13.【Vlog】ハコネ(ダンジョン)温泉に入ってきました♡
『えっと、葵ちゃんが言ってたのってこの辺──あ、あれじゃない!?』
歩いて20分ほど。
正規攻略ルートから外れた場所に、秘湯が存在していた。
植山は別のダンジョンストリーマー、温泉系NewTuber〝青空温泉〟の動画を観て知っていたらしい。
『すっごい! バラだ! 東くん! バラがバラバラになって浮かんでるよ!』
こいつカメラ回してるというのに、また名前を……。
ただ、本当にダンジョンというのは不思議な場所だ。
温泉にバラが咲いてるわけがないのに、なぜか上から薔薇の花弁がヒラヒラと降り注ぎ、豪華な薔薇風呂となっていた。
見上げても湯気で見えない。落ちた花弁はいつか消えているのか、薔薇が溜まることもなさそうだ。
『では、これから温泉に入ろうと思います!』
俺は撮影を止めた。
「なんで!?」
「何度も言っているだろう。自分からは脱がない。それが──」
「だいじょぶだって〜」
「あのな……」
「東くんが守ってくれるもん」
彼女は龍を倒したあの時と同じく、大人びた雰囲気で微笑んだ。
まさか、実は全部気付かれて──
「だって、わたしのカメラマン兼編集者兼マネージャーですからね!」
……いるわけないか。
吾妻はペカーッと笑顔になった。
「分かった。ただ、足湯だけにしておこう。ファンを焦らすのもテクの一つだ」
「おっけ! じゃあ、とりあえず靴は脱ぐね」
俺は撮影の準備をする。
このカメラは吾妻の撮影用に俺が買った、ダンジョンストリーマー御用達の特注品だ。
厳しい環境下でも撮れるよう、防塵防水防熱防寒、全ての基準をクリアした代物である。
顎が外れるほど値段は高かったが、今回のダンジョン攻略を経て、きっと収益化できるようなるから、そこで借金を──
「ギャァ!!」
吾妻が頭から温泉に落ちた。
靴と靴下が一足ずつあることから、片足が裸足になった途端足を滑らせたな。
「ぷはっ! うぇー、落ちちゃった〜。あ、でもすっごくいい温度だ! きもち〜、このまま入ってた〜い」
「はぁ……分かった」
「えへへ〜、ごめんねー東くん。けど、ほら! ハプニングが起きても楽しく撮影した方がいいもんね!」
「まぁ、ハプニングは日常茶飯事だけどな」
「えっへへ〜、じゃあずっと楽しいね〜」
全身濡れた吾妻は、本来するはずだった足湯撮影のように、温泉の縁に座る。
「じゃあ、これ。このボタンを押して、この表示が出てる間は撮れてるから。もう一回押せば停止な」
「あれ? 東くんが撮ってくれないの?」
「……女の子の入浴シーンを撮るわけないだろ……」
「あ……おぉふ、そっか……」
気まずい空気が流れる。
着衣のままの入浴は非常識だとして、炎上要因にしたくないし、たとえ白く濁ったお湯で中身が見えないからといっても一緒にいることが問題なのであって──
「とにかく、変なの映すなよ。編集のカットの仕方くらいは後で教えてやるから」
「わたし変じゃないけど!?」
変な人ではあるだろ。
「……じゃあ、誰も来ないよう周り警備してくる。終わったら声かけてくれ」
「うん。わかった」
「あぁ、それと荷物に予備の着替えと化粧水乳液パック、充電式ドライヤーあるから、出たらそれを使ってくれ」
「準備いいっ!?」
こうして俺はしばらくここを離れた。
周囲には魔物の気配も罠の設置もなさそうだ。
そもそもダンジョンはボスを倒すことで一気に危険等級が下がる。ボスの支配下である魔物は弱まり、罠も起動しなくなることが多いからだ。今回はレイドボスではあったが原理は同じ。
だから大丈夫。注意することがあるとすれば──
「知ってんか〜、ここに秘湯があるんだってよ〜」
「え〜、なにそれちょー楽しみ〜秘湯とかなんかえっちなんだけど〜ってぎゃっ!?」
「ん? どした、げぇっ!? な、なんだ……!?」
別の探索者である。
吾妻の元に一歩たりとして近寄らせるわけにはいかない。
途中、仁王立ちして警備する俺の姿を「お、鬼っ!?」と逃げ帰った奴はいたが、それ以外は特に起こることはなかった。
◇ ◇ ◇
「……別に東くんに撮ってもらっても大丈夫だったけどな……」
お湯に浮く薔薇の花弁をツンと突いて、呟く。
「ふぅー! この温泉熱いなー! もう上がろっと!」
言われた通り撮影を切ってから、温泉から上がる。
あとでこの一言はカットしてから渡そうと、バスタオルで体を拭きながら吾妻は思う。
「ま、まぁ〜東くんが撮ってくれるのが1番わたしがかわいく撮れるからね。もちろん、それだけのことなんだけど──って、あれ……も、もしかして東くんが下着の予備を持ってきたってこと……!?」
東がずっと背負っていた大きな荷物。
中にはガスマスクや救急箱、吾妻を守ったり治療するためのばかり。
その奥底に服が入っていた。
「あ、赤い……!? へ、へ〜東くんこの色が趣──ん?」
出てきたのは、赤い……そしてモコモコと装飾された下着。広げればデザインとして選ばれたのは
「メンダコ!? まさかのメンダコ!?」
胸元に可愛らしい小さな目とピョコンとした耳が付いたものであった。
「えー、ファッションセンス皆無〜、でもモコモコは正義だしな。それに案外かわいいかも……?」
東が選んだのは確実に子供が喜ぶ前提のお子様下着。
不満を漏らすが、最終的には気に入る吾妻だった。
◇ ◇ ◇
「──では、またお会いしましょう」
「うん! 葵ちゃん、またコラボしようね!!」
ダンジョン入口付近で植山たちと合流し、共にエンディング撮影をしたのちに、外へと出た。
「ねぇねぇ東くん。この後葵ちゃんとご飯食べたいな〜? 別にいいよね!」
「迷惑かけるなよ」
「かけないよ!?」
「ふふっ、嬉しいお誘いありがとうございます。ただ……そのようなゆとりは、なさそうですよ?」
「え? わわっ!?」
ダンジョンがあった旅館を出ると、そこには初攻略したことを嗅ぎつけたメディアがもういた。
アーカイブストーンについては誰かが勝手にリアルタイムの状況を更新しているので、非公式サイト上で誰でも確認できる。
初攻略したことを取材攻めされている吾妻は「えへへー」と答えていた。
──その後ネットニュースに取り上げられたこともあってか、動画公開後、登録者数が400人弱から8万人まで一気に増加した。
【マイマイかわいい!!】
【この子が倒したのってレイドボスだよな!?】
【龍相手に舐めプしてね? とんだチート新人が現れたな笑】【めっちゃカッコいい……今日から推させてください】
など、話題を掻っ攫って行った。
動画のコメント欄を読んでも評価は上々だ。みんなが吾妻のことを可愛い、そして有望な新人であると予想通りの反応をしている。
『──バイバイ』
しかし何度も思い返すのは、あの時のあの表情。感じたことない痛みが胸を襲う。
抱いているものが何かぐらいは自分でも理解している。だが、決して俺は──
「東くん! 次のダンジョンはどこ行く!? お金も入るわけだしさぁ〜ぁ? ちょっと遠出でもしよ!」
学校の屋上入口に吾妻が来たので、俺はすぐにノートパソコンを閉じた。
そう、今回初めてプチバズりしたお陰でファンと再生時間が増え、収益化が認められることとなった。
来月20日までは貧困生活だが、その先はある程度余裕のある探索ができる見込みが立った。
「まずは防具、それにもっと機材とか揃えてたらそんなお金なんて……」
「だいじょぶだいじょぶ! また配信して稼げばいいし! それにわたし最強だから今のでもだいじょぶだよ!」
相変わらず、楽観的な吾妻を支えなければいけないようだ。
登録者数10万人の大台まであと少し。引き続き、彼女の保護者として励んでいく。
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