35.マイマイはどんな依頼も引き受けますよ!
「わぁ! マイマイの連絡先ゲット〜♪ いいでしょー?」
「私も交換したけど」
吾妻は三昌と松實と。俺は裏方同士、永田と連絡先を交換した。
「じゃあ、この辺で。最近探索者が襲われる事件があるから、気をつけてね」
「うん! わかった!」
「いつかぜったいコラボしよーねー! バイバーイ‼︎」
「バイバーイ‼︎」
今回、カルイザワダンジョンにはとある仕事で来たので、初攻略を目指す彼女たちとはすぐに別れた。
「ふっふーん♪ 友達増えて嬉しいな〜。ユキカナちゃんたちと絶対コラボしようね!」
「チャンネル登録者数も多いしな。ファン層も似てるだろうし、いい宣伝効──」
「もう! そういうの関係なくコラボは楽しくするもんだよ!」
「……ちなみに今回のはコラボではないからな。出演するわけじゃないし」
「わかってるよ! コラボじゃなくても誰かと冒険するだけでも楽しいよ! だってだって、ちょ〜人気の歌い手さんのケーシィだよ!」
そう、今回は個人依頼でカルイザワダンジョンを訪れていた。
探索者として実力が付いて人気が出てくると、個人や団体から護衛や収集を頼まれるようになる。
それを業界用語で依頼、又の名を〝クエスト〟と呼ぶ。
依頼には三種類ある。
企業や団体から、武具紹介や魔晶石の回収、ダンジョン研究のお手伝いなどの仕事が任される、
国や探究省から出される、レイドボスの討伐やSS級ダンジョンの攻略など、早期に解決しなければならない重要性の高い仕事、
そして、今回のような個人や少人数からDMで仕事を引き受ける
この個人依頼は、閉鎖的な場で契約を結ぶため時折問題が生じることもあるが、ちゃんと人気歌い手の公式アカウントから連絡を頂いたし、おそらく大丈夫だろう。
「それにしてもダンジョンの中で待ち合わせなんて大丈夫かなー。入口から護衛したのにね!」
「顔出ししてないから、あまり人目に付きたくないんだろう。吾妻が騒いで周りにバラすだろうから懸命な判断だ」
「おぉー……って、そんなことしないよ⁉︎ でも、会うの楽しみだな〜わたし結構ケーシィの曲聴いてたりするんだよ〜。どんな人なのかな〜。ちょーイケメンだったりして!」
**
「はじめまして。ケーシィの名義で活動しています
「ゴ、ゴリゴリのハゲマッチョだぁ……‼︎」
初対面の相手に失礼過ぎることを言ったので、吾妻の頭に軽くチョップする。
ただ、彼女の言うことは正しい。
鉄骨みたいな腕、服がはち切れかけの胸板、根を張る大木のような足腰、そして光り輝く頭……筋肉がこれでもかと隆起し、主張が激しい。
だが、笑顔は爽やか極まりない。清潔感には溢れた人物だ。
「歌うためには筋肉や肺活量が必要、だよね」
「そっかー! 歌い手ってみんなそういうもんかー!」
事実そうではあるが、全員こうではないだろう。
「では、早速で申し訳ないのですが、目的地まで護衛お願い、だよね」
「おっけー! まっかせて〜!」
吾妻が先頭を歩く。
さっそく向かう方面が違うことを伝えると、ちょっとだけ頬を膨らませて戻ってきて、そのまま逆方向へと行った。
「それにしても、よくここまで一人で来られましたね。てっきり他に誰かいるのかと」
B級ダンジョンではあるので、当然同級のライセンスカード所持者の同行が必要になってくる。
「あぁ、実は私、B級探索者、だよね。こちらをどうぞ」
先程から独特な話し方をする初瀬川が見せてくれたB級のライセンスカード。
まぁ、探索者はみんな配信しなきゃならないわけではないからな。探究省の統計ではダンジョンストリーマーの割合は探索者全体の4割だというし。
ダンジョンを探索して、魔晶石を回収して生計を立てている人だって多くいる。
「私でも攻略できる難易度ですが、やはり一人だと不安、だよね。歌う時は無防備、だよね」
筋肉がピクピクと怯えている気がする。
そのご自慢の体を駆使すれば何とかなりそうな気がするが。
「とりあえず目的地に着いたら、そこで歌うんだよね!」と先を行く、吾妻が振り返った。
「ええ。いつもはスタジオで〝歌ってみた。〟を投稿するのですが、たまにオリジナル曲を即興で作って歌うこともあります。そのためのインスピレーションを受け取りたく、時々こうして神秘的な場所に来ては歌うわけ、だよね」
カルイザワダンジョンは緑が広がり、水質の良い川や滝が流れる自然豊かな場所。
どこに行こうとも十分綺麗だが、遠く外れた場所、危険な魔物が棲息する辺りに噂の名所が存在するという。
「マイマイパーンチ!」
ハコネダンジョン以来の小石ショットガンを繰り出して、俺は襲いかかる魔物を追い払う。
「マイマイさん流石、だよね」
「ふふーん、でしょー!」
相変わらず調子に乗る吾妻。
初瀬川にもバレてはないようだ。
──そして、探索を始めて数時間。
外の時間はそろそろ夜になる頃、目的地にようやく着いた。
夏休みとなったし、今回は初めてダンジョン内での宿泊を試みようとは思っていたが、依頼だけは果たして無事に初瀬川を指定のポイントまで返すとこまでは終えていたい。
「あぁ、ありました。ここ、だよね!」
「おぉ、キレイ〜!」
頭上には色とりどりの傘らしきものが浮遊していた。
上から差す光が傘の布を透過し、地面にできた影もカラフルに彩られている。
「おぉ、さっそくインスピレーションが、湧いてきた! だよね‼︎」
初瀬川は収録マイクをセッティングし、ボイトレをしたのちに歌い出した。
『──マヨネェェズ‼︎ ……どうして、マヨネーズは美味しいのぉ! それは、自然の恵みに愛された究極の素材だけを使用した究極の食べ物だから〜♪ マヨネーズマヨネーズマヨネーズ♪ マヨマヨマヨマヨマヨマヨマヨマヨ、マヨネーズ‼︎』
なんだこれ。
事前に彼について調べてはいたが、カバー楽曲はまともに上手いのに、オリジナル楽曲は全てマヨネーズへの愛を歌うものばかりであった。
合唱団のような響きで歌う初瀬川だが、歌は上手いはずなのに耳がこってりとしてきた……。
何でこれが流行っているのかはよく分からないが、ブームとはそういうものか。
「おぉ! うまいねー!」
「ええ、マヨネーズは旨いから、だよね」
会話が噛み合っていない。
とにかく目的は達成されたのならば、完全に遅くなる前にさっさと退散しよう。
「とても気持ちの良い場所、だよね。マイマイさんたちにはお礼を言わないと、だよね。どうもありがとう」
「えへへー、どういたしまして〜」
「じゃあ、これから撮影したいと思うから。マイマイさん、こっちに来て欲しい、だよね」
「ん? なになに〜?」
初瀬川が手招きして、俺の横にいた吾妻が彼にひょいひょいと近寄った──その時だった。
……彼女が、動かなくなった。
腹部を拳で貫かれて、鮮血を垂れ流し、そのまま糸切れた人形のように、ただ立ち尽くしていた。
「……っ⁉︎ 吾妻⁉︎」
左手を彼女の色で染め上げた初瀬川は、あいも変わらず爽快な笑顔で宣言した。
「ここから先は、私の裏垢撮影を、始める。だよね!」
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