12.ハコネダンジョン攻略!ついでにレイドボスまで倒しちゃった!
『マイマイパンチパンチ‼︎』
彼女が二度言ったので、後方から石を二回投げつける。
効いていそうな叫びは上がるが決定的なダメージにはならず、再び地に落ちることはない。
とても頑丈でしぶとい。石如きでは当然倒せそうにはない。
「吾妻さん」
『ん? なにー?』
「魔物を撹乱したい。吾妻さんならグルグル走り回れるんじゃないか? 舐めプしてやれ」
『おっけー! 任せて! 龍さんこちら! 手の鳴る方へ♪』
吾妻はゴツゴツした岩の中をパルクールのように跳び回り、逃げて行く。
元より運動神経が良いのは知っていたが、そのレベルはアスリートをも超える。
それに加えて単純な思考、先を考えないアホさ──つまり、物怖じしない性格だからこそ、どんな状況でも最大限なパフォーマンスを披露できる。
ちゃんと褒めているぞ。
もちろん、彼女の猪突猛進は下手なことをやらかすかもしれない。
だからこそカメラは片手で吾妻を捉え続ける中、たまには石を軽く投げ付けて、意識をこちらに引く。
……さてと、湯気の影響もあってか、吾妻からはこちらを視認できないはず。
使わせてもらおう。宝具の力とやらを。
「宝具:侘び寂び──〈静寂之涙〉」
この宝具の使い方はどこかのまとめチャンネルが、全国のNewTuberが使っている場面を切り取った『宝具使用時まとめ』なる動画で、一度観たことがある。
俺は右目から一筋の涙を流し、宝具の扇子を使って、魔物の真下にある温泉に涙を投げ入れる。
『たっだいまー!』
早っ。もう吾妻が一周して戻って来た。
『見てよこれ! キレイなお花見つけたー!』と、手には一輪の白い花を持っていた。
凶暴な龍を前にして、そんな余裕もあったのかよ。身も心も強者の振る舞いそのものだな。
まぁ、タイミングはちょうど良い。
「吾妻さん、なんか適当に水っぽい技名叫んでみて」
『わかった! んー、〈みずみずバズーカー〉!!』
ネーミングセンス皆無。
だが、発言に合わせて俺は、涙が含まれた温泉のお湯を全て引き出し──まるで吾妻の手から放ったように巨大な水の大砲として魔物にぶつけ、空になった底の深い温泉の中に撃ち落とした。
『……とうとうわたし、こんなことまで……!』
「すごいすごい。じゃあ、これを」
俺はマッチを吾妻に渡した。
火を起こせるものがないかと散らかった荷物を見れば、これが落ちていたので使用することとする。きっと中島がコンロを点火する際に使うものだ。使った分はもちろん後で返す。
今からこの魔物を爆破する。
硫化水素ガスが鱗の間から出ていることは分かっていた。
ただこの魔物の能力の正体はただ硫化水素ガスを出すことではない。空気の流れを操ることだ。
思いのままに火球を飛ばし自身が爆発に巻き込まれないよう、しいては宙に浮けるのもその能力のおかげだ。
常に硫化水素ガスを身に纏うよう循環させ、弱らせる時だけ相手に流し込む。
それにつられてか、ダンジョン内の湯気も魔物を纏うように集まってくるから視界が悪くなる。
「じゃあ、火をつけたら捨てて。もうガスマスクを取っても良さそうだから、カメラ目線で」
『うん! 火を付けてっと』
彼女は火が付いたマッチを魔物がいる穴へと指で弾き……
『じゃあね、バイバイ』
──見たことのない、大人びた表情で別れの言葉を言う。
……一瞬呆気に取られたが、俺はすぐさまお湯で蓋をする。
瞬間、大爆発。大炎上。
お湯だけでは全て防ぎ切れず、火柱が高く上がる。
『イェーイ! まいったか〜! ……あれ、東くんどうしたの?』
つい、見惚れてしまった。
こんなこと言えるはずがなく、「……吾妻さんが強すぎて、思わず感激しただけだよ」と適当に嘘ついた。
……俺たちは演者と裏方。そのような浮ついたこと、許されるはずがない。
『えへへー、それもそうか〜』
こいつは浮かれてるが。
噴き上がった火柱はお湯を蒸発させたのち、消えていった。
『みなさーん! おっきなドラゴンを倒しました! それでは、すごい! カッコいい! と思ってくれた方は! 高評価とチャンネル登録、よろしくねー♪』
**
「ん、んん……」
「お嬢様! 葵お嬢様……!!」
撮影後、俺たちはすぐに植山たちの元に戻ると、お付きの三人は既に目覚めており、植山も意識が戻るところだった。
魔物が倒されたことにより、既に辺りの空気は元に戻っている。俺はみんなにガスマスクを取っていいことを伝えた。
「優見……、爺やに中島も……」
呼吸は安定。
記憶もハッキリしているので脳に大きな損傷もなさそうだ。
「葵お嬢様。ご無事で何よりです。魔物に関しては吾妻様が討伐なされました」
「葵ちゃん! 無事でよかったよ!!」
「これ、落としていましたよ」
俺は宝具である扇子を返した。
植山も察してくれたのか、素直に受け取ってくれた。
「本当に助けていただいて何とお礼を申し上げたらよいか、え……?」
「葵お嬢様……。気付かれましたか……? ぜひ、ゆっくりとその場を立ってみてください」
大城の支えがあって、植山は自分の足で初めて立った。
「な、なんで……」
「白湯華でございます」
「えっ!? 白湯華があったのですか!? し、しかし……ほ、他に白湯華はないのですか!?」
吾妻が綺麗だからと偶然見つけてきた、白い百合に似た花。
それは宝具:白湯華であった。
どのような傷や病気、呪いであっても治すとされている宝具。
ただ今回見つけたのは一輪のみであることを、植山に伝える。
「そ、そうでしたか……わたくし達の目標である白湯華まで見つけてくださるなんて、感謝してもしきれませんわ……。しかし、何故、なぜわたくしに使ったのですか!? わたくしなんかよりもまずは皆に……」
「葵お嬢様。いつもお側に仕えている私達が、お嬢様の気持ちに気付かないとでも?」
「爺や……」
「葵お嬢様。五感を奪われ絶望していた最中、葵お嬢様が受け入れてくださったから今の私めがあるのです。だからこそ恩返しがしたくて、ずっと探しておりました」
シェフの中島もマスク越しでも分かるほど笑顔で頷いた。
「優見、中島……。そんな……、そんなの、わたくしの方こそ……ふふっ、もう運ぶのが嫌になったのかしら」
「全くもってその通りでございます」
「優見、今は全肯定じゃないぞ」
「切腹いたします」
「優見! 冗談よっ!? おねがいやめなさい!?」
大城の全肯定モードが発動したのを全力で止める保科と植山。それをにこやかに見守る中島。
「こほん、話が逸れてしまいましたが……優見、爺や、中島。今まで支えてくださりありがとう。一人で歩けるようになっても、まだまだわたくしには貴方達が必要よ。これからも共にわたくしと探索を続けてくれるかしら」
「かしこまりました」
「当然にございます」
中島も大きく頷いた。
彼女たちの主目的、それは白湯華を探し出すこと。
ダンジョンストリーマーとしてNewTube活動していたのも、情報を集める一環に過ぎない。
白湯華は過去に二例、発見報告があり、どちらも温泉地のダンジョンだったことから全国を巡り、そして今回のハコネダンジョンに来た。
「東くん、何だかわたしたちいいことした気分だね♪」
「実際そうだよ。吾妻さんがいなかったら、あの花も、それに魔物も倒せなかった」
「ふふ〜ん、そうですとも〜」
高く鼻を掲げる吾妻。
色々と良い編集素材は集まったし、何よりきっとダンジョンボスに成り代わったレイドボスを倒したことで、アーカイブストーンにも名前を載ったはず。次の更新にはチャンネル登録者数は一気に増加するだろう。
だから本当の仕事は注目されたこれからだ。ふぅ、まだまだ骨が折れそうだ。
「吾妻さん方、その、本当にありがとうございました!」
「気にしないで! ともだちとして当たり前のことしただけだから!」と言うが、吾妻はめちゃくちゃ自慢げな顔をしていた。
「この後はダンジョンの外まで……と言いたいところですが、わたくし達まだ本調子じゃありませんので、戻るだけでも皆さんの足を引っ張ってしまいそうですね」
「手伝いますよ」
「ふふっ、いえ、大丈夫ですよ。わたくしには頼れるバディが三人もいますので。十分に帰れるゆとりはありますわ。……お礼代わりとなるか分かりませんが、少し耳寄りな情報をお渡しします。ここから少し離れた場所に秘湯があるそうなんです。良ければ寄り道してはいかがでしょうか?」
「秘湯!? それってつまり温泉ってことぉ〜!?」
……え?
温泉、入るのか……?
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