64.「大人」の定義って何?わたしはおやつを自由に食べれる人だと思います!


「とりゃー! 〈クロスマルチ〉!」

「〈アクアクリア〉」


 松實は×印に上から双剣を振り下ろし、三昌は透明な弾丸を撃ち込む。

 しかし、藤岡に軽く躱されてしまう。


「もー! 当たんなーい!」

「風を相手にしているみたいだ」


「──問おう。子供と大人の違いとは。〝大人〟の定義とは何だと思う。20字以内で答えなさい」

「は? お酒が飲めるか飲めないか?」

「体がおっきくなったら大人ー!」

「不正解だ」


 突風が吹き荒れて、松實たちを後ろに吹き飛ばす。


「答えは未来を見ているかどうかだ。将来がある子供たちは夢を語り目標に向かって邁進する。対して見込みのない大人は、現実を騙り他人を蹴落としては慢心するグズの塊だ。子供はそんな大人になりたがるが、大人は子供に戻りたがる。哀れだと思わないか? だから私が教育し、正しい大人になれるよう導くのだ」

「むずかしい言葉ばっかで何言ってるかわかんない! あと、ながぁぁぁぁいっ!」


 松實は側に落ちていた双剣を拾い上げ、風に抗いながらもゆっくりと立ち上がる。


「馬鹿な大人にも分かるよう端的に説明しなおそう。大人は過去しか見ていない。例外なく君たちもだ」

「いっぱい未来見てるよ! ね、さんしょーちゃん!」


 松實に声をかけられた三昌。

 だが、彼女は立ち上がらず俯いたままだった。


「さんしょーちゃん?」

「過去、しか、見てない……?」


 彼女の声も、風の音も三昌には届かなかった。




 ──二人が出会ったのは、今から15年前。

 その年、松實は13才、三昌が12才の頃だった。


「さんしょーちゃん! 見てみてー! チョコもらったよー! 一緒に食べよー!」

「うるさい。わたしチョコ嫌いだから」


 松實は中学生の年の時でもテンションは高かった。

 二人はセットだからと、大人たちに一緒にいるよう指示されて仕方なくいたが、三昌は松實が鬱陶しくて仕方なかった。


 そんなある日。


「さんしょーちゃん! みてみてー、さんしょーちゃんのマネー」


 食堂に向かう三昌の進行方向に、目を虚にして口を半開きにする松實が現れる。


「は? 似てないし」

「えー! 似てるよー。さんしょーちゃんご飯出された時、こんな顔するもーん」

「食べるのしんどいし……少食だから」

「ふぇー、そうなんだー。じゃあお腹いっぱいになったらワタシが食べてあげるー! ワタシいっぱい食べるよ〜。だから一緒に」

「いい」

「えー、一緒にご飯食べよーよー。ねーねー」

「しつこい!」


 三昌が誤って松實を押しのけると、不幸にも後ろは階段だった。

 彼女はそのまま階段を転げ落ち、頭から血を流して、動かなくなった。



「──幼児退行してるっすね、彼女は」


 松實を診て手術もした医者から、三昌は聞いた。

 脳にダメージを負ったことにより、既に子供っぽい彼女はこの先大人になっても変わることがないということを。

 むしろ、さらなる退行をするかもしれないとも。



「……ごめん。松實……」

「んー? なんの話ー?」


 衝撃で事故前後の記憶を失くしている松實。

 頭に包帯を巻いて、今は病室のベッドから動けないというのに、気にもせずにニッコリと笑う彼女。


「ねー、そんな悲しい顔しないでー。ワタシはさんしょーちゃんの笑った顔が好きだからー笑ってほしいな〜」

「……ぐすっ……笑わないし」

「えー! なんでー‼︎ あ、でもいつも一緒にいたら見れることあるか〜。ワタシがいればみんな幸せになるからね〜、あはは〜ワタシ天才だな〜」

「……そうだね」


(──私は松實とは離れられない。離れてはいけない。彼女の時を止めてしまった責任として、私は過去から出てはいけない)



(ごめん、ごめんなさい……ごめんなさい……!)




「──さんしょーちゃん……三昌奏‼︎」

「……っ⁉︎ 松實……」

「今は目の前の敵に集中!」

「あ、うん、ごめん……」


 三昌の宝具を松實に拾ってもらい、藤岡に向けて銃口を定める。

 だが、彼を見れば背けていた過去が見える。手は震え、ただでさえ当たらない攻撃は当てられないものになってしまう。


「……さんしょーちゃん」





「──って、さんしょーちゃんは思ってるってこと? ワタシ階段から落ちてないのにー?」


 昔、松實は精神科の医者からそう聞かされていた。


「そうっす。三昌奏は脳に障害があって寝られない体になってるっす」

「おぉ、不眠症ってやつだ」

「人間は寝てる時に、記憶を整理して保存する──しかし、彼女は寝ずにむしろ脳が活性化してハイな状態になるっす。つまり存在しない記憶を存在していると思い込むこともあれば、あるはずの記憶を失くしたりするんすよね」


 例えば以前、銀河人狼の主催者、降元葉月と幼馴染なはずの三昌は彼女のことを覚えていなかったりしたもの、その不眠症と記憶障害のせいだ。

 様々なことが不規則に曖昧な記憶となっているので、いつまた不安定な状態になるか分からない状態である。

 この件を、三昌と共に生活している松實に告げられた理由は、ただ一つ。


「つまりワタシがさんしょーちゃんを守ってあげたらいいんだね! おっけー! もう、さんしょーちゃんはワタシがいないと何もできないんだから〜。よし!」






「──さんしょーちゃん! ワタシに言うのはありがとうでしょ!」


 そして今。

 暴風の中、戸惑う三昌に松實は続けて大声をかけてあげる。


「は、はぁ? なんで?」

「ワタシがさんしょーちゃんをいつも世話してあげてるからね〜。あ、ワタシがあれを倒すから、さんしょーちゃんやっぱり寝てていいよ。ワタシの方が強いもーん」

「……はぁ? うるせぇ。私が倒すから、松實は引っ込んでろ」


 すると松實は、三昌の宝具を片方獲りあげた。


「は⁉︎ なに⁉︎ それはズルいだろ!」

「宝具を片方交換しよー! マイマイのマネージャーみたいに剣と銃でたたかうのー!」


「無駄なことを……。宝具:ラベリアマイク。〈バタフライエフェクト〉」


 藤岡が襟元に付けたピンマイクに告げると、透明な蝶が現れ……猛烈な風を巻き起こし、竜巻なって二人を襲う。


「おー、風つよいね〜」

「前髪がオールバックだわ」

「まぁワタシは行けるけど、さんしょーちゃんはワタシより弱いから無理だよね〜」

「うるせぇ! 余裕だわっ‼︎」

「じゃあ先行くねー!」


 迫る竜巻も何のその。

 二人はほぼ同時に宝具:海日マンボウで旋風を切り開く。


「物理法則を無視するとは、自然に反した存在ですね」

「あれでしょ? 台風の日って雨降るよね」

「これは竜巻です。何を仰っているのか──」

「ゲリラにご注意、ってこと」


 三昌の天気予報に藤岡が見上げると、鋭い水の雨が彼の元に降り注ぐ。

 竜巻を斬る前に、二人で弾丸を撃ち込み風で舞い上がらせて、上から藤岡を狙ったのだ。


「ぐっ……!」

「なんか難しいことばっか言ってわかんなかったよ!」

「先生なら簡単に伝えろ。まぁ、さっき問題、別解出してやるよ。な、松實」

「うぃ〜!」


 松實が藤岡の胸を、三昌が彼の腰を真横に一斬。


「「=☻イコールアス」」


「答えはさんしょーちゃんが子供でワタシが大人!」

「解答は私が大人で松實が子供だ」


「えーっ⁉︎」「はぁ?」


 藤岡を斬り倒した二人はくだらない口喧嘩を始めた。

 二人の言い合いの答えは解なしである。

 

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