57.復帰祝いといえば、やっぱり焼肉だよね‼︎‼︎


「おぉ、久々の地上だー!」


 探求省は霞ヶ関のに存在する。

 内部に入るには、他省庁の建物内を通る必要がある。誰が探求省職員か一目で付かないようにするためだ。

 設立当初は特段気にすることはなかったが、十数年前に起きた職員襲撃事件を経て、大臣以外顔出しは避け、本部は地下に移され、職員のほとんどが丸々すげ替えられた。だからこそ、若い人も多い。

 もしかすれば、当時の犯人は実験や拷問に反発した異端者だったのかもしれない。


「おにく〜!」


 そんな色々と暗い過去がある探求省が一新してからは、イメージアップの一環として、魔物の肉が一般人でも食べられる焼肉屋を霞ヶ関にオープンした。

 固定のメニューなどはなく、獣型の魔物を中心に、時には変わったものが提供される、予約が取れない人気店となっている。


「今回は僕の奢りです。好きなだけ食べてください」

「わーい!」


 吾妻に何か頼み事をしたい場合は、ふわふわモチモチの物をあげるか、美味しい食べ物をあげればいい。

 とても単純でチョロい奴だ。

 だが、想像以上に食べるので、永田の口座の数字から0が一つ飛ぶこととなるのを、彼はまだ知らない。



「ん? あれってえりにゃんじゃない? おーい!」


 店内をコソコソと覗き込むのは、細いフレームの眼鏡をかけた完全オフ姿の野田絵里奈だった。


「ギクッ⁉︎ ……あ、マイマイ! 良かったぁ、見つかったって聞いてたけど、元気そうで本当に良かったぁ……」

「えへへー、心配かけてごめんねー」


 野田をはじめ、関わりのある人にはみんな無事帰ってきたと連絡済みだ。すぐに安堵と祝福の返事がきた。

 金子からは『すぐそっち行く。どこ?』とあったので、未読無視している。


「えりにゃんも焼肉食べに来たのー?」

「いえ。アタシは、夏菜がここで働いていることが心配で見に来たのよ」

「え! なつにゃ働いてるの⁉︎」


 どういうことか永田に問うと「下池さんも同じく保護したのですが、野田さんの探索に付いていくと駄々をこねまして……」と答えた。

 あぁ……確かお茶会の時に、下池は野田に対して深過ぎる愛情を見せたことがあったな。


「しかし、さすがにダンジョンは認められなくてですね。すると、お金がないからせめて働かせて欲しいと懇願されまして……」

「えりにゃんチャンネル金欠なのか?」

「まぁ、可愛い服とか化粧品あったら買うしかなくない?」


 あ、こいつが散財するんだな。

 ダメ男に貢ぐ彼女みたいに下池はなってるな。

 いや、キャバ嬢にブランド品を捧げるおっさんと同じか?

「わかるー!」と、吾妻は同調しているので、改めて金銭管理は那緒子さんがやっていて良かったと思う。


「そういえば、以前松實と三昌がお世話になりました。マネージャーの永田兎羽です」

「あ、いえいえこちらこそ。その節はありがとうございました。もしかして探求省の方々ですか?」


 探求省職員は身を明かさないようにと推奨されているのみで、規則ではないので永田は素直に認めた。



「じゃあ、みんな仲良くなったところで! なつにゃのお肉食べよー!」


 吾妻が意気揚々と入ると、焼肉屋定番の黒色の制服を身に纏った下池がさっそく出迎えてくれた。


「いらっしゃ……絵里奈……! それに、吾妻さんも」

「なつにゃ! かわいいー! 似合ってる!」


 これ以上店内で騒がれても迷惑なので、とりあえず席に案内してもらった。

 今日は、牛型の魔物から採れた肉がオススメらしい。

 ほぼ普通の焼肉と変わらないが、とても美味しくいただけた。

 カルビ、ロース、タンと……これ、魔物と謳って、ただの牛肉出してないよな?


「夏菜がしっかりと働けてるみたいでよかったー。今までこうして一人で働いたことないからさー。心配してたんだよねー」

「野田一人でダンジョンに行こうとしなかったのか?」

「別にアタシはいいけど、夏菜が止めるし。もう、心配なんてさせたくないしさ」


 シンジュクダンジョンの件から、お互いに思っていることは素直に言うようになった二人。

 関係性は以前よりも良好のようだ。


「肉うまー!」

「すみません、僕が育てた肉なんですが……」

「うまーい!」


 向かいに座る野田と話している間、隣の吾妻と斜向かいの永田は肉を争っていた。

 吾妻が全勝中である。


「あ、勘違いしないで欲しいけど、アタシだってバイトしてるからね? 友達の紹介でラーメン屋で働いてるの。RYURYUチャンネルにも紹介された店なんだから」

「んー! ラーメン屋に行きたーい!」

「僕の玉ねぎ……あぁ……。にしても、ダンジョンストリーマーの皆さんは本当に厳しいようですね」


「どういうことだ?」と質問すると、永田が育成中の肉を吾妻と野田に盗られることも構わずに説明してくれる。


「異端者の宣言により、探求省のみならずダンジョンストリーマーも知ってたのではないかと、信頼が落ちましてね……。登録者数が減っただけでなく、NewTubeに広告を出す企業が減ったことで、収益も渋くなったんです」


 NewTube広告は海外企業のスポンサーが多い。

 となると、そういった異端者には敏感だろうから、早期の撤退を図るんだろうな。


「もぐもぐ……んっん。だから今、ストリーマーの間でも格差が凄いのよ。四皇まで行くと変わらず人気はあるけども、アタシたちくらいのレベルじゃファンも離れてくのよ」

「なるほどな……しかし、マイマイチャンネルは休止中も減ってない、むしろ増えてるんだが……」

「マイマイ可愛いからでしょ。当たり前じゃない」

「すみません、僕が思うに切り抜きチャンネルの影響もあると思いますよ。吾妻さんが行方不明の間、よく切り抜きを見かけた覚えがあります」


 ……そうか。金子がずっと頑張ってくれてたんだな。

 最新のを見ると、『マイマイズッコケ集』『舐めプ集』『悪意のある編集集』『カメラ目線ピース集』と……マニアックだな。よくあの素材数でここまで作れるな。

 申し訳がないから、未読無視していた金子に返信をした。即刻、既読が付いた。


「ファンのみんなには何か待たせちゃったみたいだしなー。しあさっての土曜日には、ダンジョン行こうね!」

「まぁ、そのつもりではあったが……まずは明日の学校。夏休みの宿題、遅れたけど出そうな」

「は?」


 は? じゃねぇよ。

 二ヶ月近く欠席してるんだぞ。

 高校の勉強、ただでさえ置いてかれているのに、こっちの方を死に物狂いでしないとだぞ。


 と同時に、来週のハザマたちの方も何とかしなきゃいけない。

 俺が考えた現状の作戦を話す。


「……なるほど。こちらで手配します。他に何か手伝えることありましたら、何でも言ってください」

「アタシも。マイマイのためなら協力するよ」

「あ、今度はこれ食べたい! ハート!」


 吾妻は相変わらず話を聞いていない。

 作戦などなくても、最強だから大丈夫ということなんだろう。あと、多分理解できていない。


「おっけー。すみませーん」

「絵里奈呼んだ?」

「はやっ。あ、ハート注文していい?」

「ハート? う、うん……」


 下池は照れながら、両手でハートを作り……こちらにウィンクした。

 頬は赤く染まり、「へへ……」と微笑んだ。


「ん? あー、違う違う。肉の部位の話ね。ハート。ハツ。心臓のことよ」

「ふぇっ⁉︎ あ、うん、すぐ持ってくる!」


 下池はさらに顔を赤くして、注文を厨房に届けた。

 異端者の知能は最低でも人並みにあるはずだが、たまに常識が欠如することがある。


「……ぐっ、今の夏菜、可愛かったな……」

「ね! なつにゃかわいかった〜!」

「すみません、ありがとうございます……」


 そして、威力は抜群である。


 ちなみに余談だが、店を出た俺は待ち伏せしていた金子にアッパーを喰らった。

 その後、すぐに彼女は吾妻を強く抱きしめて、近距離で匂いを嗅いでいた。

 こちらもまた色々な意味で威力抜群であった。





 

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