38.わたし最強なんで、不死身です!!!


「……あぁ、ははっ、やはりハザマの聞いた通り、だよね」


 仰向けに倒れる初瀬川。さすがにもう動けないようだ。

 本気の一撃を二回も喰らわせてはみたものの、異端者は本当にしつこくてしぶとい。


「やはりハザマと繋がっていたか。お前らの狙いは俺だったんだろ。吾妻を傷付ける必要はないはずだ」

「いやぁ、正攻法ではいけない、だよね。あの女を傷付ければ手っ取り早いと思いましたが、逆鱗に触れるだけでしたか……。だが、確信しましたよ。あの女は早めに消しておくべきだ。若い芽を摘むみたいに、だよね」


 情報を聞き出すために生かしておいたが、この危険因子こそ早く摘み取っておいた方がいい。


「──東くーん……! おーい……‼︎」

「……っ⁉︎ 吾妻っ⁉︎」


 俺が宝具を振りかぶったところで、吾妻の声が鮮明に聞こえてきた。


「ほら、言ったとおり、だよね。早めに消さないと、我々どころか人類の敵にすらなる、かもね……」


 初瀬川は宝具の力で砂となり、風と共に空間に溶け込んで逃げ仰せた。

 先に宝具を壊しておくべきだったか。

 いや、今はそれよりも彼女だ。


「吾妻、お前怪我は……」

「ん? あぁ、寝たら治ったよ! わたし最強だからね〜」


 そこに遅れて永田たちもやってきた。

 何か彼らの力、もしくは白湯華などの宝具を使用したかと聞いたが、誰も何もしていなかった。

 ただ、永田の宝具で彼女の流れる時間を遅らせただけ。

 たっぷりある時間の中で睡眠を取ったことで、完全回復をした。

 ……そんなことが人間にありえるのか?


「ねぇねぇ、ケーシィはどこ? あんな悪い奴わたしがぶっ飛ばしてあげるよ!」


 シュッ、シュッ! とシャドーボクシングをする吾妻。相変わらずアホなことをしている。

 とにかく……元気そうで本当に良かった。


「ねぇ、東く、ふぉぁっ⁉︎」


 俺は思わず彼女を抱き寄せていた。

 演者と裏方。異性のクラスメイト。表向きは兄妹を演じているが、カメラが回っていない手前、安心からこの行動を起こしていた。


「……本気で心配したんだ」

「おぉふ……ご、ごめん」

「あいつは、吾妻さんに恐れをなして逃げたよ」

「あ、やっぱり〜⁉︎ わたし最強だもんねー!」


 こうしていたのはほんの僅かだったと思う。

 だが、彼女の存在をずっと感じていたかった。

 生きていてくれて良かった。


 ──そうでないと、彼に合わせる顔がない。

 約束は必ず果たす。たとえ、俺が死んだとしても。



「……うぅ、傷付いたワタシもハグしてほしー。さんしょーちゃーん」

「おらぁ‼︎」

「わーん! いたーい‼︎」

「何馬鹿なことしてるんですか。に報告しますよ」

「さんしょーちゃんがわるい!」

「私は悪くない‼︎」



   **



 本来はカルイザワダンジョン内で野宿をするつもりだったが、それは取りやめてダンジョン近くの病院にすぐに行かせた。

 しかし、医者からは「特に問題ありませんね」と言われただけで、念のため程度の鎮痛剤を貰うだけで終わった。

 松實は入院になった。


「ユッキーが心配だからちょっと様子見てくるね!」


 吾妻は廊下を走って、三昌と共に松實の病室に向かった。

 走るな、病院で。

 

 ……だが、本当に彼女は数時間前まで、生死を彷徨っていたのだろうか。

 吾妻舞莉。ずっと俺は君を見守ってきたはずなのに、一体……


「東さん」


 丑三つ時。

 病院の明かりは最低限のものと非常灯のみで、あとは外からの月明かりのみだった。

 そんな暗がりの中から現れた永田に、俺は呼び止められた。


「今回はありがとうございました。危険な異端者を退かせていただき助かりましたよ。ほんと東さんは良い異端者の方だ」

「……全て知っていましたか。もしかして永田さんも……」

「すみません、僕はただの人間です。ただ、異端者をする側ですが」

「っ⁉︎ 探究省の人間……!」

「えぇ。探究省所属、迷宮内部調査官の永田兎羽です」


 探究省はダンジョンに関する全てを取り扱う省庁なので、当然多くの組織が内部に存在している。

 彼の仕事は、言うなれば探索者と殆ど変わらない。

 ただ国直属になるので、相当な実力が求められる──彼のあの蹴りを見れば、それは一目瞭然か。


「なぜ国家公務員が配信活動をしているんですか」

「あれは……あの二人のワガママです。彼女たちも同じ班に所属してますが、まぁ、しつこくて……。それで顔出しなしであればと、許可しました。隠しててすみませんでした」

「別に構いませんよ。探究省の人間は公言するべきでないと言われてるでしょうから」


 理由はひとえに恨みを買いやすい職業だから。

 悪人や犯罪組織、某国にとっては宝の山であるダンジョンをまとめて管理する探究省の存在は邪魔だ。

 だが、一番に彼らを狙うのは──


「何故それを異端者である私に教えたのですか」

「あなたは信用できると思ったからですよ、東亮さん。毎月の定期検診も欠かさずに来ていますし、社会生活にも問題なく溶け込めています。そして何より、僕たちを守ってくれたじゃないですか。これだけの理由が並べば説明するには十分かと」

「それでも正体まで明かす必要はなかったはずだ。本当の狙いは何ですか」

「……すみません、バレますよね──近々、SS級ダンジョンを攻略する動きがありまして。そこで、東さんたちにも攻略隊として参加してもらおうかと思いまして」


 わざわざ頼み込まなくても、探究省の指示なら行かされるというのに。

 いや待て。東さん


「ええ。察しの通り、マイマイこと吾妻舞莉さんにも参加していただけないかと」

「ダメだ」

「すみません、僕だけの意思ではひっくり返ることはないんです。龍型のレイドボスを討伐する証拠映像まで残ってますから」

「それでも彼女はまだB級だ。SS級なんて、当分……」

「東さんも知っているでしょうが、僕はこの目で見ました。普通では考えられない自然治癒力を。寝ていただけなのに、誰かに縫合されるように傷が塞がり、気付いた時には治っていましたから。僕たちとしては、彼女を研究させてもらいたいくら──」

「やめろ」


 俺は戦闘体制を取った。

 ここが病院だろうが、相手が政府の人間だろうが知ったことではない。


「すみません、怒らせてしまいましたか。僕にはその気はないですよ。ただ、いずれ他の政府の人間に本格的にバレるかもしれない」

「その時はお前らを排するだけだ。……だが、そうなる前に、吾妻については俺が調べる」

「なるほど……。すみません、お手数をおかけしますが、できたら共有していただけるとありがたいです。もちろんそのまま上に流すのではありません。情報を精査し、東さんたちの都合の良いように資料を整えておくだけです。それが、僕たちのできる精一杯のお礼ですから」


 俺も彼女については知りたくなった。

 共有する代わりに、当然政府が掴んだ情報も共有してもらうという交換条件の元、話は成立した。


「では、SS級ダンジョン攻略についての話は──」

「えっ⁉︎ なになに〜⁉︎ 何の話⁉︎」

「あ、吾妻さん。……すみません、長話がすぎましたかね、では、これにて失礼します」


「えー、何の話だったのー?」と立ち去る永田と入れ替わりに吾妻が走って来た。

 病院では走るな。それに叫ぶな。

 とにかくさっきまでの会話を深く聞かれたくなかったので、「松實は大丈夫そうだったか」と話を逸らした。


「うん! ふぇふぇ言ってたけど、大丈夫だと思うよ〜」

「そうか……」

「……ん? どうかした?」

「今度さ、吾妻の家に行ってもいいか」

「うん! ……えぇっ⁉︎」


 今は夏休み。

 この時期に友達の家に遊びに行くのは、よくある話なんだろう? それにいつもお世話になってる(している)お礼をお母様には直接しておきたいことだし。


 ただ、彼女を知るためとはいえ、吾妻のプライベート空間に立ち入るのは緊張する。

 いきなりストレートに突っ込み過ぎただろうか。怪しまれているかもしれない。


「う、うん……いいけど、絶対引かないでよね?」


 心なしか吾妻の頬が赤くなっていたので、風邪だと疑い、もう一回医者に見せたが、超健康体だと言われて突っぱねられてしまった。

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