37.いい身体作りには栄養バランスから!マイマイクッキングパート1‼︎


 永田が宝具の力で吾妻の残り時間を引き延ばし、松實と三昌が彼女を運び出してくれる。


「ふぅむ、どうせ後で始末するから大丈夫、だよね。私も油断はできない、だよね‼︎」


 高速で突進してくる初瀬川、反撃を恐れないからこそできる筋肉の弾丸。

 俺は縦方向に避けてから距離を取る。

 彼の力の前では近寄るだけでも危険だ。

 遠距離から弾丸を撃ち込むも、効いているとは思えない。


「逃げてばかりじゃ面白くない、だよね。ファンが喜んでくれないよ〜」


 ならばと、俺は初瀬川のカメラを撃ち抜いた。

 機械はこんな簡単に壊れるというのに、こいつには傷一つ付かないのか。


「あぁ⁉︎ せっかくの映像データが台無し、だよね! あなたはファンの需要を何も分かっていない、だよね」

「需要だと?」

「あぁ、そう、だよね。本来動画とは表現方法の一つだったはず、だよね。それが、規制が厳しくなりガイドラインに反したものであればすぐに削除されてしまう、ただの道具に成り下がってしまった。芸術や言論は悲しき平等の下に同じ目に遭っている! 人間は都合の悪いものは排して、ぬるま湯で安心したいだけ、だよね」

「つまり、俺たち異端者も同じ扱いを受けていると言いたいのか」

「だよね‼︎ やはり私たちは思考は同じ、だよね! マヨネーズを譲ってあげる、だよね!」


 嗜好までも同じだと思いやしないがな。

 俺はお前のような主語と声がデカい奴は嫌いだ。


「人間にもつまらないと思ってる奴が大勢いる。だからこそ我々が、刺激的な作品をお届けしてる、だよね。〝歌ってみた。〟の動画よりもこちらの方が何十倍も再生回数が多い、だよね」


 表では大人気の顔を隠した歌い手、ケーシィ。

 動画をひとたび公開すれば、再生回数は何百万は確実なはずだが、それすらをゆうに超えるというのか。

 ディープウェブの利用者数は、世界でどれだけいるのか計り知れない。


「うむ、あなたばかり遠距離攻撃はズルい、だよね。こっちもやってみる、だーよ……ね‼︎」


 初瀬川は浮いている傘を空中から引き抜き、折り畳むと、遠投用の槍みたく投げて来た。

 投擲の速さに反射的に胸を反らす。後方では無惨に破裂する音が聞こえてくるが、振り返って確認する余裕はない。

 次々と投げてくるので、宝具:海日で逸らして防ぐが、一つ一つ腕にずっしりと重みが響く。


 だが、彼が移動せず、身体を開いている今がチャンスだ。

 横殴りの傘の雨を潜り抜け、眼球を宝具:海月で狙い撃って視界を奪い、俺は初瀬川の元まで一気に距離を詰める。


「ぐぅっ!」


 ……全身が誇れる筋肉で覆われてあっても薄い部分はある。

 それは関節だ。

 筋肉があれば曲がるのを邪魔するわけなので、必然的にここは他よりも細くなる。


 海日で初瀬川の右腕を斬り落とそうとするが、振り切れない……!

 ……砂⁉︎ 刃先が砂製の盾で防がれていた。


「残念、だよね。私も宝具を持っている、だよね!」


 視界を奪えていない。瞼を閉じることで弾丸を受け止めたのか。どんな筋肉の使い方だ。

 初瀬川の目からは、届かなかった〈アクアクリア〉が涙のように流れている。


 すぐさま離れると、先程までいた場所は地面からの突き上げにより土と砂に包まれた。

 立ち上がる砂柱の中を真っ直ぐ歩いてくる初瀬川は、筋肉部分を固く黒い砂で、関節部分に柔軟性のある白い砂を纏わせていた。


「宝具:砂土棒拡声器サドスティックマイク。私は歌い手、だよね。やはりあなたには本気で挑むには歌わないと、だよね!」


 ハンドマイク型の宝具で彼が「マヨネェェェズ‼︎」と叫ぶと、辺りが震え、共鳴し、砂と土が彼の思うままに動き出す。


「さぁー! 決着をつけましょう、だよねだよねぇ‼︎」


 砂が舞い、礫が肌を切り裂く。

 天気は砂嵐。傘はたくさんあるのに何の役にも立たないようだ。

 ……さすがはS級ダンジョンの異端者だ。

 強大な力を思う存分に奮っている。


 だが、残念ながらその程度では、俺の命に

 誰にも届かせはしない。

 もう、吾妻たちは十分離れただろうか。


 宝具はダンジョンの遺産。

 ダンジョンから生まれた俺たち異端者は、ハコネの侘び寂びの時同様、宝具本来が持つ力を引き出せる。


「終わり、だよね‼︎」


 初瀬川が振るった両腕から、砂の柱が俺の体を貫こうと飛んでくる。


「……〈アクアクリア〉」

「むっ⁉︎」


 連射した弾丸が砂を濡らして、動きを鈍くする。

 宝具:海月の弾丸は、不純物が一切ない視認できない水だ。いわゆる子供が遊ぶ水鉄砲に変わりない。

 宝具:海日で砂柱を素早く斬れば、先端から摩擦で火が点き、いずれ全てを覆う。

 こっちも剣の形をした大きなマッチ棒でしかない。


 水と火を掛け合わせて、水蒸気を生み出し今度こそ相手の視界を奪う。


「隠れても無駄、だよね。こうなれば砂の世界で全部全部切り刻むだけ、だよね! 〈砂嵐後始末デザートはマヨ〉!」


 白い景色は茶色へと変貌するが、もうこれ以上の尺は撮るつもりないんだ。

 終わらせる。俺は初瀬川の懐にまで既に来ていた。


「そこは私の腕の届く範囲、だよね。潰れて消えるんだよね‼︎」


 初瀬川が蝿を叩き潰すように腕を閉じるが、俺は両手でそれぞれ受け止める。


「ぐっ⁉︎ 動かない、だよね……⁉︎」

「圧倒的な力に対抗するためには何が必要か分かるか?」

「ま、マヨネーズぅ……?」

「知識や技術、ましてやマヨネーズでもない。……ただ、圧倒的な力を圧倒する力だけだ」


 瞬間にしゃがみ込むと、支えを失った初瀬川は前傾姿勢にバランスを崩す。

 すかさず俺は、下から七発の弾丸を胸に横一線撃ち込み、追いかけるように横一撃に斬り上げる。


「〈虹ノ雨カラーレイン〉」


 打ち上がった初瀬川は、上空で透明な水を放出しながら爆ぜた。

 降り注ぐ雨に砂嵐は止み、彩り豊かな傘によって俺は濡れずに済んだ。


 さて、奴は倒した。

 早く彼女の元へ──



「まだだぁっ⁉︎ まだぁ⁉︎」

「やはりしぶといな。だが、お前はもう共演NGだ」


 胸に一発撃ち込んだ弾丸を目印に、弧を描きながら辺り一体を全て薙ぎ払った。


「〈宵暁の境界線トワイライト=ホライゾン〉」


 濡れた熱い斬撃が、初瀬川に纏わりつく砂を固めて、あとは力任せに筋肉を断ち切った。

 彼と背景には同じ横線が繋がっていた。


「グワァァ⁉︎ ──これがSS級……さすが、だよね……」

「悪いな、格の違いを見せつけた。もっと栄養バランスを心掛けるといい。そしたら、より大きく成長できるさ」

「……だよねっ」



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