20.ダンステスト本番!マイマイは合格できるのか……⁉︎


 サビの振り落としも一瞬で終わり、ダンステスト。

 舞台はヤミトチョウ地下7階、知事室に似た部屋が逆さまになった場所。

 今回マイマイが練習してきた課題曲が『あべこべ』という合成音声ソフト〝SINGAROIDシンガロイド〟で作られたもの。

 なるほど、曲の世界観とマッチしていることからここが選ばれたのか。

 踊ってみた。を投稿するダンジョンストリーマーがダンジョンを探索するのは、こういった最高の環境で配信をすることにある。


『じゃあ、テスト行くよ』

『うん‼︎ がんばるよ‼︎』


 ここまで3時間配信してきたが、吾妻は一切疲れを見せなかった。

 野田自身もここまで付いて来れると思ってなかったのだろう。予定では早く切り上がるつもりだったから、今では彼女の方が疲れている。


 そして、あっという間に吾妻は最後まで踊りきり──


『──じゃあーん! どうかな⁉︎』

『うそ……。うん……うん! 合格! 文句にゃしの合格だよ!』


 コメント欄も大いに盛り上がって、マイマイチャンネルの登録者数は9.7万人まで増加した。あと少しで大台だ。



『──それでは、今日のにゃま配信はここまで。本日のゲストはマイマイチャンネルの〜』

『マイマイでした!』

『それじゃあ!』

『『おつマイリ〜』』


 生配信は無事に終了した。

 野田からの爆弾投下に最初はどうなるかと思ったが、あとは吾妻の力でどうにかなった。

 今回は中層に出てきた魔物を野田が倒した以外、出くわすことがなかったので、彼女が実は弱いということもバレずに済んだ。

 探索者としてはまだまだだが、配信者としてはやはり十分過ぎる魅力があると、改めて感じた一日だった。



「ふー! 緊張したよ〜」

「おつかれマイマイ。はい、水」

「わーい! ありがとー! ……んっんっ……プハーッ! 体に沁み渡る〜」


 酒を飲むおじさんみたいだ。

 天真爛漫な高校生ではあるが、ちゃんとした格好をして大人しくさせれば、できるOLのような大人な雰囲気も出るのが吾妻だ。

 居酒屋にいたって、何ら違和感はない。だが、アホなので、キャッチセールスに引っかかりそうだから、ウラカブキには近寄らせたくない。


「じゃあ、外に出ましょう。結構深くまで潜ってますし──」

「ストップ! ‼︎」


 ペットボトルを全て飲み切った吾妻が、ピンと手を挙げた。ようやくお兄ちゃん呼びが定着してきたか。


「……おトイレ行きたいですっ!」

「……は?」

「あ、おトイレに……」

「もう帰るけど、それまで我慢できないのか?」

「そこにあるよ〜」


 野田が指し示す方向にトイレがあるらしい。

 が、信用できない。

 ウラカブキのような人が常駐するエリアならまだしも、普通ダンジョンにトイレは設置されていない。

 もしかしてまだ何か仕掛けようとしてるのか? そういえばやたら水を飲ませようとしてたことを思い出す。


「……分かった。俺も付いて──」

「えっ⁉︎ トイレに付いてくんの⁉︎ うっわ〜、マイマイのスタッフヤバくない?」

「別に、中まで付いていくとは……」

「うわ〜、お兄ちゃんサイテーだね、変態さんだ」


 お前は俺の味方してくれよ。

 吾妻と野田、それに下池の三人はトイレがあるという場所に向かった。


 吾妻のことは心配だが……それよりも、先程からずっと付けられているな。

 もうこの辺りには探索者は滅多にいない。間違いなく吾妻たちに狙いを定めての気配だ。

 

 野田たちの動向も気になるが、証拠に残るような炎上行為は流石にもうしないだろう。

 だから俺は先に別の不安要素を潰すことにした。



   ◇ ◇ ◇



「ふぃ〜、まさかトイレも逆さまだったなんて……。えへへ、えりにゃんが簡易トイレ持ってきてくれて助かったよ〜」

「ほんと。スタッフは持ってにゃいわけ?」

「んー、あず……お兄ちゃんは持ってると思うけど、使わないで済むならなるべく使わないようにって言われてるんだよねー」

「あ、そう。全部お兄さんに任せっきりにゃんだ」

「うん! わたしが魔物を倒してるからね、探索準備ぐらいやってもらわなきゃ困るよ〜」

「ふーん、そ」


 ドヤ顔する吾妻に対し、野田は素っ気なく返した。


「おー、それにしても高いね。落ちたら大変だ」


 吾妻は壊れた壁から真っ暗な穴の底を見下ろしていた。一歩踏み外せば真っ逆さまだ。


 ──そこに、野田が背後から忍び寄る。

 彼女に悟られないよう、振り返らないよう、慎重に近付き……そして、吾妻の背中にそっと手を添えた。



「ん?」

「……向いてにゃいと思うよ。ダンジョンストリーマーにゃんか」

「えぇ? そうかなー?」

「うん。アタシ色んにゃ人と出会ってきたから分かるんだ。アンタは向いてない。これ以上伸びにゃいと思うから諦めるにゃら早めに諦めた方がいいよ」

「それはやってみなきゃ、わかんないよ!」

「わかるわよ‼︎ ……アンタを見てると、昔の自分を見てるみたいで腹が立つ。何も知らないバカみたいなあの時の……」

「絵里奈……そんなことないよ、絵里奈はただ……」

「うるさい‼︎ アンタは黙って仕事だけしてたらいいの‼︎」


 野田の激昂に、下池は言われた通り口を閉じるしかなかった。


「あわわ、ケンカはダメだよ! なかよくなかよく! スマイリースマイリー♪」

「……チッ……もう、いいわよ。行くよ」


 新人を蹴落としたかった。

 日々押しかかる重圧と、何をしても批判してくるアンチの存在。

 このストレスのぶつけ先を、ノリと調子に乗り出した新人ストリーマーの吾妻にしようと思ったが、それらは全て彼女の明るさで自分に跳ね返されてしまった。


(いっそ、あのまま突き落としてしまえばよかった……いや、違う。アタシが向こうにいけば楽になれるのか……)


 だが、一歩進んだところですぐに思い止まった。

 こんなことでは何も遺せない。ネットニュースに数時間くらい掲載されるだけ。



【応援してたのに、残念です】【えー、めっちゃ悲しい〜】【おまえらが叩いてばっかりだからだろ】【成仏してクレメンス】【誰?】【まぁ、誰も見てないからいてもいなくても一緒w】【よし、これでよく寝れるぜ!】



(……っ、アタシはまた眠れない。怖くて、辛くて、気持ち悪くて……無理だ……いつまでも言葉がこびりついて、アタシを傷つける。ずっと、ずっと……ずっと‼︎)




「──絵里奈逃げて‼︎」

「えっ……」


 下池の言葉に見上げると、建物の外から巨大なムカデ型の魔物がこちらを覗いていた。


「ひっ⁉︎」


 ムカデは頭部を後方に振りかぶると突進してきた。

 あまりの大きさと威力に周囲が破壊され、三人は穴の底へと落ちて行った。


「わぁぁぁああ──」


 吾妻の叫び声だけがむなしく響き渡り、いずれ穴の底へと消えていった。

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