59.人語を話せる魔物がいたよ!


『こんマイリー♪ マイマイです! 今日はシブヤダンジョンにやってまいりました! てか、ダンジョン配信するの久しぶりなんだって! わたしはそんな感じしないんだけどな〜』


 危険等級B級、攻略間近のシブヤダンジョン。

 洞窟や森、水辺に砂漠と、環境が闇鍋状態になっている当ダンジョンの最大の特徴は、とにかく魔物の数が多いところだ。倒しても倒しても、短い間隔で永遠にポップし続ける。

 厄介ではあるが、修行にはうってつけの場所だ。


『はぁ! とりゃー! いえーい!』


 吾妻は新しく買った、アーリークローン製のちょっといい剣を魔物に振るっていた。

 本当はもうオーダーメイドの天空堂製品が良いし、金銭的にも余裕はあるのだが、彼女はすぐに武具を壊すか失くすかするから簡単に与えられない。


『ふぅ〜魔晶石もいい感じに取れたねー。ん? あそこにも魔物が! とりゃあ!』


 草むらから覗く水色のスライム。

 吾妻は遠慮なく剣を振り──


『わわわっ! ストップストーップ!』

『おっとと……お兄ちゃん声変わりしたー?』


 否定の意を込めて、カメラを左右に振る。


『こっち! こっちだよ!』

『んん? ……ふぇっ⁉︎ 今スライムが喋った⁉︎』

『スライムじゃないよ! ……いや、今はスライムの姿なんだけどさ……ワタシは立派なにんげんだ!』


 草むらから完全に姿を現したスライム。

 全体はプルプルとした水色のボディ。いかにもスライムの見た目であるが、クリッとした瞳がこちらを見ながら(斬らないでぇ……)と懇願している。


『はっ! 人語を話せる魔物……もしかして異端者!』

『いた? よく分かんないけど、ワタシはにんげん! 大出結衣おおで ゆい、女子高生だよっ!』

『オーデュイ?』

『大出結衣だっ!』

『お兄ちゃん! この子かわいい! うちで飼おうよ!』

『人の話聞けよっ‼︎』


 スライムはポヨンと縦揺れしながら、プンスカ怒っていた。

 とりあえず敵意もなければ危険性もなさそうなので、彼女の話を聞くことにした。

 何が素材になるか分からない以上、大出の許可を得た上で撮影は続行する。



『それで、オーデュイは──』

『大出……もういいよ、それで』

『どうしてスライムになったのー?』

『いや、詳しくは分かんないだけどさー。学校帰りに渋谷で遊んでたらダンジョンに入っちゃったみたいで。気付いたらスライムになってたんだよ!』


 シブヤダンジョンの入口はファッション最先端の聖地、シブヤ10Qいちまるきゅーの建物内にある。

 地下二階までのはずのエスカレーターが地下三階に続いており、下りればそこがダンジョンとなる。

 だが、シンジュクほどではないが、ここ以外にも入口は複数見つかっている。きっと未発見だった入口の一つから迷い込んでしまったのだろう。


『なるほどなるほど。つまり、オーデュイは人間に戻りたいってことか』

『そりゃ、もちろん! できそうかな?』

『もちろん! だってわたしは最強のダンジョンストリーマーだからね!』

『おぉ〜! やっぱりダンジョンストリーマーだったんだ!』

『ふふーん。チャンネル登録者数100万人突破! 今1番勢いのあるマイマイチャンネルのマイマイだよー!』

『おぉー! マイマイ〜! 知らないや』

『ガーン』


 凄いドヤ顔で自己紹介した吾妻だが、100万人超えてても知らない人の方が圧倒的に多いんだ。調子に乗るな。


『うーん、ワタシ配信とか色々見てたんだけどなー。最近始めたの? ならすごいね!』

『えっへへ〜。そうでしょ〜。それにしても、どうやってオーデュイを人間に戻そうかなー? わたしだったら最強だから気合いで何とかなるけどなぁー』

『気合いでなんとかならないから困ってるんだよぉ……』

『まぁ、そうだよね。お兄ちゃん、何かいいアイデアないー?』


 撮影する俺に尋ねる吾妻。

 大出……オーデュイも目をパチパチさせながらこっちを見る。


『恐らくだが、オーデュイ……大出さんは怨呪にかかっている』


 ダンジョンを探索していると、前触れなく災厄が降りかかる。

 何を以て?

 条件は?

 かかる共通点は?

 解明が難解しており、狙われてしまえば不可避の呪い……それが、怨呪だ。


 周囲では、辛い記憶ばかり思い出させ続けられる野田や、五感が不自由になった植山の付き人、大城、保科、中島などがいる。

 ただ、野田の場合は下池が側にいることでストレスを緩和させ、大城たちは宝具:白湯華があれば治るのではないかとされている。


 ただ、オーデュイのように体全体がスライムに変容した場合は、治療作用のある白湯華では効果があるとは思えない。


『怨呪を解呪するには効果によって様々だ。まずはスライムになった経緯を詳しく思い出すことと、身体を細かく調べないとな』

『おぉ、わかったよ……。でも、あんまり覚えてないんだよなぁ。クレープ食べながら渋谷を歩いててぇー。近道しよーっと思って、んー……? 思い出せないや』


 オーデュイが疑問に思うと、それに合わせて水色の〝?〟マークが頭に実物となって浮かぶ。


『なら、身体を調べるか。見たところ普通のスライムと違って核は見えないし、そういった点からも何かヒントが──』

『わわわわ……』

『こらお兄ちゃん! ダメ!』


 俺がオーデュイに手を伸ばそうとすると、吾妻がギュッとスライムを抱き寄せる。


『オーデュイは女子高生なんだよ、JKスライムなんだよ! 触ったら変態だよ!』

『そうだぞー! ……あれ? スライムJKじゃなくて、JKスライムなの? スライムじゃん、ワタシ』


 確かに吾妻の言う通りだった。

 配慮が欠けていたとしてオーデュイに謝罪し、吾妻にスライムの体を調べてもらうことにした。


『モチモチでヒンヤリ〜』

『のわっ! くすぐったい!』


 ろくに調べもせず、ただ自分の欲望のままにオーデュイを弄ぶ吾妻。こうなることは分かっていた。

 とりあえず側から見る限りでは、何か紋章が刻まれていたりだとか、原因も解呪のヒントもなさそうだ。


『んんっ⁉︎』

『どうした吾妻?』

『わ、わたしの手が……すっごいスベスベになってるー!』


 元より綺麗な吾妻の手が、さらに磨きがかかって光り輝いているように見えた。


『オーデュイのこの体には美容成分が含まれてるって分かったね!』

『おぉっ! ワタシすごっ!』


 ……そうか。

 特に意味のない情報を得られたところで、ひとまず荷物を持って立ち上がる。


『おっ? お兄ちゃん、どうするの?』

『シブヤダンジョンを一旦探索だな。ここで怨呪にかかったわけだし、危険だが細かく調べてみよう』

『そうだね! だいじょーぶ! わたし最強だし、呪いなんて倒しちゃうからね!』


 物理的なものではないんだが……まぁ、多分吾妻なら大丈夫な気はする。


『おぉっ……! ありがとう! に勇気出して話しかけてよかったよ!』

『うん‼︎ ……ん? 3人?』

『え? マイマイチャンネルって3人組じゃないの? ずっと後ろにいるじゃん──今も』


 ──次の瞬間、俺たちは頸を深く斬られ、血で辺りを赤く染めた。


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