28.梨うまっ‼︎ 新鮮な梨を食べ放題してみた!
いつの間にかテストは明けた。
こういうのは来るまでは長いが、いざ始まれば一瞬で終わってしまうな。
吾妻は無事に全教科赤点をギリギリ回避したようで、これからフナバシダンジョンに金子と向かうと連絡が入った。一応連絡するよう彼女に言っておいて良かった。
俺たちが通う高校の赤点は、平均点の三分の一を取れなかった人のみが該当するので、正直ほとんどの人は引っかからない。
その代わり陥ってしまえば、SS級の過酷補習が待っている。
よくこの低いハードルをギリギリで超えてきたな……。
まぁいい。
あとは金子に吾妻の強さを見せられるといいわけだが……正直どうしたものかと悩んでいる。
同行を禁止させられており、見つかってはいけないので、俺が直接助けるのはかなり難しい。
そもそも採点する基準も不明だ。何を持って吾妻の活動を認めてくれるかは、金子にしか分からない。
俺の想いとしては、いつかは一人でダンジョンを探索できるような実力は付けて欲しいので、今回の件に関してはとてもいい機会だとは思ってはいる。
いつまで俺が吾妻についてやれるかは分からないからな……。
だが、それでも時期尚早なんじゃないかと、どうしても不安だけが募る。
俺はいつも持っていく荷物を背負い、玄関を出た。
そもそもあいつはちゃんと荷物を持っていけたのだろうか。
「……あら、おでかけ?」
二階建てアパートの階段を降りると、表を掃き掃除をしていた大家さんが声をかけてくれた。
異端者である俺には血の繋がる家族はいない。
だが、大家さんはそんな俺を引き取り、家賃も取らずに親代わりに育ててくれた、いわゆる俺にとっての保護者である。
もちろん彼女はただの一般人なので、俺が異端者ということも、異端者という存在すらも知らされていない。
ただ親に捨てられた子というたった一つの認識だけで、愛情持って世話してくれた。
「はい。今日も友達とダンジョンへ」
「そう……気をつけて。亮くんなら大丈夫だと思うけど、危ないことはしちゃダメよ」
「お気遣いありがとうございます。──あぁ、そういえば今月の家賃ですが」
「もう、いらないと言ったでしょう? ビックリしたわよ、急に今までの滞納分ですって大金を渡されて、金遣い荒くなっちゃったの?」
「いえ、色々お世話になりましたし、大きな収入も入るようになったので、恩返しをと」
「いいわよ。私は、勝手だけど亮くんのお母さんと思ってるんだから。子供が親にお金を渡す必要はないの。だからお金は使わず置いているだけ。いつでも返せるようにね」
ズレた眼鏡を戻しながら、池田は首を傾げるようにして微笑んだ。
彼女は現在40代後半。俺とは本当の親子ぐらいの年齢差である。
だからなのか、彼女は俺に面影を重ねてしまっている。
「……亜澄さん。一つお聞きしたいことが」
「何?」
「その、保護者って、どういう存在ですか」
「そうね……信じて帰りを待つことかな。ずっとは付いていけないから、いつでも帰って来れる場所を作って待っておくこと、かな。でも、叶うなら声が聴こえる場所にはいつもいて、何かあったらすぐに駆けつけられる──これは私の理想かしら」
……池田は昔、ダンジョンに迷い込んでしまった幼い息子と、それを助けに向かった夫を同時に亡くしている。
実の息子のように育てた俺のことを、危険な場所だと分かっているダンジョンに本当は行かせたくないはずだ。
それでも信じて、帰ってくるのをここで待ってくれている。
「ダンジョンに行っても構わない。成長するにはただ前に突き進むしかないんだから。でも必ず、ただいまって言いに帰ってくること。そうじゃないと今後外出は禁止ですからね」
「はい──行ってきます」
「行ってらっしゃい。……ところで、バイクの免許でも取ったの?」
池田は俺が持っていたフルフェイスのヘルメットを見て、そう勘違いした。
**
フナバシダンジョン──のどかな景色が広がる攻略済みのC級ダンジョン。
元B級なので、難易度もさほど高くない。
木の上に、土の下に、草むらの中に、シンボルである風車の奥に、梨型の果物が大量に植生しているのが特徴。
『んー! うまー! 梨だー!』
梨だったようだ。
遠くまでよく響く吾妻の声を聞く限り、今のところ異常はなさそうだ。
むしろ順調過ぎるくらいで、魔物もさほど強くなければ、罠も見受けられない。これだけなら手出しするまでもない。
……だが、女性ダンジョンストリーマーにとって、一つ気をつけなければならない敵がいる。
それが〝服だけを溶かすスライム〟だ。
バカみたいな敵だが、このフナバシダンジョンを始めいくつかの場所で見られる定番の魔物。
吾妻は考えなしに突っ込みそうで怖いな。
もし晒してしまったら垢BANされることもあるし、何よりそれが切り抜かれて一生ネットの海を漂う危険性もある。
だが、それは今回この場所を提案した金子がよく分かっているだろう。きっとそんな危険な目には、遭わせる前に止めるはず。
彼女も吾妻舞莉の保護者だ。
昔から動画を見てきただろうし、常に吾妻の行動には気にかけて心配をしている──彼女は間違いなく古参勢の一人、ゴールデンチャイルドだろ。
何となく身近な人間だろうと思っていたので、消滅した前チャンネルから観ている彼女が該当するのは何ら不思議でなかった。
それに金=ゴールデン、子=チャイルドというのは安直すぎたな。
金子はカメラを構えて、吾妻を撮り続けるが、その撮影は俺が撮る構図とは全然違っていた。
俺はいつも吾妻の動きの邪魔にならないよう、またすぐに視覚外から助けに入れるよう、彼女の数歩あとを追うようにして撮影していることが多い。
だが、金子の場合は吾妻の表情を撮ることを第一としているため、基本的に前を歩くことが多い。
それに背景との合わせ、背景だけの切り取り。様々な方向から撮り合わせるなどなど……短時間で多くの手段を学ぶことができた。
いつもは編集に時間をかけているが、これだけの素材のレパートリーを増やせば、もっと面白いものができるかもしれない。
……少し悔しいな。
まぁ、今回はそんな嫉妬をしにきたわけじゃない。
今のところ平和なダンジョン探索を、いつでも助けられるような距離感を保って、バレないようついて行くだけだ。
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