23.炎上しないよう気をつけます!
「ガッ⁉︎ な、なんだよお前……⁉︎」
吾妻たちが最深部へと落ちる数分前、気配から数人組の男へと辿り着いて、ものの数秒でしばき終わっていた。
胸ぐらを掴んでいるこいつ以外は、既に気絶している。
「俺たちに何の用だ。返答次第ではこのまま意識を奪う」
「べ、別にマイマイって子には興味ねぇよ。ただ、俺たちはえりにゃんのファンだっただけさ」
「だった?」
「あぁ、こんなにも応援していたのに、あの女は俺たちのことを見向きもしてくれねぇ……! そしたら同じような気持ちを持った同志が集まってよ……。ある男の手助けでここまで来れたんだ」
「ある男?」と尋ねるが、男は目を見開いたまま大笑いしている。
醜いものだ。
一方通行の気持ちが、こうも捻れ、歪んで行動に移すとは。
それに付け込む男諸共、吾妻に危険を及ぼす人間はここで──
「ほら、もう始まるぞ」
衝撃音。建物全体が揺れを起こした。
そのはずみで掴んでいた男を離してしまうが、揺れに耐えきれずすぐにこけたので、また捕まえる。
「おい、何をした」
「連れてきただけだよ……ヨナグニダンジョンのモンスターを! 早く逃げた方がいいぜ。もっともお前はこの
男が手にした宝具と思わしき剣が、急に発火しだしたので、俺は瞬時に離れる。
「熱い‼︎ 熱い熱い熱いぃ! は、離れねぇ、ぎゃぁぁぁ‼︎」
他に寝ている奴らも含め、いずれ全身を炎に包むと、宝具自体も炎に呑まれ、溶けて消えた。
野田のガチ恋勢から変貌したアンチたちに渡された宝具……いや、違うな。ただの剣に術式が組み込まれていた。
恐らくこの術式によって、あの巨大なムカデを召喚したのか。
──危険等級SS級、ヨナグニダンジョンに棲息する魔物を。
侵入禁止だというのにどうやって連れてきた。
一介のアンチが強力な魔物をどのようにして連れてきたのか。
……首謀者がいる。それも相当な実力者だ。
こいつらの犯行を支える裏方によって、まんまと利用されたみたいだ。
俺は亡骸が落としたフルフェイスのヘルメットを奪って被り、まずは、吾妻たちを助けるためにさっきの場所まで戻った。
フワフワと吾妻を心配してるかのように彷徨っていたファイヤーフランタンの案内で、一気に下まで飛び降りた。
本来ならば、間に合わなかった。
だが、野田の命懸けの加勢と、下池の視聴者への呼びかけ。何より吾妻自身が頑張ってくれたお陰で時間が生まれ、全員を無事に助けることができたのだ。
それでも、彼女たちはボロボロに傷付いていた。
一番酷いのは野田だ。出血多量により、このままダンジョン入口まで戻っては、命が助からない。
吾妻も元気そうにしていたが、あんなに傷だらけになって……。
「──捜したよ」
「……ハハッ、なんやねん、今日はもうズラかろう思ったのに、もう来よったんか。マイマイちゃんのバディ。いや、ヒーリョーやったけ?」
「うるさい」
「ひりょいなぁ〜。ワシ傷付いてまうやんか〜」
当然ながらダンジョンストリーマーは必ずしも全員が良い人なわけがない。
むしろ、現実から離れた異能力を悪用して犯罪行為を平気で行う輩がいる。
〝ディープウェブ〟
──闇が蔓延り、悪が闊歩する、ネット世界から閉じられた特殊なサイト。
世に出回ってはいけないものが売買され、金さえ積めば人権すら掌握できてしまう。
そこには宝具や武具の力で依頼をこなすものがいる。ミノブにいた転売ヤーもこういう奴らの下っ端として活動している。
「まさか探究省のブラックリストに載るようなお前がここにいるとは思わなかった。炎上系ストリーマー──いや、放火系ストリーマー。ハザマ」
「あちゃ〜! 有名人なんだよな〜ワシ。
自分で言ったダジャレに一人でウケながら、彼はヤミトチョウの都庁室の椅子に座っていた。逆さまだというのに。
一人称はワシ。ダジャレが好きだが、見た目はかなり若い。普通にしていれば好青年、イケメンの部類に入るだろう。
しかし、ネット上では顔出しをしていない。
彼だと気付いたのは、関西訛りの独特な喋り方と炎を使った能力からだ。
ディープウェブの中でもかなり求心力のあるハザマだが、表舞台に出てくることは滅多にない。
特定できない場所から配信を行い、他のダンジョンストリーマーに限らず、多くの著名人や経営者を失脚させることを言いふらかす。
真実と──嘘から生まれる真実をだ。
「で、急用か? 報復でもしに来たんやろか、それは視聴者みな抱腹絶倒もんやな〜。見な損やで、生配信しよ。って、あかん、すぐ休養してまうわ!」
「そんなのは後回しでいい。急を要することだ」
「お、自分返し上手いやん」
「──持ってるだろ。白湯華」
こういう奴は自分が傷付くのを恐れている。
のらりくらりと話を逸らして、会話の主導権を握りたがり、自分ではなくいつも誰かに話を集中させる。
典型的な痛がりでいたいイタイ奴なのだ。
身と心は連携している。
だからこそ、何があっても体を完治する宝具:白湯華を常に持ち歩いているはず。
「白湯華が発見されたのは現在までで三回──そのうちの二例目、カメオカダンジョンで発見された百輪を超える白湯華を一人の男が全て独占して持って帰った」
「お、そんなこと知っとるとか、ワシのファンやん。つまり白湯華、欲しいか? それともサインが欲しいか? どうするぅ? とっ捕まえますんかぁ〜?」
「いや、ぶちのめす」
俺は一気に詰め寄り、ハザマの顔面を殴ろうとした──が、ぼんやりと消えた。
「宝具:
ハザマが上下逆さまに座っていたのは、炎でできた幻影だったから。
さらに俺を逃がさないようにか、部屋中が炎に包まれた。
本体はどこだ……⁉︎
「ワシはなぁ、世界が笑いに満ち溢れて欲しいんだよな」
いつの間にか背後に回り込まれていた。すぐさま裏打ちをするが、それすらもかわされてしまう。
熱気に包まれていく……このままでは喉は焼き切れ、肺が焦げ、骨まで燃えてしまう。
「爆笑嘲笑冷笑なんのその! ワシはな、舞台と客席の狭間に立って、人々を笑わせるんがワシの仕事よ! ワークワクするやろぉ! 仕事だけに!」
「この下郎がっ」
「おっと、これ以上戦うのは止めようや。ワシが勝てる未来は見えへんねんから。はい、僕の負け、ってな? ワシとは等級がちゃうねんから」
すると、突然白湯華が一輪目の前に飛んできた。
それを眼前でキャッチすると、ハザマは飛んできた方向にゆらめいていた。
「それは今回の褒美。まだ丈夫なオモチャでいてほしからな〜。ほな、また会おな。マイマイちゃんがどこまで成長するか楽しみやわ」
ハザマが消えると、辺りを覆っていた炎も消える。
室内は全焼した火事のように全て黒く焦げていた。
いずれハザマは再び吾妻の邪魔をするだろう。
その時は容赦も逃しもしない。
だが、今はいい。
俺は一輪の白湯華を持って、急ぎ吾妻たちの元に戻った。
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