36.人を傷付けるようなことをしたらダメ! だよっ!


 ──どうして何も気付かなかった。

 手を伸ばせばすぐに引き止められたというのに、何故一人で向かわせた。何を俺は見落としていた。

 これは、油断が招いた最悪の結果。


「よし、邪魔、だよね」


 初瀬川は貫いた左腕を振り払うと、その方向に吾妻が飛んで行く。

 地面に落ちる前に急ぎ、受け止める。


「……吾妻、おい、しっかりしろ……吾妻‼︎」


 何度呼びかけても、吾妻は反応しない。

 でも、まだ微かに息はある。助かるかもしれないが、腹に大きな穴を空けられており、その猶予はそう長くない。


「おっと、このままでは顔バレ、だよね」


 初瀬川はポケットから黄色い覆面マスクを取り出して、被る。

 プロレスラーのような姿に、俺は一つの動画を思い出した。


 ディープウェブで名を轟かせる虐待系ストリーマー、ジャスティスマン。

 他の探索者を襲う様子を配信する、こちらもブラックリストに載る人物。

 ライセンスカードは偽装。入口では正体を騙って侵入し、カルイザワダンジョンを一人で悠々とここまで来たのだろう。

 すれ違った他の探索者がどうなったかは分からない。


 何よりこいつは、俺と同じ──


「異端者……!」

「その通り。トットリダンジョンの異端者、だよね!」


 危険等級S級、内部が砂に埋もれたトットリダンジョン。

 S級の異端者ならばかなり危険な力を有しているはず。なのに気付けなかった。

 それもそうか──本当の強者は、悪意や殺意を隠し、相手に能力を悟らせない。

 だからこそ容易に他者に近付けるのだ。


「いいのか。人気歌い手が異端者だとバラしても」

「構わない、だよね。何故なら誰も、ここから逃げられない、だよね!」


 今すぐにでも吾妻を連れて立ち去りたいが、無理だ。

 俺たちは生配信も収録もしていないから、今すぐ救助配信できる余裕もない。

 こいつをここで倒さないと、彼女は助けられない。


「まぁ、そう敵視しないで欲しい。実は私、同じ異端者としてあなたをヘッドハンティングしにきただけ、だよね」

「ヘッドハンティングだと……?」

「我々、異端者は世界から存在自体をなきものにされてきた。中には捕縛され、監禁、拷問を受けて帰らぬ者となった仲間たちもいる……」


 ……あぁ、確かにそうだ。

 俺と、それに下池はS級のライセンスカードを

 それは何かS級ダンジョン等で緊急依頼があった際、先発隊として滞りなく行かせるようにするためだ。

 月に一度は、必ず政府機関の元に赴き、色々と検査だってさせられる。

 もし、害をなすようなことをすれば……即刻処分だ。


「許せない……許せない、だよね! だから我々は異端者の世界を作りだす! そのためにはまずは力や仲間が欲しい! だよね! どうだ、東亮……あなたはSS級ダンジョンの異端者であると、我々は知っている……! さぁ、そんな雑魚は放っておいて、手を組もう! だよね!」

「断る。そんな世界に俺は興味ない。ただ──彼女と共に、色んな世界ダンジョンを冒険する。それができれば十分だ」


「……そうか。それは残念だ。ならば、ここで消しておくべき、だよね」


 初瀬川は懐から、ただのマヨネーズを取り出した。

 赤い蓋を外し、直接口内に注入する。


「チュー……ぷはっ、やっぱり力が漲るのに必要なもの、それはマヨネーズ、だよね!」


 隆々とした筋肉が、さらに肥大化する。

 マヨネーズをドーピング剤として、初瀬川が凶暴化しだす。


「あぁぁ……魔与怒厨マヨネーズ……これだから、マヨネーズはやめられない! だよね‼︎」


 巨大な拳で殴りかかる初瀬川。

 すぐ後ろには倒れている吾妻が。彼女を抱えて避けても傷を拡げるだけかもしれない。

 俺は初瀬川の攻撃を受け止めっ⁉︎ ぐっ⁉︎


「うん、今日も良い調子、だよね!」


 ……なんて重さだ。

 あまりの衝撃にその場で耐えることはできず、相当後ろまで飛ばされてしまった。


「──東、くん……」

「っ⁉︎ 吾妻⁉︎」

「だい、じょうぶ、だよ。わたし……さいきょ、だから、まもってあげる……ね」


 息が混じった消え入りそうな声をあげる吾妻。

 だが、彼女のすぐ側まで初瀬川は迫っていた。


「複数を相手する場合、最初にやるのは弱い方から。数も減らせて、強い奴の動揺も誘えるから、だよね‼︎」

「やめろっ‼︎」


 吾妻に向かって、振りかぶる初瀬川。

 次が当たれば確実に彼女は死ぬ。

 俺の悲痛な叫びに答えることはなく──初瀬川の動きは止まる。


「──宝具:ディサラレーション」


 突如として現れた男性が、停止した初瀬川の顔面を蹴り飛ばす。

 さっきの俺と同じようにして、向こうが吹っ飛んでいった。


「東さん、すみません。遅くなりました」

「……永田さん、どうして」

「このダンジョンを攻略した。その帰りです。松實が電話が繋がらないから心配として、探してたんです。もちろん彼女たちもいますよ」


「おっしゃぁ‼︎ ぶっぱなすぜぇ‼︎ 宝具:海月ぅ! 〈アクアクリア〉‼︎」

「あー、ねみゅいよー。宝具〜:海日マンボウ〜。〈パラレルパラレルゥ〜〉」


 三昌が透明な弾丸を大量に撃ち込み、松實が双剣で斜めに平行で斬りつける。


「……あれ、本当に彼女たちですか……?」

「すみません、あの二人、太陽が沈むと性格が逆転するんです。また、ご迷惑をおかけします」


 冷静だった三昌が狂気的なハイテンションになり、そのハイテンションだった松實が眠くなってローテンションになるローテーションを毎日繰り返してるという。


「この状態だと三昌は全く寝なくなるんですよ。困ったものです……」


 よく見れば永田の目の下には隈がある。四六時中、苦労しているようだ。

 ただ、あの巨体を蹴り飛ばせる永田を見れば、彼も相当な実力者だと窺える。これもまた、俺には感じ取れなかった。

 とりあえず彼は異端者ではなさそうだが。



「おらぁ! どうだてめぇ! もっと撃ち込んでやろうかぁ⁉︎」

「さんしょーちゃん、うるさいよぉっ、うぇっ、わぁ⁉︎」

「あはははは‼︎ おまえ飛ばされてやんのぉ! ぐへっ⁉︎」



 腕を掴まれた松實は、浮遊する傘に乗って見下ろす三昌の元まで投げ飛ばされた。


「ゲホッ、ゲホッ! いってぇな、おめぇ!」

「うぅ、腕折れた気がする……眠いよぉ……」


「……そんな、僕の宝具は対象を減速するもの。あんなに動けるはずが……」

「かーんたんな話、だよぉね。もぉっと速く動けばぁいいのだからぁ。筋肉があれば宝具をも凌駕する……だよね!」


 A級探索者トップが助けにくれたものの、それでも相手はS級の異端者。能力差は歴然としている。

 ……だが、絶望している場合ではない。


「永田さん。減速対象を吾妻に変えることはできますか」

「ええ。できますが……」

「それで吾妻の傷が開くのを遅くしてほしい」

「分かりました。ただ、すみません。僕ができるのは人間だと一人までです。そうするとあいつは元の速さに戻ってしまいます」

「大丈夫です。……松實さん、三昌さん」


「ふぇ?」「なんじゃぁ‼︎」と、言葉を飛ばされた挙句、傘の持ち手に引っかかってぶら下がりながら二人は返事した。


「片方ずつ宝具を貸していただけませんか。そして、できれば吾妻を守りながらこの場を離れて──」

「いいよ〜」「当たり前だぁ‼︎」


 二人は言い切る前にそれぞれ片方の宝具を投げてきたので、それを掴み取る。

 右手に剣を、左手に銃を携え、近接格闘の要領で構えた。


「今ならぁ、心替えしたら許す……だよね!」

「お前らの掲げる理想や正義は知らない。ただ、彼女の邪魔をするなら、俺はお前をぶちのめすだけだ」

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