ハコネダンジョン
6.【箱根旅行】人生初箱根でトラブル発生⁉︎
「おぉ……! ここが箱根! スーッ……ハァ〜空気がおいしい〜。もうちょっと臭いのかと思ってた!」
「上の方だと硫黄の臭いはするらしいが、この辺はそこまで影響ないようだ。けれど、二週間前に強風の影響で、登山客が硫化水素で集団中毒を起こして、大勢が亡くなった死亡事故もあったから油断はするな」
「うん! わかった!」
「それに、思ったとしてもあまりマイナス発言はするなよ。地元住民には周知の事実であっても、誰かに変に切り取られたら炎上するぞ」
「うん! まんじゅう!!」
人前に出る意識がまだ低いようで心配だ。
ネットリテラシーについての授業をぜひとも学校に取り入れて欲しいものだ。
ダメだ、こいつ寝るか。
神奈川県箱根町。都心からほど近いこの温泉地には、多くの観光客が年中通して訪れる。
そんな箱根のありとあらゆるものに惹かれて、ただ観光をしていた吾妻。美味しそうにまんじゅうを食べているが、これからダンジョンだぞ、大丈夫か?
それにしても、この純粋無垢な吾妻が誰かの悪意によって貶されることは、十分にあり得る話。有名になればなるほどその確率も上がっていく。
いつでも守ると約束はしたが、常に一緒にいられるわけではない。ある程度自衛できるようにはしてほしい。
だから今日はその辺りの訓練も兼ねている。
「あ、あそこがダンジョンの入口みたいだね。……それにしても、東くん今日荷物多くない? あ、もしかしてA級ダンジョンだからビビって色々持ってきたのー? だいじょぶ、わたしが守ってあげるからね! わたしには
……こいつ、煽りスキルだけは上達してるな。
今回挑むハコネダンジョンは7年前に出現して以降、数々の探索者を葬り去った危険等級がA級のダンジョン。
ダンジョンは難易度別に6つに区分されている。
まずはカスカベダンジョンのように完全攻略された、16歳以上(18歳まではソロ禁止)であればライセンスカードなしで入れるD級。
攻略済みではあるが、まだ魔物や罠が潜む可能性があるのでライセンスカードが必要なC級──カスカベダンジョンも本当はここに当たっていたのだろう。結構、CとDを分ける基準はガバガバである。
次に、吾妻が初めて挑んだムサシノダンジョンのような、攻略間近なB級。
今回のハコネダンジョンなど、攻略途中のA級。
そして、攻略難解のS級と──攻略不能とされた、現在7つのダンジョンのみが割り当てられているSS級。
それぞれと対応する等級以上のライセンスカードがないとダンジョンには入ることを許可されない。
だが、SS級に限ってはライセンスカードが発行されないので、国が精鋭を集めて攻略しようとしない限り、
さて、話を戻して。
吾妻はこの一ヶ月の間に申請して、C級。俺は吾妻にB級で通しているわけなので、この二人ではハコネダンジョンに入れない。
しかし、この条例には抜け穴がある。
「よし、この辺が探索者たちが集まっている広場だな。じゃあ話した通り交渉してこい」
「わかった!」
ダンジョンに入るには、該当するライセンスカードを持った探索者、すなわち今回だとA級探索者が一人必要である。
──そう、一人いればいいのだ。
つまり、この辺に必ずいるA級探索者と入退時のみ一緒にいたらハコネダンジョンに入れるというわけだ。
たまにこの行為をネット上で問題視する声が挙がるが、今のところ法整備は行われそうにはない。
もちろん、自分より弱い人を連れて行くわけなので断られることも多いし、報酬を横取りされてしまう事例もあるので、この作戦、そう簡単には行かない。
しかし、強くなるには難しいダンジョンで経験を積まねばなるまいし、実際多くの探索者はそうやって強くなってきたから恩返しと後続育成も兼ねて許可されることだってある。
「あ、あの人たち強そう。あのー、すみませーん!」
吾妻の明るさと可愛さがあれば、容易だろうが──もちろん、みんないい人ではない。
ダンジョンに連れて行くみかじめ料として法外な値段を要求されたり、肉壁や囮にされたり……特に別のことで女性は危ない目に遭うと聞く。
だが、人の悪意に対して敏感になってほしい。
それらも兼ねて吾妻に交渉に行かせた。
もちろん遠くから見守っているし、危なかったらすぐ助けに行く。
犯罪の証拠にも、動画の素材にもなるだろうから一応カメラは回しておくか。
さて、吾妻は今──
『おい姉ちゃん、可愛いやんけ』
『探索者やろ。もしかして姉ちゃんもストリーマーやったりするんか?』
『おじさんたちダンジョンで守ってあげるから報酬にいいことさせてくれよ〜』
『あふっ、かわっ、かわっいい……!』
さっそく反社的な奴らに絡まれとるぅ……!!
ヤバさが見た目からあからさまに出てるだろ。何でそんな奴に近付いたんだよ。
『なぁ、姉ちゃん。お名前教えてくれるか〜?』
『あ、あじゅままいりです……うぅ……』
怪しい奴らに本名を教えるなよ。
さすがに今はもう危ない人たちだという認識はあるだろうが、逃げられないよう周りを囲まれており、吾妻は助けを呼べずオロオロとしていた。
『あ……えへへ』
カメラを向けられていると気付いた彼女は、こっちに向かってダブルピースした。
そんなことしてる場合か。自慢の相棒はどうしたんだよ。まぁ、ダンジョン外での使用は条例違反だけど。
まだ、この訓練は時期尚早だったか。
俺はすかさず助けに入ろうとした。
『──もしもし、そこの方々。女の子が困ってるのが見えませんか?』
『あ? なんだ? ……メイドさん?』
他の探索者たちが見てみぬふりをする中、声をかけたのは、丈の長い白いワンピースが特徴のクラシカルメイド。
糸のように目が細い彼女は、佇まいが洗練とされていてとても美しかった。
『俺たちはあじゅまちゃんと仲良くしてるだけだぜ〜。それともメイドさんも混ざりたいのかな〜?』
『……左様でございますか。私めは困っている方をお手伝いいたしますメイドでございます。あじゅま様──困ってらっしゃいますか』
『こ、困ってましゅ! た、助けてほしいです! メイドさん!』
『かしこまりました』
返事をするや否や、メイドが消えた。
──いや、違う。瞬時に低姿勢で男達に近寄り、次の瞬間には吾妻以外を蹴り飛ばしていた。
『わぁっ……! メイドさんカッコいい!』
『お褒めの言葉ありがとうございます。──もしもし、そこの方々。只今、私めが武具を装着しておらず、命を刈り取らずに済みました。今回はもう見逃しますので、どうか見えないところまで離れてくださいませ』
『『『は、はい! すみませんでしたぁ!!』』』
メイドの圧倒的な力になすすべなく、男たちはわなわなと逃げて行った。
その丈の長さでは動き辛いはずだというのに、素早い動き。この女性、ただものではないな。
もし、この人が一緒にダンジョンに入ってくれれば心強いが……そう簡単に交渉成立とはならないだろう。
「強いですね! もしかしてA級探索者ですか!? わたしたちをハコネダンジョンに連れて行ってください!」
「かしこまりました」
容易だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます