77.イッツ・イリュ〜ジョン!マイマイマジックだよ!


「皆様。お食事の準備ができました」


 執事の保科の呼び掛けに、あちこちで遊んでいた彼女たちがわらわらと集まってくる。


「ばーべきゅー!」


 今日の昼ご飯は、中島シェフが単身でオウミダンジョンに牛型の魔物を討伐して得た、高級肉風肉のバーベキューだ。

 さっそく吾妻たちが肉に喰らいつくので、俺はオーデュイを抱きかかえて彼女たちの元に向かおうとする。


「人間になりたいってのは、姿形だけでいいのか?」

「うん。なんかね、『転生したらスライムが鳥取県』っていうアニメ見てたらさー、スライムもニンゲンみたいになれるって知ったんだー」


 大人気異世界転生アニメを視聴して、スライムの可能性を知ったオーデュイ。

「だから今は自力で何とかしてみたいんだー」と、こっそり練習していたことを告白する。


「けど、形を保つっていうのが感覚掴めなくて、すぐポニョンってなるんだー……。マイマイのマネージャーならコツとか分かるかなって!」

「コツって……。確かに俺は人間じゃないが、スライムでもないぞ」

「そこをなんとか〜」

「そうだな。一緒に考えてみよう」

「東くーん! オーデュイ! お肉無くなっちゃうよー!」


 両手指の間に串刺し肉を挟み込むようにして6本持った吾妻。

 松實と野田も速いペースで食べるし、確かにこのままじゃ肉が消えるな。


「皆様、まだまだお肉様がございますので、ご安心を。こちらに新潟のお米様で作りました炊き立てご飯様もございますよ」

「んー! お米ー!」

「──あー、ライスいいですねー。僕も一杯をいっぱいお願いします」

「かしこまりました」

「待て。お前誰だ」


 水着美女たちの間にしれっと潜り込んだ男。

 全身を黒で統一したフォーマルな格好に、白い手袋と黒のシルクハット、まるで奇術師のような姿をしていた。

 それに彼は金色の髪に青い眼。

 見るからに欧米人だ。


「おっと、バレましたか」

「当たり前だろ」

「お初にお目にかかります。わたくしアメリカでマジシャンをしております、ジェントル・ライスというものです。名前にちなんでライスが大好きなのですよ。以後お見知りおきを」

「おー! マジシャン!」

「吾妻さん近寄っちゃ駄目だ。このダンジョンには俺たち以外いないはず。怪しすぎる」


 勝手に茶碗と箸を持って、米を欲しがるジェントル。

 そんな彼に対してみんな警戒するものの、吾妻と松實だけは「マジック見せてー!」と呑気でいた。


「それでは麗しいそちらのお姉さん」

「あ、ワタシー⁉︎ あはー、やっぱ麗しさが分かっちゃうか〜」

「うるせぇ、黙ってろ」


 指名されて調子に乗る松實に、暴言を吐く三昌。

 ジェントルに一歩前出るよう言われたので、松實は簡単に従う。

 悪意は感じられない、純粋にマジックを披露してもらえそうだが、今まで出会った強者はそれを感じさせずに振る舞うことができた。

 念には念を入れて、すぐに動けるようオーデュイを近くにいた植山に託した。


「お姉さん、お名前は?」

「ユキー! 幸せの幸せって書いてユキだよ〜」

「おぉ、それは良い名前ですね。では、あなたの持っているカードにこちらのペンでサインを頂けますか?」

「おっけー! ……え? ワタシ、カードなんて持ってないよー?」


 するとジェントルは自分の胸を確認するよう促した。

「おぅ?」と、松實が下を見ると、なんと白いカードがいつの間にか谷間に挟まっていた。


「おぉー!」

「イッツ、イリュージョ──」

「変態だぁ〜‼︎」

「WHAT⁉︎」


 予想外の反応だったのか、ジェントルのリアクションが英語だった。


「だって、マジックってことは仕込みあるってことでしょー? つまりどっかのタイミングでワタシのおっぱいの間にカード入れたってわけだ。へへーん、タネお見通し〜変態だね〜逮捕だー!」

「話の腰を折るなよ松實」

「だって、さんしょーちゃ〜ん。ワタシ触られたかもしれないんだよ〜。さんしょーちゃんにしか触らせたことないのに〜!」

「触ったことねぇわ‼︎」


「──HA‼︎ ジェェントルゥ〜、アンタ一本取られたんじゃないのぉー?」


 成功したのに失敗した心持ちの、本当に腰を折って項垂れるジェントルの元に二人組の男女が現れた。


「あら、新しいお客さんですわね」

「Woo,ヤマトナデシコのみなすわぁ〜ん。ハロー、アタクシはマキノ・ハナブサ。こっちが」

「アバウント・デヴォーグ・ファルコ」

「図体と同じで名前が長いの彼。A.D.ファルコって呼んであげて。それで反応するから」


 マキノ・ハナブサと名乗る女は顎が外れそうなほどに口を大きく開け、偏見そのままの外国人の話し方をする。一人だけ外画のようなアジア系女性。

 もう一人は背が高く、褐色肌で銀髪の男。名乗ったきり一言も話さずに上の方をボーッと見ている。


「アンタたち、にゃに者にゃわけ?」

「あぁ〜ら、子猫ちゃん。せっかちねぇ。顔だけ可愛くても余裕がない女は男にモテないわよぉ?」

「それでいいよ」

「……良くにゃいよ⁉︎」


 何故か下池が返事をしたところで、改めて彼女たちは自己紹介をした。


「アタクシたちはアメリカから派遣された探索者よ! 一緒に攻略頑張りましょうね」

「おぉ! アメリカの探索者なんだ! ! よろしくー!」


 グローバルな。


 世界中にダンジョンができたことにより、外国人探索者も日本人を一気に追い越すように次々と誕生した。

 だが、日本と違って、正式な探索者であると証明できるものは現状何もない。


 まぁ、本物だろうと、偽物だろうと彼女たちを信頼することはできない。

 今回のセブダンジョンは国から直々の指名があっての公式依頼だ。他の探索者がいること自体あり得ないのだ。


「一体いつから潜んでた」

「あらーん? 潜んでたなんて失礼ねっ、もぉう。答える前に一つ寄り道を。アタクシたちはアナタたちのことを知ってるわ。TOKYOを救ったマイマイとそのお友達でしょーん?」

「うん! マイマイだよ!」

「アナタの名前は世界中に広がりつつあるわ。そんな有名人がここに来たなんて、やはりこのセブダンジョンは難しかったってことよね」

「つまり、何が言いたい」

「アタクシたちは、アナタたちが来る二週間も前から探索し続けて来たの。つまりお腹ペコペコ、死にかけってわぁけ──だから、アタクシたちにもご飯恵んでくれないでしょうか。何卒お願いします」


 突如として、三人は並んで土下座した。

 確かによく見ればマキノたちの頬はやつれている。装備など身体は綺麗でいるのは、そこに広がる海らしきもので体を洗っていたからだろう。

 だが、海水と同じ成分ではあるので、飲み水を確保するのは難しかったんだろうな。


「おぉ、大変だったんだねー。全然オッケーだよ! ね! みんな!」

「マイマイ、アンタ良い女だねぇ〜」

「待て。別に無理してここで生き延びなくとも、ダンジョンから出れば良い話だろ」

「もう東くんったら〜。お肉いっぱい食べたいならそう言えばいいのに〜。独占したい気持ちは分かるけどさ〜」

「吾妻さん、どこの馬の骨かも分からないやつに恵む必要はないぞ」

「だいじょぶ! この人たちが悪い人たちでも、わたし最強だからぶっ飛ばしちゃうもん! それに、東くんにみんながいるから! だいじょぶだいじょぶ!」


 メイドの大城が「まだまだお肉様はたくさんございます」と、シェフの中島が焼いた肉を新しく持ってくる。

 他のみんなも吾妻には賛同したようで、三人を輪に入れてあげる。


「アンタたち……! いいのぉ⁉︎」

「えぇ。わたくし達はゆとりありますから。それに、マイマイさんが頷くなら、わたくし達は従うのみですわ」

「あ、ライスおかわりできますか?」


 植山の話を聞かず、左右の男共はもうガッツリご飯を食べている。


 本当にこの子達の警戒心のなさというか、あるいは自信の表れなのか……。ただ今までに油断して隙を突かれることが何度あったことか……。

 海外のダンジョンストリーマーは情報が少ないが、彼らについては探りは入れておきたい。


「アンタたち! 久々の食事よ! 食べ尽くすわよぉ!」

「うん」「イェス、ライス!」


 ……何かポンコツなのが目に見えるが、警戒するに越したことはない。

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