第二部 伸び盛りマイマイ

ミノブダンジョン

14.マイマイのソロキャン△


 ──人生とは孤独である。


 火の粉を弾き揺らめく焚き火と向き合いながら、穏やかに時が流れるのを肌で感じていた。

 ただ炎と見つめ合うこの瞬間が、一番生きていると感じる。

 魔物と命を取り合うこともある。

 現実に戻れないかもしれない恐怖も抱えている。

 しかし、俺はこの生き方を止めはしない。


 続けて五年……今ではもう、そんな自分を応援してくれる多くの視聴者がいる。

 皆、現実に嫌気が差していても、ダンジョンの中に逃げられない者ばかり……かつての俺だ。

 視聴者に迎合することはないが、それでも彼らの心の拠り所になればいい。

 それこそ、俺にとってのこの焚火のように──



「あー! あそこ明るい! 焚き火だ! あ、人もいるよ!!」


 ダンジョンに潜っていれば人と出会うこともある。

 探索者人口は増えるばかり、最近は若者や女子の割合も上がってきた。

 ここ、ミノブダンジョンは危険等級C級と攻略済だが、まだ宝具が一つも見つかっていない。

 きっと彼女は未知の領域に挑むのが不安なのだろう。

 安全な領域で宝具を獲得するため一人で──


「探索者とすれ違ったら挨拶」


 ……チッ、男連れかよ。


「あ、そうだった! はじめまして! マイマイチャンネルのマイマイです!」


 この子、とても明るくて可愛いし好……ではなく。


 探索者たるもの人と群れるなかれ。


 これは俺に剣を教えてくれた師匠の言葉だ。

 恋愛沙汰など探索者においては足を引っ張る要素にしかならない。命がかかっているのだ、命を繋ぐことしたければ外に行け、外に。

 人気ダンジョンストリーマーはモテるが……そう、モテるが、ハニートラップであることだって多い業界だ。


 師匠は二年前に不倫で炎上し、配信者を引退したが……。

 俺は同じ轍を踏まぬよう、関わりが生まれないようただ頭を下げるだけに留めた。


「………………」


「おぉ、なんかオジサン渋いね」

「そうだな。……猛李王もうりおうさんですよね。おとこの野宿チャンネルの。いつも拝見しております」


 この男、俺のファンだったのか。


「東くん知ってるの?」

「ああ、たった一人で何日もダンジョンに潜り続け生き残る、サバイバル系ストリーマーだ。俺も動画を観て色々と参考にしている」

「へー、そうなんだー。男の人ってそういうの好きだよねー」


 マイマイちゃんは棒読みで全く興味がなさそうだった。

 いや、その、確かにアナリティクスで見たら俺のチャンネルは98%が男だけども……。


「すみません、しばらくの間ここに滞在させていただいてもよろしいですか? 準備ができましたらすぐに立ち去りますので」

「………………」


 俺は首を縦に振った。

 ミノブダンジョンの大きな特徴に、昼夜が目まぐるしく立ち替わる点がある。

 ありえないことかもしれないが、ダンジョンに外界の常識が通じるはずがない。

 昼は澄み切った青空のように明るく、夜は目の前に道があるのかすらも分からないほどに暗い。

 ダンジョン内が穏やかに点滅を繰り返している表現の方が正しいのかもしれないな。


「ありがとうございます」

「ありがとオジサン!」


 ……俺、まだ26なんだけどな。

 そうか、オジサンか……まぁ、マイマイちゃんは若そうだもんな。高校生とかならば、26は立派なオジサンかな、そうか……。


「どう? 防具の調子は?」

「うん、だいじょぶそ。とっても動きやすいよ!」


 ほぉ、三大企業の一つ〝アーリークローン〟の最新モデルか。

 あそこは素材収集から工場のライン、運輸まで全て自社で担っているから、大量生産と低コストでの販売を行える、探索者の武具シェアナンバーワンの企業だ。

 マイマイちゃんのものは、関節に薄く伸びる素材を使用し、機動性を重視している武具のようだ。

 俺の、防御力に全振りしたゴツくて黒い鎧とは大違いなスタイリッシュ性がある。若い女の子はそういうのを選びがちだよな。


「あ、オジサン。それって何の肉!?」


 オジサン……。


 マイマイちゃんの撮影者が色々と準備をしている中、彼女は暇なのか、俺の食べているものに興味を示した。

 これは、先程ダンジョンで戦った猪型の魔物だ。

 皮を削ぎ落とし、鉄串に刺したこいつを焚き火の上にかけ、丸焼きにしている。

 焼き終わったら、使うのは塩を一振りのみ。

 余計なものは入れない。


「…………猪」

「おぉ、おいしそ〜!」

「…………よか──」

「おい、人様に迷惑をかけるな。すいません、うちのものが。準備したらすぐ出て行きますから」


 ……別に良いのに。


 すると、男は大きなリュックサックから焼肉弁当を取り出した。紐を引っ張ったら化学反応で温かくなるあのタイプ。

 しかも、テレビ局などで出される高級弁当、まるでロケ弁だな。


「わーい! これ好き〜。やっぱりお肉! お肉だよね!!」

「近江牛の焼肉弁当だ。昨日、収益化の分が入ったからな。奮発した」

「えっへへ〜、ありがと〜。──んー! やっぱお肉はおいしいな〜」


 そうか……とうとう収益化するまで頑張ったのか、嬉しいだろうね。

 俺も初めてお金が振り込まれた時は、すぐさま相席屋に行って……惨敗した。

 あれ、悲しい思い出しか……。

 とにかく人の頑張りや幸せを、俺は祝福してあげる主義なんだ。


「………………あ」

「えへへ〜東くんのお肉ももーらい! ん〜!!」

「おい。……あ、すいません、うちのものが騒がしくて。準備したらすぐ出て行きますから」


 もうわざとだろこれ!?

 ソロキャンプ中の俺の前で、イチャイチャを見せびらかしやがって、このリア充カップルが……ペッ!!


 ……落ち着け、猛李王よ。

 他人がどう生きようと、俺の生き方は変わらないだろう。

 そう、ヒメジダンジョンで出逢った相棒──宝具:黒鷺くろさぎがある限り、俺は生きていけ──


「みてみて〜東くん。このシャツ九州製だから汗掻いても全然平気だよ!」

「吸水性な。わざわざ見せなくていいよ吾妻さん」


 えっ!? 同じ名前!?

 もう結婚してんの!? ふーふー!?


「それと新しい下着もメンダコのデザインにしたんだよ〜」

「そうか。別に報告しなくても」

「あれからメンダコについて調べたらさ〜、モチモチしててかわいいなぁって!! 英語でジャパニーズパンケーキデビルフィッシュって言うんだって!!」


 し、下着まであげあう仲だとっ!?

 俺なんて小学生の時に、席が隣の子から消しゴムを渡されただけなのに……俺が落とした消しゴムを、その子のノートの上に乗せて、はいって……。


 ……もう無理。

 信念挫けそう。


 ──それでも俺はダンジョンに潜り続ける。

 いつか、運命の人と出逢えることを信じて。


 その時は視聴者のみんなに盛大に祝ってほし……。


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