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「ネコちゃんっ‼︎ ヌコ! ヌコォ‼︎」
あれから一週間が経った。
シンジュクダンジョンを脱出し、すぐに病院へと連れて行ったが、医者からは「キックボードでずっこけましたか?」と聞かれるくらいの擦り傷程度で何事もなかった。
運動神経もここまで来ると化け物級だな。
吾妻は消毒だけしてもらって、「いたたたたたた⁉︎」と菌の気持ちになって悶えたのち、帰宅させた。
そして現在。
寝そべった吾妻は大量の猫に埋もれながら悶えていた。
都内にある隠れ家的な猫カフェ〝猫喫茶アリエル〟
人魚と猫がモチーフの店だが、半分魚と猫だぞ。食物連鎖起きてないか?
俺と吾妻。そして、野田と下池は撮影なし、完全プライベートでここに訪れていた。
「えりにゃん! ネコちゃんだよ! ネコちゃん!」
「ネ、ネコ……」
にゃー
「ネコォ‼︎」
野田は猫の群れに飛び付いた。
だが、一匹残らず四散し、野田は床に激突した。
「いったぁ……はぁ……アタシ、猫好きだけどさ、猫には嫌われるんだよね……」
溜息をつく野田。
また、嫌な思い出として刻まれそうだが、そんなことをしに来たわけではない。
本物の猫がダメなのならば、次の手だ。
「えりにゃん! 宝具って持ってる⁉︎」
「持ってるけど……なんで?」
「貸して貸して!」
野田は渋々、猫耳の宝具を吾妻に渡した。
これから見ることは内緒だ。もちろん店の人には事前に特別な許可をいただいている。
「変身! ヌコー!」
吾妻は宝具:吾輩は猫なのだ。を頭に装着すると、みるみる小さくなっていき──茶トラの猫に変身した。
「ニャーン! ネコマイリー! これでネコちゃんとモフモフできるね!」
「いや、あんたはマイマイでしょ。元人間だと分かってるネコちゃんなんかにアタシは……」
ぷにっ
「ネコォ‼︎」
「にゃにゃん⁉︎」
吾妻が正座して座る野田の膝に肉球を置いたら、全力で抱きしめられた。
スリスリスリスリモフモフモフモフプニプニプニプニと野田の手によって、それはそれは弄ばれていた。
「もう〜こしょばいよ〜!」
吾妻も楽しそうではあった。
「どうですかね、下池さん。野田さんの調子は」
猫カフェを企画するために下池と連絡先を交換した俺。
同じ異端者同士、他には話せない有効な情報も交換できるだろう。
「そうですね……猫と触れ合えて楽しそうです。少しでも気持ちが楽になればと思います……。もっと何かしてあげないと……」
嫌な記憶を思い出し続ける怨呪。
呪いは簡単には祓えない。であれば、負を凌駕するほどの楽しいことを経験させてしまえばいい。
「その必要はないですよ」
「え?」
だが、改めて野田を見ていて思ったことがある。
そもそも精神が安定している方ではないのかと。
怨呪をかけたとされるのが、話を聞くに野田が11才の頃。現在20才なので、今から9年前に当たる。
この9年間、精神崩壊をすることもなく、酷い言葉をかけられるのが分かっているはずの動画の世界に飛び込んで来れたのは──下池が約束通り、ずっと傍にいてくれたからではないだろうか。
「ふぃ〜、満喫した〜」
「お前が満喫してどうする」
そして、吾妻は下池に宝具を渡す。
「今度は夏菜ちゃんの番!」
「え、えぇっ⁉︎ 絵里奈、いいのかな……?」
「……いいんじゃない。猫になるだけだし」
顔が赤くなったのを隠すために、野田はそっぽを向いた。
下池は猫耳の宝具を被ると──毛並みの美しい白猫へと変身した。にゃつにゃである。
そして、野田の膝の上に乗ると、ゴロンと仰向けに寝転がる。
野田は優しく撫でてあげる。
「……いつもありがと。あんたには謝罪じゃなくて感謝の言葉を伝えたかったから」
「……ニャー」
──99人のファンがいたとしても、たった1人のアンチからの心ない言葉によって傷付き立ち直れないことがある。
だが、99人のアンチがいたとしても、たった1人のファンからの心の込もった言葉によって救われることだってある。
たとえ、これからどんな苦難が待ち受けていようとも、二人なら支え合い乗り越えられるだろう。
「うんうん、えりにゃんたちが楽しそうでよかった!」
それに、ここにもえりにゃんチャンネルを応援する、元気なファンもいることだし。
「あ、次はお兄ちゃんの番だよ?」
「……え?」
**
「「かわいい〜‼︎」」
あとで撮られた写真を見たが、目付きの悪いふてぶてしい灰色の猫のどこに可愛さがあるのだろうか。
吾妻と野田にあらゆる方向から撮影された。肖像権で訴えるぞ。
「よしよーし、おにゃーちゃんはかわいいね〜」
吾妻の膝に無理やり乗せられて、撫でられる。
不服だ。これが世に公開されたら俺だけが炎上させられる。
……まぁ、彼女が幸せなのであれば甘んじて受け入れてやろう。──こいつ、撫でるの上手いし。
シンジュクダンジョン後、銀の盾が壊れたことをちょっとだけ悲しんでいたが、すぐに金の盾を取れるから大丈夫だと慰めた。
そしたらすぐに調子に乗って、鼻を高々にしてこれからしたい企画を次々に挙げていった。
まぁ、そろそろ視聴者を狙ったものではなく、吾妻のやりたいことをやってもいいかもしれない。
生配信からたった一週間で、チャンネル登録者数は25万人を超えているのだから。需要は十分にある。
それに、強大な敵に対してひたむきに立ち向かう姿から、いつものファン層以外の女性や子供からもチャンネル登録をしてもらえるようになり、着実と人気ダンジョンストリーマーへと歩んでいた。
「これからもよろしくにゃーん」
たとえ俺が人間じゃなくても──使えるものは全て使って、今後も吾妻を支えられるように頑張ろう。
「スーッ……」
「おい、やめろ」
「ふげっ」
そうだ、今の俺は猫だった。
猫吸いしてくる吾妻の顔面を蹴って、すぐに元の自分に戻った。
そろそろこいつにも、人との距離感を教えてあげるべきだな。
「あー! まだネコちゃんを堪能したいのに〜! って、なんで向こう見てるの?」
「……にゃんでもない」
この表情を彼女には見せられない。
視界の中、野田と下池がニヤニヤしてるのが見えた。
足元には猫がニャーニャーと鳴いている。
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