21.【救助配信】ダンジョンの奥底に落ちました。誰か助けてください!
「──夏菜……夏菜!」
「うぅ……、え、絵里奈……無事……?」
「無事よ……よかったわ、あんたも無事で」
一体どれだけ落ちたか分からない。
ただ落下中、野田が
これも猫の力、だが……
「……⁉︎ 絵里奈、足が……⁉︎」
「ちょっとしくっただけよ。気にしないで」
建物を支えるはずの鉄筋が折れて、野田の左脚を深く刺している。
血を大量に流し、放っておけば危険な状態だ。
「す、すぐに治療を……」
「無理よ。治療キットはどっか行ったみたい。けど、そこにパソコンとカメラはあるから」
「分かった、待って……大丈夫、どっちも無事」
「そりゃ、いいの使ってるからね。壊れてたらクーリングオフよ」
「すぐに救助配信を行うね」
救助配信とは、ダンジョン探索中に何か起きた際、視聴者に助けを求める配信である。
もちろん同時に救助隊を要請するが、救助配信だと偶然近くにいる別の探索者に連絡が行って早く助けてもらえたり、スパチャで稼ぎやすかったり──この界隈ならではの方法である。
「あっ! えりにゃんのマネージャーさん! 無事だったんだね!」
「出られそうなとこは?」
「ない‼︎」
「吾妻さん……吾妻さんは無事でしたか?」
「うん! 手首捻ったくらいかなー」
吾妻はちょっと曲がりにくそうな右手首を見せて、ニパッと笑う。
「ははっ、さすがレイドボスを舐めプしただけあるわ……」
「えっへへ〜、いやー、それほどでも〜」
「通信良好、良かった……。配信……始めるよ」
下池はカメラを回しだす。
上層の天井と同じ、光る鉱石が周りにあるお陰で、顔が見える程度に明るいのは助かった。
『みにゃさん、緊急でカメラを回しています。救助配信です。ただいま巨大な魔物に襲われて、シンジュクダンジョンのヤミトチョウから落ちてしまいました。誰か助け、いたっ⁉︎』
『えりにゃん⁉︎ だいじょぶ⁉︎』
『大丈夫よ……ご覧の通り、アタシは脚を怪我して動けません。出口も分かりません。観てくれるみんにゃ、ぜひともご協力よろしくお願いします』
【救助隊は呼んだ?】
『はい、バディがすぐに連絡してくれたので現在は救助待ちです。ですが、来てくれるかは分かりません』
探索者が遭難した時の救助隊だが、助けられる確率は全体の2割、そもそも救助の要請を受けて現場に来られるのですら半数もいないのだ。
ダンジョン内で遭難するということは、それだけ難易度の高い場所であることが多い。生半可な実力では助けられない。
探索者は自己責任。
これが鉄則である。
【自力で帰れない自分たちが悪いんじゃん】
『もちろん、それは自覚しております』
『せめて出口さえあれば、出られるの! 誰か教えてー‼︎』
野田たちを心配するコメントは多く流れてくる。
だが、彼女の目に止まるのは心ない言葉ばかりだった。
【知らないや、そんなとこ。誰か行ってあげてー】
【見返りは何?】【マイマイ落ちたの⁉︎ マイマイだけでも助けなきゃw】
【救助隊は無能だからな〜。生還すんのは無理だろなー】 【これは乙】 【ある程度配信したら切れよ。デス配信だけはすんなw】【脱いだら考えてやらんこともない】【すまん、そもそも君たち知らないで観にきたわw】【大草原不可避wwwwww】
【【悲報】人気(?)ダンジョンストリーマー、実力不足で死去】
『うーん、なかなか難しいねー、えりにゃんどうする?』
『……うるさい』
『えりにゃん……?』と吾妻が引き続き声を掛けるも、野田には届いていない。
【お、なんだ?】
【これはヤバい気がするぞww】
『自己責任、自業自得、自己顕示欲、自己中心的、自意識過剰……おまえら無責任に言葉を好きばっか投げてるけどさ、おまえらが思ってるよりも届くんだよ……』
【キャラ崩壊】
【怒った顔もかわいいねーww】
『ずっとずっとずっとアタシの心を抉り続ける。忘れたくても忘れられない。アタシはずっと覚えている。顔のないおまえらの嘲笑う声がいつまでも聴こえるんだ……』
【これは炎上確定】【あー、そういうキャラ変ね、おけ】【人前に出るならそれくらいの覚悟はないと】
『うるさい……うるさいうるさいうるさい‼︎』
『え、えりにゃん⁉︎』
『うるさい! アンタも何でずっとヘラヘラしてられるの。意味分かんない。アンタに、アタシは嫉妬してばかり……嫌い、もうどっか行ってよ‼︎』
荒れるコメント欄。
吾妻への同情の声が増える中、野田を庇う声はチャンネル登録者数と共に減っていく。
撮影を中断するべきだと、下池は分かっている。
ただ、こうでもしないと注目を集められず救助が来ない。
それに彼女が抱えているものは全て知っていた。
だから、もしこれで気持ちが少し楽になれるならばと淡い期待を込めて……後戻りはもうできない。
涙目になりながら撮影を続行する。
『えりにゃん……』
『……何よ。ガッカリした? アンタが好きだって言ってたえりにゃんは、本当はこんな性格なの。幻滅したでしょ』
『んー、確かにビックリしたけども、でもえりにゃんの知らない一面が見れて嬉しいよ!』
『はっ……これを利用しての聖人アピールか』
『えっと、よくわかんないけど、えりにゃんに嫌われちゃったなら好きになってもらうようにがんばるっ! 誰かの気持ちなんて関係ないもんね。だって、わたしはえりにゃんのことが好きだから‼︎』
吾妻の全力笑顔に、心を蝕む呪いが浄化されるような、ふっと心が軽くなった。
『……マイマイ。……ぐすっ……ちょっと言い過ぎた、ごめん』
『うん! こうなったら一緒に出ぐ──』
突然、野田の目の前にいたはずの吾妻が消えた。
──違う。
先程、上で襲ってきた巨大なムカデがここまで降りてきて、尾で吾妻を吹っ飛ばしたのだ。
『ム、ムカデ⁉︎ アタシ、ムカデだけはムリ⁉︎』
『……こっち!』
裏方であるからと黙ってられない。
下池はカメラ前に飛び出し、野田を連れて逃げる。
再び突進してきた魔物にカメラは三脚ごと遠くまで飛ばされる。
偶然にも全体を映す構図になるようカメラは瓦礫の上に落ちるが、小さく映る二人と比べて、ムカデの魔物はいまだ全体像が伺えない。それに声も拾えていない。
コメント欄もさすがにヤバいと、慌てだす。
「──いっ⁉︎」
「絵里奈⁉︎」
左脚の怪我のせいで、下池の支えがあっても、これ以上歩けなくなってしまう。
「ごめん絵里奈、ごめん……‼︎」
「なんでアンタが謝るのよ……。ダンジョンストリーマーになった以上、これくらい覚悟してるっての……。はぁ、最期は訃報のネットニュース止まりか……」
「──そうはさせない!」
「ま、マイマイ⁉︎ 無事だったの⁉︎」
「うん! 最強の探索者はこれくらい効かないよ!」
しかし、全身砂埃に塗れて擦り傷だらけ、切れた口からは血を流している。
遠目になるが、コメント欄もマイマイが生きてたことに歓喜する。
「マイマイ、おねがい。アタシが引き付けてる間に、夏菜を連れて逃げて」
「絵里奈……! ダメ、絵里奈も一緒に……!」
「心配しなくてもだいじょぶ! わたしが二人をぜったい守るから。だって、わたしはマイマイだからね‼︎」
獲物に狙いを定めた魔物は口を開け、うねうねと体をくねらせたのちに、食い尽くそうと突進してきた……‼︎
【チャンネル登録しました。マイマイ頑張って】
「んんっ⁉︎ ……ってあれ⁉︎」
チャンネル登録者数10万人を超えたNewTuberにはあるものが贈られる。
──いつの間にか左手に持っていた銀色の盾が、魔物の攻撃を弾いたのだ。
「おぉ、これは銀の盾! よぉし、これで魔物倒しちゃうもんね‼︎ まいります‼︎」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます