろう。
セブダンジョンは罠が少しあるだけの空箱に過ぎなかった。
つまり攻略するものがまだない。
上が厳冬、下が常夏となったこのダンジョンを攻略できるのはもう少し先……と探求省に報告せざるを得ないな。
俺たちがさっきまでいた、氷に包まれた天空神殿は大きな雲と共にまたどこかへと消えてしまった。
そして、オーデュイのお陰で地上に降りてきた俺たちは、海にプカプカと浮かんでいたところを保科たちによって救助された。
「ふぅ、楽しかったね〜」
「……そうだな」
吾妻は霧谷ホタル相手に戦えた時も、今回の件でも強さがインフレしている。
原因はソウシによる力の受け渡しや、両親の遺伝など様々だが、本当にそれだけか……?
まだまだ人気急上昇中のJK配信者はチート級に強くなってしまった。裏方の俺は本当に裏方に徹していいかもしれない。
いや、裏方すら俺でなくても良くなってきた。
「──マイマイ! みんな‼︎」
叫び散らした人はパラソルの下で横になり暖を取って休み、その他がそばで看病していた時、海の方からオーデュイの声が聞こえた。
……いや、オーデュイか?
海辺に立つ白髪のミディアムカットの女性。
水色の瞳を目に宿した彼女は、水色のセーラー服を着ていた。
「もしかして……オーデュイ⁉︎」
「うん! なんか、一回凍っちゃったから固まるコツみたいなの掴んで、ニンゲンになれたー!」
「おぉー! オーデュイおめでとー‼︎」
「なんか白髪になっちゃったけどね〜どわっ⁉︎」
早速、吾妻がオーデュイに抱きつきに行って、そのまま海にダイブした。
「えへへー、ごめん。濡れちゃったねぇ〜」
「大丈夫だよ〜、なんと! 服装も自由自在‼︎」
「すごー‼︎」
次に起き上がった時には、青色のセーラー水着へと早変わりしていた。
「この姿ならお母さんに謝りに行ける……」
彼女の目標は最初からそれだ。
だが、オーデュイはもう10年前に亡くなっており、彼女の母はそれを受け入れて新しい家族を作っている。
その事実を伝えようとすると──
「うん、一緒に行こう! あ、でもその格好はダメだよ? ちゃんと服着なきゃ〜」
「これでは行かないよ⁉︎」
「でもでも〜会いに行くその前に〜」
「その前に?」
「水着に着替えたのならば! まずは海でとことん遊び尽くそー! オーデュイとしたいこといっぱいあるんだから‼︎」
「わぁ……! うん‼︎」
「ワタシもワタシも〜!」と、松實もダイブしてきた。
……今、伝えるのは野暮か。
徐々に動けるようになった者たちから、次々と加わって行き、偽物の太陽が沈むその時まで彼女たちは色んなことをして遊んだ。
──あ、撮影の尺が足りない気が……まぁ、こんな時もあっていいだろう。時にはカメラを気にせず、羽を伸ばしたっていい。
彼女たちのバカンスはまだ終わらない。
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