トウキョウダンジョン

73.息止めチャレンジ!みんなは何秒止められる?


「頭痛が痛い〜、さんしょーちゃんのせいだ〜」

「うるせぇ! 私もお前に刺されてんだわ‼︎」

「ちょっと運ばれてる身なんだから喧嘩しにゃいで!」


 瀕死の松實を下池が、三昌を野田がおんぶして、戦場から退散していた。

 S級にも満たない探索者たちが、魔物が少ない特殊条件下ではあるものの、SS級ダンジョンをここまで生き延びてきた。

 選出した東が、自分たちなら大丈夫だと信頼してくれたから。

 マイマイを悲しませないためにも、ここから生きて出てみせる。


「ったく、出口はどこにゃのよ」

「あれ……夜空……」

「え? ……あ、ほんとだ。てか、ここ秋葉原じゃなくて東京駅よね⁉︎ 外に出れたの?」


 現実と想像の境界なく外に出た四人。

 いつの間にか山手線の駅を二つ移動していた。


「絵里奈、人がいる。けど……何かおかしいよ」


 一瞬、安堵はするも様子が変だと気付く。

 探索者ではない一般人が皆スマホ、あるいは街のテレビに夢中になって観ているのだ。


「んー? アイドル踊ってるぅ〜」


 松實の言うように、妹系アイドル──ホタルがライブを開催。それを街中が熱狂的に応援しているのだ。


「にゃに……どういうこと?」

「あ、えりにゃんだ⁉︎ えりにゃんは大丈夫⁉︎」


 野田たちが唖然としていると、様子が普通の女性二人組に話しかけられた。

 聞くところによると、ライブが始まってからほとんどの人が一斉にこうなったらしい。


「私たちはさっきまでマイマイの生配信観てたの。そしたらこのホタルって子のライブになって……」

「じゃあ、マイマイは⁉︎」

「分かんない。今は出てないけど……」


 吾妻が心配だ。今すぐに助けに行きたいが、どこにいるか分からない。


「あ? これ東京タワーじゃね⁉︎」


 耳元で叫ぶ三昌のせいで野田の鼓膜が破れそうになったが、確かに映像には東京タワーのが見える。


「行きましょ」

「絵里奈……!」

「もう、アタシを止められないの分かってるでしょ。だから──んっ⁉︎」


 下池は野田にキスした。


「わ〜、ラブラビュ⁉︎」

「あ? ぎゅっ⁉︎」


 続けて背負う松實、三昌にも同じことをした。


「ちょっ、夏菜⁉︎ アンタ酔ってる⁉︎ キス魔なのアンタ⁉︎」

「ち、違うよ……! どうやらこれがわたしの能力みたいで……」


 すると松實、三昌が元気になって地面に降り立ち、爆裂に動きまくっていた。

 野田も傷が治り、身体の底から力が湧いてくる。


「無理、しないでね」

「……分かってるわよ! 行こう、マイマイの元に!」

「しゃあ! やったるぜぇ!」

「うぃ〜!」



   ◇ ◇ ◇



「〈宵暁の境界線トワイライト=ホライゾン


 弾丸を胸に撃ち込み、続けて横一撃に斬った。

 もう、何度もこの手応えを繰り返した。しかし……


「〈シュレディンガー〉……保護者が教師に斬り込むとは、これがモンスターペアレントですか。私は初めて対応しますよ」


 その度に何度も起き上がる。

 異端者の生命力は並外れたものだが、それでも何かがおかしい。

 0に何を掛けても0であるように、攻撃がなかったことにされているみたいだ。ただ彼の服に汚れや傷はある、当たってはいるはずだが……。


「一応、俺は現役高校生だ」

「異端者の年齢は信用なりませんよ。人として死んだ時と異端者として生まれた時は必ずしも等しいわけではないですから」

「……人として、死んだ時……?」

「おや、異端者には義務教育かと。我々は、二度目を与えられた稀有な元人間ですよ」


 そして、戦闘を繰り広げながら俺は全て教わった。

 異端者とは、宝具とは、そしてダンジョンとは……彼の授業はとても分かりやすく、そして丁寧であった。

 藤岡の見た目は20代後半と若く、ベテラン教師の貫禄もありつつも、どこか生徒に寄り添える子供の気持ちも持っているように感じた。


「では、ここで応用問題。日本では一年で150万人が亡くなっている。高齢化に伴い、増加傾向にあるためこの17年間の平均死亡者数を一年当たり120万人とすると、ダンジョンが誕生してからの死亡者数は約どれくらいだろうか」

「約二千万人」

「優秀だ。では異端者の数はいくつだろうか。一つのダンジョンに二体以上は確認されていない。全国に314箇所あるため答えは最大で314。……が、異端者が死んだ人間の転生先だとすれば、他の死者は何に生まれ変わっているだろうか」

「教科は哲学か? 何言って……」



『スライムじゃないよ! ……いや、今はスライムの姿なんだけどさ……ワタシは立派なにんげんだ!』



 シブヤダンジョンで出会ったオーデュイこと、大出結衣。

 彼女は10年前に亡くなっており、を持ったままスライムとして転生した。

 ──もしかして、いや、そんな馬鹿な……⁉︎


「異端者は魔物と同じ括りなのだろう? 人型の魔物として」

「魔物は、死んだ人間の転生した姿……⁉︎」

「ああ。ところで君たちは今までを葬った」


 俺は藤岡に斬りかかるも、答えは依然として変わらない。


「君が大事にしている吾妻さんも、見方を変えれば大量殺戮者だ」

「違う‼︎」


 たとえ効かずとも、攻撃の手は緩めない。

 次は弾丸を撃ち込むが、感触はない。

 藤岡の宝具は風……いや、待て。水の弾丸が凍っている……。

 そうか、能力の正体は──


から……! うっ⁉︎」


 空気を空にするから、流れ込む風を扱える。

 ダメージを空にするから、体が元に戻る。

 それに記憶も空にすれば、洗脳でもしやすくなるのか。

 そして、辺り一体を真空にすることで俺から呼吸を奪い、動きが止まった俺を豪快にも蹴り飛ばしてくれた。

 最初から使わなかったのは自身も巻き込まれるから。ただ不意打ちには最適だ。

 ……今は呼吸ができる。止められるのは数秒か。


「はぁ、はぁ……なぜお前は、そこまで色々知っている……」

「はぁ、私もまた別の先生から教わったのですよ。この世界の秘密や、今回実行するにあたって必要となる術式。その全てをです」

「その先生ってのは誰だ」

「直接お会いしてないので、私も分かりません。紹介してもらっただけなので」


 突如、大きな揺れが襲った。

 天井が崩壊し、空が現れる。

 東京の街……あれは国会議事堂だ。


「終業の時は近い。このダンジョンから、世界中にダンジョンを生み出す。そのためには彼女の協力が不可欠だった」

「……それがお前らの目的か」

「ええ。ダンジョンの数が増えれば、私が攻略される確率は減る」

「だが、探索者の数は世界中で増えるはずだろう」

「そうですね。同時に争いも増えますが」


 くっ……そうか、世界中に宝具という常識外れの能力が渡れば、利権争いで国や組織、個人間ですら争いが増える。

 ハザマなどが関与しているディープウェブには転売ヤーが宝具を売り飛ばすこともあるが、それも戦争の火種となっていた。

 現実での死者も増えれば、生まれた世界中のダンジョンに桁違いの数の魔物や異端者が現れる。


「本当に我々を止めますか?」

「……なに?」

「これは異端者のため、しいてはあなたのためでもあります。肉体がしぶとい我々ですが、攻略されるだけで存在は消滅してしまう。あなたも吾妻さんと別れたくはないでしょう」

「……あぁ、なるほど、そういうことか。分かったよ」

「ええ。では、あなたも──」


 藤岡が差し伸べた手を、俺は叩き斬った。


 ──吾妻舞莉の父であり、俺の育ての父親。吾妻大悟がいつまで経ってもヨナグニダンジョンを攻略も脱出もしないわけ。

 それは、完全攻略が俺を消滅させることをどこかで知り、誰にも攻略させないため。

 十何年もたった一人で俺を守ってくれたんだな。


 ……ったく、お節介な父親だ。



「私たちは分かり合えないようですね。残念だ」


 また空気を奪われる前に俺は首元に弾丸を撃ち込む。


「無駄なことを……っ⁉︎ くそっ……!」


 水は気圧が下がると、沸点も下がりすぐに沸騰するが、不思議にも真空までなると凍る。宇宙にある水は凍っているようにだ。

 藤岡の宝具はピンマイクに命じて発出する。ならば凍らせてマイクの機能を壊せばいい。

 不死身の体に胡座をかいて、道具の管理を怠ったな。

 彼本来の能力は洗脳らしいが、使わないということは異端者には効かないのだろう。


「お前らの目的が何だろうと、関係ない。ただ、あいつが楽しんでくれるなら何だっていいさ。それがうちの教育方針だ」

「……っ⁉︎」


「〈黄昏の終止符サンセット・エンド〉」


 真上から剣を振り下ろし、追って腹に弾丸を三発撃ち込み、倒した。

 こいつを殺すことは不可能だが、今は気を失っているならそれでいい。


 アキハバラダンジョンが、東京がめちゃくちゃなことになっている。

 でも、あいつなら大丈夫だ。俺は信じてる。

 だから守りに行くのではなく、ただ彼女に会いたくて、大切な人がいる場所を目指した。

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