60.視力が良い人ほど見えない視力検査!ちなみに乱視のわたしでも見えなかったぜっ!


 違和感はなかった。

 目では捉えられず、聞き逃したわけでもなく、気配を感じることもない。

 ただ、いつもと変わらない非日常の探索をしていただけ。


 しかし、実際はすぐ側に何かが存在していた。それは今もだ。

 遅くとも、オーデュイと出会った時からはずっと背後に忍んでいたわけだ。


『……もう、いったーい! なんか首切られたー!』


 吾妻は首から血を出すも、傷自体はもう既に塞がっていた。

 回復速度が以前よりも格段に上がっている。高嶺より受け渡された力が原因の一つだろうか。


『もうー、お気に入りの装備が汚れちゃったよ……』


 彼女にとっては敵に命が狙われているという恐怖よりも、見た目の方が大事みたいだ。


『えっ⁉︎ 2人とも大丈夫なのっ⁉︎』

『もちろん! わたしたちは最強と最強だからね!』


 いや、確かに死までは至らないが、首切られて平気でもないんだが……。

 ただ、これ以上血を流して、吾妻たちを心配させるわけにもいかない。

 異端者特有の耐久力と回復量で一命は取り留めた俺は、何事も無かったかのように立ち向かう。


『え、し、死なない⁉︎ お、おかしい。人間じゃない。あ、人間じゃないのか』


 景色の中央にフェードインしてきたのは、高身長の男性。

 どもった話し方をする彼だが、姿を現すまではこんな大きい奴が側にいたとは信じられない。


『あ! 悪い異端者でしょ! 名前を言いなさい!』

下戸幽鬼げと ゆうき。あ、言うわけないじゃないっすか』


 言った。

 こいつは永田から聞いた報告にはいなかった人物だ。

 ただ、誰もいないはずなのに襲撃された被害があったらしく、見たところの能力から察するに、犯人はおそらくこいつだ。


 渋谷で行われるデモはもう少し先のはず。

 なのに一味がここにいるとなれば、やはり当日何か企んでいるに違いない。


『あの、バ、バレたので帰らせてもらいます』

『あ! 宝具:メガちゃん! 〈こらぁ!〉』


 記号含めた四文字の白文字が、下戸のいた場所に放たれるが不発に終わった。


『あれ、もう帰っちゃったかな?』

『まだいるよ! そこ!』


 オーデュイは俺に叫ぶので適当に避けると、カメラが壊されてしまった。


「あー! カメラが!」

「安心しろ。SDカードは無事だ」


 飛び散るカメラの欠片の中から、SDカードだけを掴み取ってポケットに入れる。



「……な、なんでバレた。あれか、あのスライムだ。さ、先に殺さないと」


 再び無色透明に戻った下戸はスライムに向かっていく。


「あわわわわ……!」

「宝具:フランちゃん! ピカーッ‼︎」


 ファイヤーフランタンも呼び出した吾妻。

 宝具が一際輝くと、下戸は「ぐわっ、ま、眩しい……!」と声をあげて姿を現した。

 が、俺たちも眩い光のせいで見えないので、声を頼りに蹴りを入れた。


「わー、マイマイありがとー!」

「えへへー、それほどでも!」


 オーデュイは小さい口をめいいっぱい広げて、感謝を伝えた。


「いたい、いたたた。こ、こんなことなら止めとけばよかった。さ、さすがに、ほんとに撤退を……」

「逃すわけないだろ」


 あれほどの傷では死なない吾妻だが、傷付けたのには変わりない。

 それに、ハザマたちの計画に関与しているならば、捕らえて詳細を聞き出さねば。

 下戸が突っ伏しているところへ駆け出して、踏み留めようとするも、地面を踏みしめただけに終わってしまう。

 彼はというのに。

 攻撃が彼に通らない。


 そして、下戸はまた完全に透明になった。


「あ! 地面に沈んでいくよ!」


 オーデュイには見えているようで、下戸の行き先が分かっていた。

 だが、地面にまで潜れるとなると、いつ、また奇襲されるか分からない。

 最後まで警戒をし続けたが……本当に彼は帰って来なかった。



「何だったんだあいつ……」

「うむむー、悪い異端者だったね。透明になれる宝具を使ってたのかな?」


 シブヤダンジョンの入口に向かう途中、オーデュイを抱きながら吾妻は近からず遠からずな考察をしていた。


「いや、きっと透明化だけじゃない……。気配も完全に消し、地面に潜り込み、俺の体もすり抜けた──恐らく彼が使っているのは〝透過〟だ」


 物体は、光が当たって反射することで、そこに物があると認識できる。

 彼はその光すらも完全に透過することで、透明人間となった。地面も攻撃も同じように透過させた。


 ただ、一度は蹴りが入った。

 恐らくあの時は条件外──彼が喋っていた時のみ、姿を現していたから、発動条件は発声だな。

 かなり厄介な敵を取り逃がしてしまったな……だが、そのような異端者がいると認知しただけでも収穫はあったか。

 一応、探求省の人間に報告して、シブヤダンジョンを細かく調べてもらわないと……。


「おー、そっかそっかー。透過かー。それにしてもオーデュイったらよく分かったよね!」

「なんかポワポワーってうっすら輪郭が見えてたんだよね」


 魔物に変えられたオーデュイの目には、見えてる世界が少し拡張されているのかもしれない。下戸を包む宝具の使用形跡を彼女は把握できるのだろう。


「それなら出会った時から言って欲しかったものだな」

「いやぁ、何も喋らないし、すっごい影の薄い人がメンバーなんだぁと思ったんだよぉ」


 本当に薄い人がいてたまるか。


「でも、どうしよう。オーデュイの戻し方、分からないままだよね。もうちょっと探索続けようよ!」

「ううん。いいんだ。ワタシだって色々探してたんだけど、何にもわかんないし……。探索者に頼もうと思ってたけど、討伐されるの怖くて1週間も逃げ回っててさぁ……」

「1週間も⁉︎ ごはんはだいじょーぶだったの⁉︎」

「うん。この体だとお腹減らないみたいだから大丈夫だよ。それより独りのほうが寂しかったもん……」

「オーデュイ……」

「でもでも、マイマイたちに会えてよかったよ! 本当にありがとう! ──で、良かったらなんだけど、最後に一つだけ、お願いがあるんだけどいいかな?」


「もちろん!」と、吾妻は元気よく返事した。

 それを聞いて、オーデュイは少し躊躇いながらも話を切り出した。


「その、魔物の体だからさ。このまま外には出してくれないでしょ? でも、何とかしてシブヤダンジョンの外に連れ出して欲しいんだ。そして……喧嘩したお母さんに会って、謝りたいんだ」



   ◇ ◇ ◇



「……た、ただいま、戻りました」

「ドゥワッ⁉︎ 急に出てくんなや、ビックリさすなほんまぁ……」


 アキハバラダンジョン、最深部。

 背後から急に話しかけ現れた下戸に、ハザマは腰を抜かした。

 厳戒態勢の入口を素通りし、変化し続けるダンジョン内部も構わず壁を透過して来た。


「あ、あの、言われた場所に言われたもの置いて来ました……も、もちろん透過させてます」

「おぉ、そうかそうか。ご苦労さん……って、どこ行った?」

「え、あ、ここです」


 そして、また消えた。


「喋らな見えへんって、変な力やなぁ」

「なっ、べ、別に、す、好きで……な、なったわけじゃ……」

「点滅すな!」



「──ねぇねぇ、ハザマおにいちゃーん。まだしないの〜?」


 背後から現れた中学生くらいの女の子。

 アイドルのような衣装を着た、見た目は可憐な少女だが……あまりの圧に下戸は姿を完全に消し、即刻逃げた。


「……あぁ、ホタルちゃんか。まだやで。今、準備してきたところやからな」

「ふーん、そっか。そういえばさっき誰かいた?」

「まぁな。もう、おらへんけど」

「えー、おにいちゃんになってもらおうと思ったのに」

「ま、もうすぐ鬼みたいな数できるで。おにいちゃんが」

「へへー、たのしみだな〜」


 ホタルと呼ばれた女の子はスキップしながら、適当にどっか行った。


「あんま遠く行かずちゃんと戻って来るんやでー! ──ふぅ……あんなガキンチョにゴマするくらいなら棄権したいわ。ま、機嫌損ねて死ぬんはワシらか……。やっぱ危険やなぁ、SS級の異端者ってのは……」

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