第三部 切り抜きマイマイ
フナバシダンジョン
26.ファンとの距離感について、周知しておきます。
梅雨も終わり、7月。
これから夏本番、の前に学生に立ちはだかるのが──
「期末テストだぁ……。終わった……」
そう、学生の本分である。
いつもは元気いっぱいに屋上入口へと放課後やって来る吾妻だが、最近は項垂れた姿をよく見せている。
チャンネル登録者数は今や30万人を超えた。
これについて、もっと喜ぶと思っていたが、それだけテストが嫌なんだろう。
「いやー、お兄ちゃんには内緒にしてたんだけどさー。実は……勉強がちょっと苦手なんだよね」
「だろうな」
「ヒドッ! そんなことないよ☆ って言うとこでしょー!」
現に俺をお兄ちゃんと呼んだだろ。
日常と配信での呼び方を使い分けできない奴が何を言ってるんだか。
「ちなみに分かってると思うが、赤点取ったら夏休みは補習になるから、ダンジョン行けなくなるぞ」
「イヤー! あ、なんか賢くなる宝具とかないかな」
吾妻がまたバカを言っている。
こんなところに来るくらいなら家帰って勉強しろ。
いや、一人で勉強するわけないか。
「──なぁ、上からマイマイの声しなかったか?」
「ちょっと行ってみるか」
階下から男子生徒の声が聞こえてきて、こっちへと登ろうとしてきていた。
それには吾妻も気付いたみたいで、「やばぁ、またファンに囲まれちゃうよ〜」と、デレデレしながら小声で言った。
彼女が着実に人気になっていく中、当然学校でも注目されるようになっていた。
休み時間には人が席に集まり、廊下を歩けば声をかけられる。
吾妻はアホみたいに浮かれているが、喜べるような話だけに限らない。
以前SNSでエゴサをしていると、学内にいる彼女を盗撮した画像が上がっていたのを発見した。
すぐに通報して削除申請したが、コアなファンには在学中の高校がどこかは割れてしまっているだろう。
もう笑い事では済まされない領域に来ている。
それに俺が吾妻の編集者を引き受けていると知っている人も多いが、いつもこうやって2人きりでいるところを見られるのはマズい。
会議するところが他にないか考えないと。
「もう〜ここは、マイマイとしてバシッとファンに言わないとだよね。付いてきたらダメだってことぅをぉ⁉︎」
俺は急ぎ、吾妻をロッカーに入れると、何事もないようにその前で編集作業を行う。
「……あれ、東しかいないじゃん」
「なぁ、マイマイここに来てねぇーの?」
「いや、知らないが」
「確かマイマイの編集者だよな。連絡先とか知ってる?」「紹介してくれよ〜」「ねぇ、マイマイとどういう関係なのかな?」「もしかしてカメラマンもやってたりする?」「あれは確かお兄ちゃんだったはずだぞ」
3人の男子生徒が代わるがわり喋る。
とりあえず俺がそのお兄ちゃんだとバレてはないようなので、「ただ金で雇われたスタッフで編集しかしてない」と伝えた。
しかし、男たちはしつこく聞いてくる。
「そうなんだー。ねぇ、僕たちも手伝ってあげたいけどさ、どうすればいいかな?」
「……そうだな。興味ないフリをしてたらいいんじゃないか」
「はぁ? どういうこと?」
「俺がこうして編集者として雇われたのも、吾妻に対して全く興味なかったからだ。そしたらファンだと思われず向こうから話しかけてくるかもな」
「逆張りってことだな」
「あはは、僕無理かも。実は最初からマイマイの配信にコメント残してたんだよね、【かわいい〜】って」
「……それって、
「そそ。僕の名前〜」
マイマイには昔から配信を見て、コメントしてくれる4人の古参勢がいる。
その内の一人が【かわいいー】しか言わないhiroto。確か、スパチャを投げないし、学生か
まぁ、無名のダンジョンストリーマーを観る奴は最初は知り合いくらいなものか。
ちなみに他の三人は、心配性でマイマイを保護者目線で見てる〝ゴールデンチャイルド〟
アンチ一歩手前の分析家〝
エロいとしか言わない煩悩の塊〝エタル〟
人気になった今でもコメントを残してくれるありがたいファンたちだ。皆、クセが強いが。
もしかしたらこの人たちも身近にいるのかもな。
そして目の前の男子3人は作戦に納得したのか、俺にお礼を言ったのちに、ここを後にした。
「……出てきていいぞ」
掃除ロッカーの中で大人しく待っていた吾妻。
なぜか頬を膨らませながら出てきた。
「なんだ」
「いきなりわたしだけロッカー入れるなんてヒドいよ。こういうのは二人で隠れるのがお決まりだよ!」
「一人で十分だろ……。掃除ロッカー開けられるだろうし、バレたら炎上ものだぞ」
「そうだけどさー。それに……」
「それに?」
「……東くんって、わたしに興味ないんだなーって」
「仕事の付き合いなんだから、当然だろ」
「ふーん。……むー」
不服な吾妻。
何が地雷かは知らないが、演者の機嫌を損ねてしまってはいけない。
このまま期末テストに突入して赤点を取ってきたら、ダンジョンに潜れず更新できない。
そうなればせっかく上り調子だというのに、一気にファンも離れてしまう。さらに悲しむ吾妻が容易に想像できる。
「……分かった。次のテストで赤点が一つもなかったら、やりたい企画をやっていいから」
「ほんと⁉︎ え、どうしよっかな〜。あ、わたし女子会がしたい! 葵ちゃんとえりにゃんでしょ〜。メイドさんと夏菜ちゃんも出てくれるかな。あとあと、ゲーム実況とか〜、はっ! スライムパックもやってみた〜い!」
あれこれと企画を提案する吾妻。
たまには再生数を狙いに行かない動画があってもいいか。取れ高がなくとも編集をうまくつければいいだろうし。
「色々考えるのはいいが、まずは勉強だ。どっかの空き教室に行くぞ」
「うぇ〜、わたしわかんないところが、わからないんだよー。東くん、勉強教えてー。頭いいでしょ〜?」
俺はどの教科も学年上位1%に入る。
だが、彼女には内緒にしているが俺は異端者だ。記憶力に関しても人とは違う。
だからこそ、なぜこの程度の問題ができないのかが俺には理解できない。なので、ちゃんと教えられる自信はない。
まぁ、時間管理くらいしてやれるか。
「じゃあ、移動す……ん? また誰か来るな」
誰かの上がってくる足音。
何かの用事でここに来るのはありえないから、また吾妻のファンだろうか。それとも見回りの教員か。
ローファーで階段を上る音とリズムで、おそらく女性。
それでも噂されては困るので、吾妻をロッカーに片付けようとすると、彼女にとって聞き馴染みのある声が飛んできた。
「舞莉ー、いるのー?」
「あ!
「……こんなとこで何してるの」
吾妻の親友、
彼女が吾妻に対して優しく微笑んでいたが……イラついている態度が垣間見えた──たぶん俺に対して。
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