75.【急上昇!】新しいトウキョウをわたしが作ってみた!


『……おねえ、ちゃん』

『ホタルちゃん!』


 吾妻の腕の中で眠っていたホタルが息を吹き返す。

 どうやら頭を撃たれたようだが、さすがはSS級異端者、俺と同じくしぶとい。

 だが、体が痺れているようで、思うようには喋れず、動けない。


『ホタルの宝具、使って……。おねえちゃんなら、使える、よ』


 こうして手渡されたのは、ホタルのツインテールの片側に付けていたシュシュ。


『宝具:クロマキーシュシュ。カメラに映った背景を好きに編集できる、くらいだけど、きっとおねえちゃんならダンジョンも、自由に……』


 ホタルは効果を告げて眠りについた。

 吾妻が心配して揺するが、異端者は眠ることで体力を回復するから大丈夫だと伝えた。

 本来の能力ならば、この宝具はさほど脅威ではないが、SS級異端者が使用することで、ダンジョンや街すらも自由に組み替えることができてしまう。

 ならば、俺が使用しても同様に使えるはず。

 だが、言うまでもなく、ここは吾妻に任せる。


『お兄ちゃん。ホタルちゃんをよろしくね』


 吾妻はポニーテールを結んでいたシュシュを宝具に付け替えると、高らかに宣言する。

 トウキョウダンジョン内に、ホタルが自身を配信するようにしていたから、今は東京中のありとあらゆる画面に吾妻が映ることとなる。


『みんな! こんマイリー♪ マイマイチャンネルのマイマイだよ! 今からわたしが東京を救ってみせるよ! それでは……まいりまーす‼︎』


 吾妻が右手を掲げると、崩壊が停止する。


『みんな、おててを頭にして守るんだよ。それ〜!』


 指揮するように指を振り、宙に浮いたものは誰もいないところにそっと置いたりくっつけたり、崩れたものは立ち上がるようにして戻った。


『むむっ、指が重いよ……』

『──マイマイおねえちゃん、がんばれー!』


 懸命な吾妻の姿に、ある少女が声をあげた。

 それにつられて一人、また一人と、激励の想いが吾妻に届けられる。


『わぁ……! よぉし、がんばるよー!』


 大体五分ほど街中が組み変わっていき……全て終えた時、吾妻は大きく『ふぅ〜!』と息をついた。


『これにて一件! みんな応援してくれてありがとう! マイマイでした〜! おつマイリー♪』


 挨拶すると、街は静かになった。

 そして次の瞬間、歓声が沸き起こった。

 マイマイの元には、共に戦ってくれた植山や野田たちが駆け寄ってきて、わいわいと盛り上がりを見せた。

 吾妻を狙う悪意も感じない……ひとまず終わったか。

 ホタルをそっと寝かせて、俺はその場に座り、ようやく落ち着いた。


「……っ! にっ!」


 仲間たちの隙間から見えた彼女と目が合うと、吾妻は全力笑顔でこちらにピースした。

 俺もあそこまで笑えはしないが、ちょっとは微笑んでピースし返した。



   ◇ ◇ ◇



 あれから一ヶ月。

 世界は大きく変わった。


 吾妻は確かに多くの人々を救ったが、当然それまでにも死者は多数出ていた。

 よって、完全体までは行かなかったが術式は発動してしまい、次々と世界でダンジョンが確認された。その数は34個。

 もし、彼等の策通りに事が進めば、どうなっていたのか、今となっては見当もつかない。


 この事態を引き起こした異端者たちの多くは逮捕された。


「マヨネーズ欲しい、だよね!」

「マイマイチャンネルくらい見せてよ!」


 初瀬川継嗣、中原灯里。

 永田が相手したとされる六人の異端者、そしてホタル。

 計九人が、探求省地下にて拘束されることになった。

 主犯格であるハザマ、改め狭間光一と藤岡辰也が未だ捕まっていない。行方を追っているところだ。


 捜査が進むにつれて、彼らの動機も判明していく。

 初瀬川は人間への復讐。中原は愛のためとほざいているらしい。

 下池から聞くに、藤岡が消滅を免れるためであり、狭間は……きっと面白いから、だろうな。

 各々の願いを叶えるために、一時的に協力関係を結んだだけの、我の強い異端者らしい組織図であった。



「──ヨナグニダンジョンの異端者。いや、東亮、だったかな」


 事件後、報告のために探求省を訪れた俺に探求省大臣、下谷が声をかけた。


「この度の件、誠に感謝する。君がいなかったら……」

「いえ、お気遣いなく。少しお手伝いしただけなので」


 今回の事件を受けて、下谷は退任……することなく、事態に真摯に向き合い、東京の復興や世界中で発生したダンジョンへの対策。争いが起きないよう国際的な規則を定めた組織作りを率いるなど、今なお彼は闘い続けていた。


「少しだけ昔の話をしようか。吾妻大悟。君達の父親とは縁があってね……」


 かつて、二人はライバルだった。

 ある日、腐った探求省を変えるため、下谷は探索者を引退して政界に入ろうとした時、一つ頼まれたという。


『ビワダンジョンを永久に攻略しないようにしてくれ。娘を悲しませたくないんだよ〜、一生のお願いだ! 頼む‼︎』


 那緒子さんが言うに、本来ビワダンジョンの攻略難易度はA級ほど。

 しかし、SS級と分類され、探求省が立入禁止と定めたのは……完全攻略され、吾妻那緒子さんが消滅するのを防ぐためというわけか。

 きっと、この事実は那緒子さんも知らない。

 本当にあの男は勝手に何でもしやがるな……全く。

 どこぞの娘に脈々と引き継がれてしまっている。


「本当にありがとう。御礼となるかは分からんが、困り事があれば何でも言ってくれ。探求省総出で力になろう」

「ありがとうございます。しかし、今は復興の方で忙しいでしょう。お気持ちだけ受け取ります」

「そうか」

「……ただ一つ、良ければマイマイチャンネルを登録してください」

「ふっ……。義務付けておこう」


 俺は下谷にお礼を言って、探求省を後にした。



   ◇ ◇ ◇



「……おぉ、なんや。見舞いに来たんか。参ったなー、出せるもん何もないわ」

「構いませんよ。ただ、新しい観光地ができたと聞いたので、それを見に」


 都内、高層ビルの屋上。

 狭間と藤岡が見下ろすのは、以前とは少し違う歪な東京の街だった。


 アキハバラダンジョンから生まれたものは数々の建造物と混合していた。

 道の真ん中にそびえ立つ動かぬ山。

 100mまでジェンガのように積み上がったビルから流れ落ちる滝。

 光と闇が深く混じり合った新宿。

 稲妻のように折れ曲がって立つ東京タワー。


 街が元に戻ったのではなく、消滅した都内23個のダンジョンの要素がぐちゃぐちゃに混ざり、吾妻が描いた街に生まれ変わったのである。

 もっとも、これでインフラ機能などが成り立っているのが、吾妻の力の恐ろしくも凄いところである。


「なぁ。オマエはワシらを殺そうとしたんか? 四皇を自分以外のダンジョンに行くよう仕向けよって」

「四皇が結界内にいれば、目的を果たすのが困難になるため、地方へ飛ばす必要があっただけです。私としてはキョウトダンジョンが無事であれば、他は攻略されようと構いません」

「自白しよったな、おい」

「では、復讐しますか?」


 藤岡が問いかけたが、狭間は溜息を吐いて、また街を見下ろす。


「バカにしとんか。ワシはもうB級まで落ちた。SS級になったオマエに勝てるわけないやろ、アホ」


 全国のS級ダンジョンはキョウト以外は攻略され、降格した。

 しかし、キョウトダンジョンのみ謎の人物の介入により、氷に閉ざされ誰も攻略できなくなってしまった。

 よって、彼はSS級異端者へと昇格された。

 ダンジョン内にいた探求省職員、探索者は皆、凍った状態で発見されたが、全員無事に一命を取り留めた。

 

「私は交友関係が広いので、友人に頼んだだけです」

「そのお友達と、また何かするんか?」

「……さぁ、あなたにはもう関係のないことでしょう」

「あー、せやな。ま、楽しみにしといたるわ。たまには舞台から降りて客席から見るのも悪くないからな」



   ◇ ◇ ◇



 12月。

 季節は冬となり、太陽の光が恋しくなる人々は、防寒のために着込むようになった。


「マイマイかわいい〜!」

「ありがとー! ユッキーもかわいいよ!」

「しってる〜。さんしょーちゃんも、ほらほら、ワタシにかわいいって言って?」

「うるせぇ」


「絵里奈、やっぱ恥ずかしいよ……」

「にゃに言ってんのよ! 夏菜カワイイんだから自信持ちにゃさい!」

「う、うん……」


「葵嬢、これ日傘!」

「ふふっ。オーデュイさん、ありがとうございます」


 しかし、彼女たちはまるで逆の世界に生きていた。

 各々、自分のに着替えると、吾妻を筆頭に小屋から走り出てきた。


「青い空! 白い砂浜! なんか太陽っぽい暑いやつ!」


 そう、ここは──


「「「海だぁ‼︎」」」


 夏に焦がれた俺たちは今、常夏のへとやってきた。

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