61.マイマイチャンネルに新しいスタッフさんが加わりました〜!


「魔晶石はこちらで全てですね。ありがとうございます」


 シブヤダンジョン入口にて、門番に手に入れた魔晶石を渡した。


 門番とは、D級ダンジョンを除いた全てのダンジョン入口に配置されている公務員である。

 が、人手不足のため、B級以下であれば民間警備会社が担っている場合も。シブヤダンジョンなど都心部であれば、公務員もいるにはいるが。

 仕事内容は、探索者たちの出入り管理の他に、探索者が収集した魔晶石の回収と宝具の一時預かりが挙げられる。

 また、ダンジョン内から魔物が飛び出すこともあるので、それ相応の実力を持ち合わせる必要がある。

 そのため元探索者や売れないダンジョンストリーマーがアルバイトで勤めていることが多い。

 だからこそ、たまに横領や詐欺事件もあったりするが、今回関係ないので割愛する。


「よぉし……じゃあ、行くね〜……」

「ちょっと待たんかい」


 今回、俺たちを担当した二人の門番の内、金髪でガタイは良いが柄の悪いおっさんに呼び止められた。


「お前……」

「ごくり……」

「もしかしてマイマイか⁉︎ いや〜ファンやねーん。ちょっと握手してーや〜」


 禁止されている魔物スライムの持ち出しがバレたのかと、ドキッとした吾妻。

 出入りの際は帽子と眼鏡を着用していたが、至近距離とライセンスカードの情報からさすがにマイマイだとバレてしまった。

 吾妻は「ふぅ」と息をつきながら、引きつった笑顔で握手してあげる。


「ちょっと、花田先輩。ダメですよ、門番の仕事に私情挟んだら」

「ええやないかフミフミ。ちょっとだけやからな。ほな、またシブヤダンジョン来てーや!」


 関西弁混じりに話す金髪の花田という男は大きく手を振り、フミフミとあだ名で呼ばれている後輩男性は申し訳なさそうに頭を下げた。




「──ふぅ〜、バレずに済んだね」

「ぷへぇっ! 苦しかったぁー」


 人目の付かない裏道に入ってから、吾妻は帽子を外すと、中からオーデュイが出てきた。

 スライム特有の流動性の体を活かし、帽子の中に潰れるようにしてオーデュイは隠れていた。


「頭ヒンヤリして気持ちよかったなー。で、オーデュイどこに行けばいい?」

「家はこっから電車で10分くらいで近いんだ。あっちだよ!」


 オーデュイを鞄の中に移し隠し、彼女の案内の元、家まで向かった。


「あれ? ここにコンビニあったはずなんだけどな」

「うぇ? 道合ってるよね?」

「おお⁉︎ いつの間にかオープンしてる! 工事終わるのはや〜!」


 オーデュイの道案内が不安になるくらいに適当であった。


「着いた着いた。ここのアパートだよ。お母さん、まだ怒ってるかな……」

「だいじょぶだいじょぶ! 絶対心配して待ってくれてるよ! だって、お母さんだもん!」

「そう、だよね……」


 オーデュイは悩んだのち、自分のことを話してくれた。


「……ワタシのところ、シングルマザーでさ。お母さんはいっつもワタシのために働いてくれているのに、ちょっとした喧嘩がキッカケでさ──」



『お母さんは、ワタシの存在が邪魔なんでしょ! 本当はもっと遊びたいくせに‼︎』



「喧嘩自体は覚えてないけど、この言葉だけがすっごい残ってて。言った時から言ったことを後悔しちゃって。あの時のお母さんの表情が忘れられなくて……だから、謝りたい。ワタシ、スライムになっちゃったけど、謝りたい!」

「うん、オーデュイ応援してる! わたしたちが付いているからね!」

「怖がられるかもしれないが、スライムの件は俺たちがフォローする。そして、人間に戻れるまでできる限りサポートするよ」

「2人とも……! ……ぐすっ、話しかけたのが2人でよかったよぉ」


 すると、誰かが来た気配がしたので道路端に避ける。


「……あっ! お母さん! おか──え?」


 オーデュイがお母さんと呼んだその女性……と仲睦まじく話す男性と7歳くらいの男の子が手を繋ぎ、歩いて来ていた。


「ど、どうして……お母さん……本当にワタシが邪魔だったんだ……。……っ‼︎」

「あ! オーデュイ‼︎」


 オーデュイは鞄から飛び出し、どこかへ去ってしまった。

 それをすぐさま吾妻が追いかける。



「……結衣?」


 俺も追いかけようとしたところ、大出母の言葉に立ち止まる。


「どうしたんだい? 急に?」

「あ、いえ……結衣の声が聴こえた気がして……昔はここに住んでたから……ごめんなさい。もう、10年も前に、結衣は亡くなったというのに」


 ……え?


「いいんだよ。きっと、結衣ちゃんは見守ってくれてるよ」

「そうね……さぁ、帰ってご飯にしましょう。今日は──」


 と、幸せな家庭を築いた三人は、突っ立っている俺のことを気にも留めず、彼女たちが今住む家へと向かって行った。


 大出結衣は死んでいた。

 それも10年も前に……。


 オーデュイに追い付いた吾妻に現在位置を聞き、向かっている道すがら、インターネットで10年ほど前に渋谷付近で起きた事故・事件を調べた。


 ──10年前の夏。

 当時、探索者でもない一人の女子高生がシブヤダンジョンに迷い込み、を遂げるという事例があった。

 これを受けて、元からあった16歳未満のダンジョン内立入禁止に加えて、18歳未満はソロで探索することを禁止する条例が新たに制定されたほど、ショッキングな事件だった。

 そのキッカケとなった被害者の女子高生の名前が……大出結衣。

 彼女だ。



「あ、東くん。こっちこっち!」


 河川敷にて、流れる川の水面に映る今の姿を見つめ、涙を流すオーデュイ。

 ポロポロと分離する液体は川となって流れていく。

 それを人間でいうと背中にあたる、スライムの背面を吾妻が撫でてあげていた。


「……うぅ、お母さん……」



 ……真実を伝えるべきだろうか。


 君は、本当は死んでいて、10年も時が経っているということを。

 そして、転生したらスライムになっていた件をお母さんに伝えて、素直に信じて受け入れてもらえるかも分からないことも。もう、向こうには新しい幸せな家庭を築いてしまっている。


 だが、このまま何もせず終わってしまってもいいのだろうか。


 どちらの選択肢が正しいか分からない。

 俺が決めあぐねていると……吾妻がオーデュイに声をかける。


「オーデュイ……わたしと一緒にNewTubeしない⁉︎」

「ふぇっ?」

「正直どうしたらいいのかはわたしには分かんない! でも、過去とか未来とか関係なく、現在イマを楽しもうよ!」

「そ、そんなの分かってるけどさ……」

「だいじょぶ! オーデュイならぜったいだいじょーぶ‼︎ 一緒に色んなダンジョンを探索して、人間に戻れる方法を探そう! そして、もう一度お母さんに会いに行こうよ!」

「マイマイ……うん。うん! わかった! マイマイと一緒にいっぱいがんばるよ!」


 問題が解決したわけではない。むしろ先延ばしにしただけ。

 ただ、いつも夏休みの宿題は最終日から手をつける、吾妻らしい強引な解決法だった。

 そう、急がなくていい。

 少しずつ問題を紐解けるように、考えていこう。


 スライムの姿ではどこにも行けないので、結果としては吾妻家で見ることになる。

 今は那緒子さんと共に探究省内で一時生活をしているので、永田に無理言ってオーデュイも内密に生活することとなった。


 そして、翌日の日曜日。

 また、別のダンジョンで撮影する際、オーデュイも連れて行った。


「マイマイどう〜?」

「ふひひ〜、オーデュイパックいい感じ〜」


 寝転ぶ吾妻の顔面に、空気穴は開けて乗っかるオーデュイ。

 5分もすれば、潤いと艶が完璧に。



「マイマイ、メイク直しするよー」

「あ、集めた魔晶石はわたしの中に入れておけるよー」

「二カメこっちから撮るよー」


 スライムの体をそれなりに自由に動かせるようになったオーデュイ。


「オーデュイすごーい!」


 ……とても有能過ぎるメイク兼カメラアシスタントがマイマイチャンネルに加入したのであった。

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