29.最近、気になる人ができました。
『あ! 魔物だ! でもスライムだから余裕だね〜』
探索を開始して30分。
とうとう魔物と出くわした。しかも、いきなり危惧していた服だけ溶かすスライムじゃないか。
このスライムは桃色粘液の中心部にある赤い核を破壊すれば簡単に倒せる。軽く殴れば壊れるくらいには脆いから、吾妻でも問題ない。
だが、もう何かあるのは前提として、そのあられもない姿が他に見られないかというのが気にかかる。
とりあえず生配信ではないし、映像は最悪お蔵入りにすればいいが……。
ただ、このダンジョンには他にも探索者がいるわけなので、近寄らせないよう、木々を植え替えたり、魔物を一点に集めたり、罠を自分で設置したりと、吾妻の貞操を守るように努力する。
……自分でもやりすぎな気がするが、これくらい徹底しないと、あいつは予想を超えてくる。
ライセンスカードなしに勝手にダンジョンに入るし、物はすぐ壊すし、自分の身の危険を顧みず魔物に突撃するし──いつか、世界を壊すくらいにはやらかしてしまいそうだ。
さて、まずは目の前の魔物からだ。
最近また新しく買ったアーリークローン製の片手剣を掲げ、『やー!』と突撃していった。
こけた。
知ってた。
顔面からこけた吾妻の手から剣がスルリと抜けて、それがたまたまスライムの核を刺した。
スライムは粘液だけを残して生命活動を終えた。
『おぉ! 倒したよー!』
嬉しそうな吾妻。体操座りに起き上がった状態でバンザイをする。
結果オーライでいい──ん? なんか金子の動きがおかしいな。
下から舐め上げるようにしてカメラを移動し、超近距離で吾妻の顔から胸元にかけてを撮影している。
顔も紅潮し息も切れている。もしかして……怨呪にかかったか?
『さてさて、このスライムにも魔晶石があるんだよね〜。忘れないように回収しなきゃ!』
吾妻はよく魔晶石を回収し忘れる。
まぁ、武具や宝具などを使用した大量移送できるものがない限り、基本的に探索では邪魔なので、捨て置く探索者も案外いる。
最近は換金のレートも悪いしな。
その捨て置きしたものを狙うネコババなる初心者もいるが、その辺は上手いこと資源と資金が循環するようになっていたりする。
ちなみにハコネの龍火水祖は植山に、シンジュクのジャイアントセントピードは野田に魔晶石を譲っている。
『まっしょうせきぃ〜♪ まっしょうせきぃ〜んぎゃ!』
吾妻は足を滑らせて、スライムの粘液にダイブする。
……ほら、言わんこっちゃない……。
『わー! 装備も服も溶けたー!』
叫ぶ内容から、まだ残っていたスライムの粘液が、メンダコの下着まで見せてしまっているらしい。
遠くにいてよかった。彼女をまじまじと見なければいいから、目を少し逸らすだけで先に──いや、待て。
やっぱり金子の様子が変だ。
この場合はカメラを止めて、可能ならば救出してあげるはずだが……ボソボソと何か言ってるな。
「舞莉……、いいよぉ、もうちょっとこっちに突き出す感じで……!」
あいつゴールデンチャイルドじゃない──エタルの方だ‼︎ 変態コメントばかりを残す方だ⁉︎
男には任せられないと言っていたが、金子が一番危険人物じゃないか‼︎
「……よし、あとはデータを……」と、動画を自身のパソコンか何かに転載しようとしているので、止めに入った。
もうバレたって何でもいい。
「おぉ、東くん! 東くんも来てたんだねー! 奇遇だね〜!」
「……っ⁉︎ うわ、ここまで付いて来たんだ。変態、ストーカー、犯罪者、人間としてク──」
「俺のことを好きに言うのは構わないが……その動画は好きにはさせないぞ」
「なっ……か、可愛く撮ってあげたのよ。何か文句あるわけ……」
「なら、どう可愛く撮れてるか見ものだな。吾妻さん、一緒に見るか」
「おぉ!」
「わ、分かったわよ。消す! 消すから‼︎ 一旦、舞莉はあっち行ってて!」
「ガーン‼︎」
……こうして、金子は自身の正体がエタルであったことを告白した。
「舞莉が可愛すぎたの。だから思わず欲が出ちゃって……。危険な目に遭ってほしくないのは本当よ、大切に思ってるから!」
持ってきておいた黒い上着を羽織り、遠くで梨を美味しそうに食べている吾妻。
そんな彼女を見届けながら、金子の口から溜息と涎が流れ出た。……ヤバいなこいつ。
「舞莉っておっちょこいちょいだからさ、色んなところでずっこけるんだけど、毎回派手だから見てて飽きないんだよね」
「よく、そんなので男を蔑ろにできたもんだな」
「東の場合はそれだけじゃなくて……まぁいいや」
……? よく分からないが、正直こんなヤバいやつ、ブロックしてしまってもいいものだ。
しかし、吾妻の友人である手前、そういうわけにはいかないし、それにエロ中心とはいえ、構図であったり吾妻の魅力を十分に引き出したりと能力は高い。
「それに、あの幸せそうに食べる姿。あれもまた舞莉の魅力よ。あんな美味しそうに食べるのを見てるだけで幸せになれると思わない?」
こいつ、反省する気さらさらないな。
吾妻の可愛さを一番理解しているのは私だと言わんばかりに、あれもある、これもあると自慢してくる。
……だが、このおっかけ能力は使える。
「なぁ、吾妻にはこのことについて言わない代わりに、頼みたい仕事があるんだが──」
**
「みてみてー! 東くん! このチャンネル! わたしの切り抜きまとめだってー!」
もう終業式を迎えた。
明日からは夏休み。たくさんのダンジョンに潜る予定だ。
一学期最後の放課後、吾妻が見せてきたのは〝切り抜きマイマイ〟のチャンネルだった。
これは俺が金子に頼んで作ってもらったもの。
新規ファンを獲得するため、面白いところや活躍シーンをまとめた動画や、とっつき易いショート動画を主に出してもらうことにした。
吾妻に暴露しないことの交換条件だったが、今ではもう楽しんで作っているらしい。あとは勝手にやってくれるだろう。
そういやここ最近で古参勢だった二人の身元が判明したな。他の二人も案外近くにいるのだろうか……。
「えっへへー、この調子でチャンネル登録者を増やして、いつかは探求省にSS級ダンジョンを頼まれるくらいには、人気になっちゃおうね!」
「そうだな。……あ、そういえば過去に投稿したと言った動画。あれも投稿してまとめチャンネルにまとめてもらえ──」
「ダメ。恥ずかしい」
「恥ずかしいことなんて、もっとやってきただろ」
「ダーメ! 乙女には見せちゃいけない過去があるんだよ! って、なんかヒドいこと言ってない⁉︎」
◇ ◇ ◇
『──こんにちは! 吾妻舞莉です。えっと、えっと、最近ですね! ちょっと、まぁ、なんていうのかな、気になる……人? ができまして、えへへっ、恥ずかしいなー!』
『まぁ、ほんと気になるだけだから、話したことはほぼないんですけど、その、わたしが公園に虫取りに行った時にね? 子供たちがため池の前でワイワイしてたの。どうしたんだろーって見てたらさ、なんか女の子が持ってたぬいぐるみを男の子がため池に投げちゃったんだって。それで泣いちゃって大騒ぎ! みたいな』
『そしたら、急にクラスメイトの子が……あ、言っちゃった。ビューンってため池に飛び込んで、すぐにぬいぐるみを拾ってきたんだよ! ねぇ⁉︎ カッコよくない⁉︎ あー、東くんって優しいんだなーって思ってさ……あ、名前言っちゃった。ま、いっか! どうせ誰も見てないし! 今日はここまで! バイバーイ‼︎』
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