58.話しかけるのは自分から!そしたら人気者まちがいなーし!


「もしもし松實です。あ、まちがえた! まちがえたから切りまーす! ガチャッ」


 プルルルル……


「もしもしお電話ありがとうございます♪ アーリークローン株式会社のオペレーター、松實です! えっ、何をそんなに怒ってるんですか? あ、クレーマーですね。えっ、ワタシの態度? いやー、よく褒められるんですよねー。松實さんと話してると笑顔になれるよって、みんなから言われるんですよ〜。あ、切られた」


 松實は受話器を置いた。


「ふ〜、我ながら完璧な仕事だぜ」

「松實さん、ちょっと」


 コールセンターのお局である上司に呼ばれ、松實はテテテと付いていった。


「先程からあなたの仕事見ていたけども、どういうつもり?」

「お、ワタシ業績1位⁉︎」

「んなわけないでしょ! あと、クレーム対応の業績はどうやって測るのよ! いい? とにかくお客様に寄り添って、相手が何を求めているのかを親身になって聞き出すの。それから具体的な解決と案内を。最後まで丁寧な対応を心掛けるの。あなた今まで可愛いからって甘やかされてきたんでしょうけど、ここでは顔が見えない……って、照れてる場合か!」


 当然のことだと鼻を高くして、デヘデヘと自身の後頭部を撫でる松實。

 その後もガミガミとお局の説教は注意に留まらず、若さと可愛さ故の嫉妬からか人格否定も入り出した。

 しかし、松實は効いていないし、そもそも聞いていない。


「あー、おばさん」

「誰がおばさんだ!」

「若くて可愛い女の子ばっか怒ってるおばさんは見苦しくて燃えるよー」

「キー! あなたね‼︎」


 思わず出そうになった手をパッと止める男性が現れる。


「ダメですよ。女の子に手を上げちゃ。それに、せっかくの美しい手が傷付くのも僕は見たくないですし」

「あ、あなたは……!」


 アーリークローン営業部所属。

 業績一位をぶっちぎりで16期連続で取り続ける高身長イケメン。


西本賢次郎にしもと けんじろうしゃん……♡」


 高スペック男性を前に、お局は初めて恋する乙女のような反応を見せた。

 それだけでない。周りにいた女性社員もメロメロ、男性社員からも信頼が厚い、正にこの会社の未来を背負っていく人物である。


「ど、どうして、こんな辺鄙なところに……?」

「辺鄙だなんて、僕たち会社を支えてくれる大切な場所じゃないですか」

「キューン!」

「少し顔出しに来ただけですよ。社内の皆のこと、僕は一人一人ちゃんと知っておきたいですし。ね、小坪おつぼ恵那えなさん」

「ギューン‼︎」


 名を呼ばれたお局はノックアウト。

 西本は営業部の人間だが、コールセンターやマーケティング戦略、人材育成に派遣、そして会社の本業である武具製作や流通の全てに精通している。

 正にアーリークローンが誇るスペシャリストだ。


「君が最近うちに入社した松實幸さん、だよね? 仕事には慣れたかな。どうだろう、親睦も兼ねて良かったら一緒にランチでもどうかな?」

「えー、下心見えてて、キモーい」

「……え?」

「ワタシ、さんしょーちゃんとご飯食べるからー! あ、おひるごはんの時間だ! バイバーイ‼︎」


 初めての反応に西本は絶句した。

 他の社員もまさか彼を振るなんてと、松實にヘイトを向ける人もいれば、大型新人が現れたのではと期待を寄せる人もいた。


「……ふふっ、おもしれー女」


 西本が微笑み、新たなラブコメが……始まることはなく、松實はフラフラと会社を散歩していた。

 探求省の彼女には、もちろんアーリークローンに来た目的があった。



「最近、田中先輩来ないですね」

「結構重い病気だったりして。ほら、咳も多かったじゃん」


 田中虹穂。

 これまで未確認だった異端者の一人として名前が挙がった人物。

 この会社のコールセンターに勤めており、その潜入調査で松實はやって来たのだ。

 だが、当の本人は9月3日以降、出勤しておらず今後も来ることはなさそうだ。


 同僚の話を聞く分には田中はかなり優秀で、仕事で分からないことがあったら彼女に尋ねればいいほどである。

 ただ、プライベートでの人付き合いはなく、素の彼女は誰も知らないようだったが、それで別に変わった様子は特にないという。

 誰にもバレず、ただただじっと人間社会に溶け込んでいたようだ。


 松實はさらに情報が聞けないかと、給湯室で油を売る女性オペレーターの話に聞き耳を立てていた。

 入口付近の壁にピッタリと体を付けて、中を覗く。彼女たちが振り向けば、生首が浮いているように見えるくらいにはしっかり覗く。


「そういえば、来週渋谷行きます?」

「なんで?」

「ほら、異端者人権デモですよ。おもしろそーだし行ってみよーかなって」

「私無理だわ。あれってさ、言ってしまえば人型の魔物でしょ?」

「そーですけど、ハザマっていう異端者がちょーイケメンなんですよー」

「面食いが」



 松實はスイーッと顔を引っ込めて、ビルの一階にある駐車場に向かった。

 そこでは三昌が潜入調査で働いていた。

 その駐車場は主にアーリークローンの社用車と来客用しか停めないが、何人かが個人で契約して自家用車を停めている。

 田中もその一人だった。

 車を購入するためには、当然、免許証や住民票を取り揃えないといけないわけだが、なぜ彼女は引っかかることなく通ったのか……。


 探求省が裏で調査を進めているが、とりあえず松實がその答えに辿り着くことはない。


「……うーん、あんまり面白い情報聞けないな〜。あ、さんしょーちゃーん! 迎えに来てあげたよー、お昼食べよー」

「……え。あ、あぁ。来たんだ。じゃあ、行くか」

「やっぱ、ショーンは松實さんいないとダメだね」


「ちょっ……」と、三昌は自身の上司、山﨑やまさきさんの口を止めようとしたが、「そうなの!」と松實の声量に負ける。

 ちなみにショーンとはバイト先で呼ばれている三昌のニックネームだ。


「さんしょーちゃんはねー、ワタシがいないと何もできないんだよねぇ〜」

「そんなことない!」

「今日もショーンの人見知り凄かったよ。ずっと震えてた」


 三昌は松實がそばにいないとコミュ障を発動するのは本当だ。

 先程も大人の男性に囲まれて、目を逸らし、アワアワと身を震わせていた。


「えぇ〜、さんしょーちゃんかわいい〜!」

「うるせぇ! 早く昼ごはん食べるぞ!」


 松實はその適当さから仕事がろくにできていないが、三昌もまたその人見知りから誰からも情報を得ていない。

 ようやく上司の山﨑さんと簡単な会話ができるようになっただけで、まだ目は合わせられない。


「おひるはここのハンバーガー屋さんにしよ! すいませーん! パンケーキくださーい!」

「ハンバーガー食えよ」


 アーリークローン本社近くにあるハワイアンバーガーが売りの店にランチに来た松實たち。

 松實はデザートである季節のパンケーキを、三昌は少食なのでフライドポテトだけを頼んだのであった。


 ──彼女たちは知る由もないが、この時に対応した店員は猛李王だった。

 NewTube活動の収益が乏しくて……ではなく、ただ出会いを求め、若い女の子が多く来店する、若い女の子ばかりが働く店舗でバイトを始めたのだが、彼もまた人との会話が弾まずに誰とも仲良くなれずにいたのであった。

 ちなみに、女性店員はみんな彼氏持ちである。

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