24.みんなに秘密にしていたことがあります。──わたしも知らないですけどね。
「あっ、あず──お兄ちゃん! 大変なの、えりにゃんが‼︎」
ヤミトチョウのトイレ前の廊下、吾妻たちはこの崩壊した現場に戻って来ていた。
フランちゃんは人一人くらいなら運べるので、順番に上まで連れて行ってくれたようだ。
しかし、野田が血と汗をいまだに流しながら寝転んでおり、意識も朦朧としている。
「絵里奈っ! 絵里奈、しっかりしてっ‼︎」
「ごめん、夏菜……最後まで偉そうに文句ばっか言って……。いつもアタシは自分のことばっかで、嫌なことはすぐ誰かにぶつけて……探索者のアタシがこんなのでごめん……」
「そんなことない! どんな絵里奈でも、わたしは絵里奈とずっと一緒にいたい。子供の時からずーっとずっと……だから……」
「夏菜……。……マイマイもヒドいことしてごめ──」
「これ食べて‼︎」
「うごっ⁉︎」
吾妻は俺から受け取った白湯華を、野田の口の中に無理やり突っ込んだ。
今まさに酷いことをしてあげたな。
「うぇぇ、まずぅぅ……」
「体どう⁉︎」
「どうって……あれ?」
「絵里奈の脚が……治ってる……⁉︎」
俺は二人に白湯華の説明をした。
どうしてこんなものを持ってるのかと質問されたが、適当にはぐらかす。吾妻もその辺は特に興味はなさそうだ。
ただ、白湯華は一輪しかなく、重症の野田を優先したため、吾妻の傷は治せなかった。
すぐにでも病院に連れて行きたい……だが、彼女の性格上、野田たちを置いて出ることはないだろう。
すぐに容態が悪くなるわけではないし、俺は遠くから見守るだけにした。
「ありがとう……、その、アンタにも悪いことしたわ……」
「いや、俺は別にいいんだ。それよりも妹と話してやってくれ」
「ん? 妹? ……あぁ、そっか! お兄ちゃん!」
「もう二人が兄妹じゃないくらい分かってるわよ。でも、それで通したいのなら、カメラ前くらい兄妹として通してあげるわよ」
俺はそれだけ聞いて、一度ここから離れた。
今度こそこの約束は守ってくれるだろう。
俺がいない間、野田は吾妻に対して改めて謝罪した。
それを許すかどうかは吾妻次第──どう答えるかは分かりきっている話だが。
というよりも嫌がらせをされていたことにも気付いてなさそうだ。他にも地味なことがたくさんあったぞ。
俺は他に魔物がいないか、また、どのルートで上まで帰るかを考えながら散策をしていた。
野田の脚が治ったとはいえ無理はさせられないし、何より吾妻が無理して傷を広げないかが心配だからだ。
なるべく安全な道を選択したいが──
「東さん」
俺の名を呼んだのは、下池夏菜だった。
「どうされましたか」
「……あなたも……わたしと同じですよね」
「何が」
「──
その言葉に思わず身構える。
彼女は俺と同じだと言った。つまり……
「お前も異端者なのか」
コクンと頷いた。
全くもって気付かなかった。彼女からは何も力を感じないのだ。
「わたしは初めて会った時から気付いていました。……けど、わたしのことは気付かないですよね……わたしは既に完全攻略されちゃってるので」
下池は自分で自分を抱きしめた。
異端者──ダンジョンで生まれた、人ならざる人。
言うなれば人型の魔物だ。
見た目は人間そのものだが、卓越した身体能力と研ぎ澄まされた感覚、場合によっては特殊能力を持つ化け物だ。
だが、その能力性は危険等級によって変わる。ボスが倒されたダンジョンの魔物は弱くなるのと同じ原理だ。
下池にはもう特別な力は何もない。
異端者の存在は都市伝説程度でしか世間に知られていないが、探究省はその実態を把握している。
敵意のない異端者に対してはライセンスカード発行し、その際、問答無用でS級が与えられる。
……なるほど、野田はB級なはずなのに、こうもA級に近い戦闘能力があるのは、高難易度のダンジョンに挑戦して経験を積めたからだな。
「完全攻略されているということは、出身は?」
「トサダンジョンです。高知県の。絵里奈とはそこで出会いました……」
彼女は話した。
自身とパートナーの過去を。
野田の出身地は香川県らしいが、高知県に住む父方の祖父母の元へ、毎年の夏休みは帰省していたという。
帰省先に友達はいないし、子供自体少ないので、野田は一人フラフラと探検していた。
すると、当時まだ発見されていなかったトサダンジョンへと迷いこんでしまったらしい。
そこで彼女は出会ったのだ。
「──あ、え……ニンゲン?」
「……あんた誰」
「えっと、んー……」
「何よ、人と会ったら名乗るのが常識よ。てか、あんたよく見たらボロボロじゃないの! ちょっとついて来なさい!」
祖父母の家に連れ帰り、そこでできた友達だと言ってお風呂にも入れて服も貸してあげた。
「で、あんた誰」と聞くが彼女は名乗れない。
痺れを切らした野田は、ダンジョンの入口が下の池(家から見て下にあるからそう呼んでいた)に近いことと、夏だったことから下池夏菜と名前を付けてあげた。
「絵里奈ちゃん、これからも遊んでくれる?」
「もちろんよ。もうあたしたちは友達でしょ」
「わぁ……! うん! これからも、ずっと一緒だよね!」
それから夏休みの間、ずっと二人で遊んでいた。
夏が終われば、その次の年、また次の年と会っていたが……野田が小学五年生の夏、下池のいる場所がダンジョンだと発覚した。
探索者が押し寄せて、トサダンジョンは一瞬で攻略された。
その際、ダンジョン内で遊んでいた子供たちが二名保護された。
怪我はなかったが、検査と称してお互い離ればなれにされてしまう。
「絵里奈ちゃん、絵里奈ちゃん……! わたしのこと、忘れないでっ‼︎」
外の世界を何も知らない下池は、野田と二度と会えなくなると思い込んでしまった。
そして──
「──わたしは絵里奈に呪いをかけてしまったの。嫌な記憶を夢で何度も思い出させる呪いを」
野田絵里奈は怨呪にかかっていた。
それは記憶に干渉するもの。
寝ても覚めても悪意に晒される毎日。
忘れることのできない経験や感情を何度も体感させられる。
むしろ、あそこまで正気を保っていられる方がありえない。
「このこと野田さんは?」
下池は首を横に振る。
下手な気遣いをさせたくないらしい。それに、それこそ自分の元から離れてしまうかもと、怖くて言い出せない。
「わたしたちについては、以上です。その、東さんはどこのダンジョンで……あ、いや答えなくなかったら別に……」
「大丈夫だ。隠すつもりはない。俺は、ヨナグニダンジョンで生まれた」
「危険等級SS級の……⁉︎ その強さ、納得しました。てことは、マイマイさんも……?」
「いや、あいつは何でもない。ただの人間だ。ちょっとアホなだけの」
「そ、そうなんですね……てっきり、あの子にも特別な力があるのかと……。とても元気ですし、それに……絵里奈の呪いが少し解けた気がしたので……」
確かにあいつは太陽のように明るい。
記憶に灼けつくほどの強引さには嫌な記憶を忘れてしまうかもしれない。
「……なら、試してみませんか。うちの吾妻が呪いを晴らせるかどうかを」
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