5.わたし、怒ってます。


 吾妻舞莉のカメラマン兼編集者兼マネージャーを引き受けてから一ヶ月。

 知らぬ間に役職が増え、仕事量も増える一方だった。

 まず初投稿までに二週間はかかった。

 装備の買い揃えに、撮影機材の準備。マイマイという芸名にチャンネル名、そして、チャンネルの方針などなど。

 本撮影に入る前には、誰でも入れる近くの完全攻略済ダンジョンに行っては撮影の手順を繰り返し確認した。


 そして、チャンネルを開設してから二週間。

 カスカベダンジョンの動画公開の翌日、俺たちが通う彩成さいせい高校の屋上入口に集まった。

 現在の登録者数は314人。底辺NewTuberの最初にしては上出来だった。

 だが、吾妻は不服そうだ。


「そんな一気にはファンは増えないさ。地道な活動が大事だぞ」

「わかってるよ〜……そうじゃなくて、これ見てよ! 悔しくない!? わたしが倒したのに、たまたま入口にいた人が気絶してた魔物にトドメを刺したからって、ダンジョン攻略をこの人がしたことになってるの! 完全におこぼれだよ! もうプンプンに怒ってる!」


 まず吾妻の方が俺のおこぼれだと思うが……一応、口は挟まないでおこう。

 しかし、あのダイダラボッチがどうやら迷宮の覇者──通称〝ダンジョンボス〟だったらしい。

 最後に仕留めた無名のダンジョンストリーマーのチャンネル登録者数が2万人近く増えたとツッタカターで喜びを報告している。


「なるほど、こういう奴でもダンジョンボスさえ倒せば名が売れるんだな」

「そう! ダンジョンボスを倒す、つまり最初のダンジョン攻略者として名前が〝アーカイブストーン〟に刻まれるんだよ! 羨ましい〜!!」


 ──ダンジョンには〝宝具ほうぐ〟、海外では〝レリック〟と呼ばれる、異能力が秘められたこの世のものとはおもえない代物が数多く眠っている。

 その中で代表的な宝具の一つ〝アーカイブストーン〟は都内のとあるダンジョンで発掘された巨大な石板のことを指す。

 全国にあるダンジョン名が一覧で記載されており、誰かが最初に攻略すると名前がリアルタイムで刻まれる。

 どういう仕組みかは何一つとして解明されていないが、なぜか芸名がある人はそちらで掲載される、プライバシーを考慮した親切丁寧設計の宝具だ。


「人気になるのはもちろんだけど、宝具を持ってたら一気に強くなれるもんねー。まぁ、わたしはなくても魔物なんてちょちょいのちょい♪ だけどね♪」


 探索者ならば誰もが欲する宝具。

 自身を限界以上に強化する武器として、現実で再現できないことができる魔法の道具として。

 ありとあらゆる夢が詰まっている宝具には、探索者もといダンジョンストリーマーのアイデンティティにも繋がるので、吾妻の安全性を上げるだけでなく、登録者数を増やしやすくもなるという点においても是非とも手に入れはしたい。


「あ、そうだ! 登録者を増やすためには、まずはわたしを知ってもらわなきゃだよね! 100個の質問に答えるやつやってみたい!」

「どこに需要があるんだ。あれは元々芸能人や知名度の高い人に効果があるだけで、知らない奴の答えなんて誰も興味ないぞ。もっと頭使え」

「う、うぅ、東くん厳しい……ちょっと伸びてる動画でも見てまーす」


 おこぼれや横取りだとしても、アーカイブストーンに名が載れば、登録者数を一気に増やすことができる。

 当然、最初にすべきことは初攻略なのだが……。


「わっ、この人登録者数多い。ビキニアーマーでダンジョン生配信か……おぉっ」

「絶対そっちに振り切るなよ」

「わ、わかってるよ! でも、まぁー、別にもうちょっと肌出してもわたしはだいじょ──」

「だめだ。エロで釣れば登録者数を増やしやすいが、一度手を出せば戻れなくなるぞ。アンチや過激ファン、ストーカーも作りやすいし……この人たちのような戦略は否定はしないが、やりたくないと少しでも思うのなら安易に手は出すな」


 それに吾妻はまだ高校生だ。顔出しも既にしている。

 クラスメイトをそういう風に撮るのも……それに彼女を守るという約束も破ってしまうことに等しい。


「そっかぁ、わかったよ。でも、どうしたらいいかなー」

「別に何も。吾妻さんはかわいいから、露骨に演出しなくても十分に伝わる」

「お、おぉふ……言うねぇ……。も、もう! 次のダンジョンどこにするか決めないとだね!」


 しかし、ダンジョン攻略は早急にするべきだ。

 今やレッドオーシャンとなったこの配信業界において、初攻略できるダンジョンの枠は日に日に減少していく。


 アーカイブストーンに記されたダンジョン数は全部で314箇所。

 その内、約六割となる190箇所が攻略済みだ。

 昔は攻略されるたびにダンジョンが新しく発生してはアーカイブストーンにいつの間にか刻まれていたが……二年前を最後に新しいダンジョンは出現しなくなった。それに何故かダンジョンは日本にしか存在しない。

 残された多くは攻略間近か、危険なダンジョンしか選択肢がない。簡単であれば注目されにくいし、難しいと吾妻を守りきれない。

 程よい難易度のものが残ってればいいが……。


「あ! ここ! ここいいんじゃない? 東くん!」


 まとめサイトを見ていた吾妻が、スマホの画面を見せてくる。

 危険等級はA級──しかし、もうすぐB級に下げられるかもしれないという噂があるダンジョン。

 ……なるほど、確かにちょうどいいかもしれない。


「いいところだな。吾妻さん。次の週末はここに行こう」

「えへへ〜、でしょー? 楽しみだよねー、温泉!!」


 肌を簡単に晒すなと言ったのに、こいつ話聞いてたのか?

 とりあえず色々とお灸を据える必要があるとバディとして思ったのだった。



   ◇ ◇ ◇



あおいお嬢様。支度が完了いたしました」

「ありがとう爺や。優見ゆうみ中島なかじまもここに呼んでもらえる?」

「……かしこまりました。すぐに連れて参ります」


 爺やと呼ばれた白髪の男性は、仕える主人の顔をしっかりと見たのちに返事し、スマートな身のこなしで部屋をあとにした。


「……ふぅ、心にゆとりを」


 絢爛豪華な調度品、豪勢なシャンデリア、教科書で見たことがある気がする西洋絵画──と掛け軸。

 畳が香る和室。部屋中央の囲炉裏で沸かされたお湯で溶かした宇治抹茶を、貴族が嗜むための白い陶器のティーカップで頂く。


「──次こそは見つけてみせますわ。宝具──〝白湯華はくとうか〟」


 緑色の着物ドレスに身を包む黒髪おかっぱの女性──登録者数3.8万人、〝アオイ嬢の優雅なひとときチャンネル〟のNewTuber、植山葵うえやま あおい


「待っていなさい、ハコネダンジョン……!」

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